孤児は聖なる呪文を知る。
お久し振りです!
「世界を知る者にブリュドー・ダバダが問う。人の身に迷い込みし、砂漠の熱を。オアシスの泉の如し穏やかにせする法を世界を知る者に問う」
ぽわん
先生の傷だらけな大きな手が淡い光に包まれる。
それがスーッと消える頃には、真っ赤な顔でふぅふぅ唸っていた女の子の顔は穏やかになっていた。
こんにちは!こちら孤児院の先生の部屋からお送りします。
誰ともいえない存在に対して、エアマイク片手に実況してみた。
…むなしい。
エアマイクを下ろしてむなしさのあまり項垂れると、先生が頭をなでなでしてくれた。
わーぃ…、顔におっきな傷が残る強面な先生が笑ってると、迫力があるね!
「先生、さっきの『世界を知る者に~』っているのはなんですか?」
高熱に魘されていた女の子の顔が穏やかになったことに安堵して、表情を緩めていた先生の強面な顔が再度硬くなる。
身振り手振りで硬い表情の先生がいうには、『世界を知る者に~』からはじまる言葉は呪文なんだってさ。
だから、先生みたいな神官しかその言葉はいってはいけないそうだ。
私は両手で口を押えて、『いわない』アピールをしておく。
先生のジェスチャーから察するに、『世界を知る者』というのは神様のことを指すようだ。
先生の太い指が天を指していることからそれがわかる。
この世界でも、神様は天にいるらしい。
『砂漠の熱』ってのは砂漠のものすごい暑さを、女の子が急に出した高熱の例えとして使ったんだね。
呪文に出て来た『法』というのは『方法』のことだけど、この場合は『どうにかしてくれ』とお願いしてるってわけか。
つまり今回の呪文は、先生が神様に『この子の高熱を下げて下さい』ってお願いしてるってことだね。
わかりにくいけど。
あと、前半に出て来た『ブリュドー・ダバダ』については教えてくれなかった。
ジェスチャーで説明がむずかしかったのかな?残念だ。
「でも、それだったら単純明快に『この子の熱を下げて』ってお願いしたら、わかりやすくていいのに…えっ?神様に直接要望を伝えるのは失礼に当たる?」
先生がジェスチャーを終えて、コクコクと頷いてる。
いや~、でもそっちの方がわかりにくくて面倒なような気がするけど。
まぁ、建前としては『神様仏様~○○して下さい~』って、自分の要求を前面に押し出すわけにはいかないか。
手を合わせてなむなむしてるわけでもないし。
「それにしても、わざわざ口に出さないといけないんですね。手を合わせてなむなむと、心の中で唱えるわけにはいかないんですか?」
パッと見、中二病!だからね。
この強面では誰もそう指摘しないけど、この辺では唯一の神官だからヘンテコな呪文は結構異質だよ?
「ふむふむ、神様に声を届けなくちゃいけないから、声は出さないといけないんですか。神様だったら、人の願い事くらい言葉にしなくても聞こえてそうじゃ——あぁ、人間の心の声まで聞いていたら疲れるから、声に出した容貌だけ聞いていると」
職務たいまーん!とか思ってスミマセン。
確かに、多くの人からの欲望が毎分毎秒聞こえてきたら、さすがの神様もノイローゼになっちゃうか。
神様も大変だね。
初詣にはもう行けないけど、ここで手を合わせて労わりの言葉でも送ろうかな。
なむなむ。
「……おい」
「なむなむ~…んー?なんかようかい、ドラ○もん?」
「ボクはそんな変な名ではない!!」
そうかな、可愛いじゃんか、国民的青色タヌキ型ロボット。
しかし、むずかしいお年頃なタヌキ型ロボ…ではなく、いじめっ子な青い髪のネコ風キレイ系男子はお気に召さなかったらしく、地団駄を踏んでいる。
ああ、持ってる桶から水が飛び跳ねちゃってるよ!
「ちょっと、どうしたの!?水こぼれてるじゃん!!」
「うるさい!孤児のクセに生意気にもボクの名前を呼ばないお前が悪いんだ!!」
「いや、ここにいるみんな孤児なんだけど」
そもそもキミも同じでしょうに。
その言葉は飲み込んだ。
大人げないと思ったし、男の子が泣きそうな顔をしていたから、気遣いの出来る良い子な私は黙っててあげた。
「それで、なんかよう?桶の片付ける場所はわかるでしょ」
「それはわかる」
と、いうか。
何で桶に水を入れたまま、彼はこんなところにいるんだろ。
この孤児院は当番制で、みんな何かしらの仕事をするようになってるけど、彼の今日の仕事は外の落ち葉掃きだったはず。
…もしかして、熱出した女の子のために桶に冷たい水を汲んで来てくれた…とか?
なるほどー!今日は先生の部屋は熱の子の看病のために入室禁止だったからね。
私がいるのは、年長だから先生のお手伝いするために立候補したからだからいいんだけど、いじめっ子のクセにいいとこあるじゃんか。
お姉さん、見直しちゃったよ!
ニヤニヤしていると、変質者でも見るかのような冷たい視線をもらった。
なんだよ、照れなくてもお姉さんには全てお見通しだよー?
「ところでお前」
「なーにー?」
「なんであの身振り手振りで、先生の言葉が理解出来るんだ?」
「うーん……愛?」
「あ、愛!?」
「うん」
だって、私と先生との付き合いは結構なもんよ?
家族に向ける愛情はたっぷり持ってます!母親に向けるような…ハハオヤ?
「あい、あい…」
「そんなに落ち込まなくても、そのうち理解出来る様になるって」
肩を落とし、ついでに持っていた桶まで落としたいじめっ子は、とてもしょんぼりしてた。
そのしょぼくれた姿に、無口な先生を理解したいという純粋な思いを感じ取る。
よしよし、その心意気、お姉さんはしかと受け止めたよ。
きちんとジェスチャー解読術を伝授してやろう!
そう決意した私だったけど、早々に男の子と一緒に先生に部屋から追い出されてしまった。
寝ている子がいるから、静かにしなさいってさ。
早々に失恋しちゃったね。
可哀想に、ずっと肩を落としている男の子の背中を撫でて慰めとく。