獣人はかく語る。
獣人さんこと、ライオネシス視点。
BとLな話しで、こんにちはヤンデレさん第3弾。…ヤンデレ?
『』内は過去の会話で、「」内は現在の会話。
周囲を警戒しながら歩いているとき、つんつんと引っ張られる感覚に気付いた。
『ねーねー』
『腰布引っ張るなよ!?…で?』
ライオネシスが慎重に腰布を引っ張る華奢な指を外す。
少しでも力を込めてしまえば壊れてしまう、そんな小さくて繊細な指だった。
そうやってこちらの注意を引いた幼い彼は、銀色の瞳の中に自分の姿を認めてうれしそうに笑う。
『ううん、呼んでみただけ!』
「…恋人同士の会話?」
「違う!!」
大きな街に立ち寄ったとき、仲間の最後尾をきょろきょろともの珍し気に歩く幼い彼は、小さいせいで人混みにも簡単に紛れてしまった。
あっぷあっぷと人の波に溺れる姿に慌てたのも一度や二度どころではない。
『じゅ、じゅうじんさーん!』
『おい、よそ見すんな!』
そして、何故か毎回助けを求められるのはライオネシスだ。
『うぅ…。だって、あっちの焼き鳥が私を呼んでんだよ?そしてあっちの肉まんも私を呼んでんの。私、モテモテ?』
『食い物にモテてどうする。しかも、呼ばねーよ』
呆れ顔をすれば、ふくれっ面で返される。
尤も、助けた礼はきちんというので、毎回毎回何だかんだ文句をいいつつ助け出すのだが。
「心配だから、よそ見しないでっていえばよかったのに」
「別に、心配してねーよ」
「素直じゃない」
「うるせー」
気付けば姿が見えず、メンバー全員で街中を探すこと数分。
涎を垂らしながら屋台に魅入っている幼い彼を回収して、仲間の元へ戻る。
『お前は毎回毎回!学習しないのか!!』
『誘惑するピザサンドが悪いんだよ!!』
『ぴざ…?いやいや!仲間に何もいわずにどっか行くヤツがあるかっ!』
『…姫さまにいったけど…?』
『……あの女はダメだろ』
『……そうだね、姫さまはうっとりしてるのに忙しいからね』
誰にうっとりしているのかは、聞かなくてもわかっている。
むしろ、聞きたくない。
『おい』
『…ん?これほしいの?』
涎を垂らす姿を憐れんで、端が焦げて売り物にならないサンドを恵んでもらっていた幼い彼は、差し出されたライオネシスの手の上にそれを置こうとした。
食い意地が張っている割に、そうして自分の食料を誰かに渡そうとする。
親元を放り出されてから、獣人という種のせいで迫害されて食うに困ることなどザラにあったライオネシスにとって、相棒以外のニンゲンからの悪意のまったくない施しはひたすらくすぐったいものだった。
『ちげーよ。手、繋ぐぞ』
『ま、マジでっ!?やったぁ!!』
いそいそと汚れてもいない方の手を神官の衣で拭い、差し出したライオネシスの手の平に恐る恐る乗せる。
乗せられた手を握ると、頬を染めてにこにこする幼い彼と目が合った。
うっすらと赤くなった頬は、突いたら握った手の中に感じるものと同じ温さを皮フよりも心に感じそうだとライオネシスは思う。
『ふへへ』
『なににやけてんだよ』
『うれしくって!』
『………お前も変なヤツだな。迷子防止に喜ぶなんて』
『きぃぃぃぃぃっ!!』
「それ、親父もお袋もオレのねえやも見てたの?」
「…………」
「その沈黙は肯定だと思っておく。つまり、呆れた生ぬるい目で見られてたんだ?いい年した男の獣人が、幼い子と一緒になって赤面してたから」
「…………」
戦闘中、接近戦を仕掛けるライオネシスは、いつだって満身創痍だ。
それを一番心配するのは幼い彼である。
『ちちんぷいぷいのぷい!痛いの痛いのとんでゆけ~』
『なんだそれ?』
火の魔法で焦げた身体を神聖魔法で癒した後、幼い彼は大きな身振り手振りでケガをした場所を何度も擦る仕草をした。
聞いたことのない呪文にライオネシスが怪訝な顔をしていると、幼い彼はえへんと胸を張って説明をし出す。
『これは痛みをどっかにやるための古くからの呪文なんだよ!』
『へー』
『ほら、手当てっていうじゃん?こうして、獣人さんの痛みが取れますようにってお祈りしながら擦ってんの』
ニンゲンからさんざん嫌悪された真っ白な毛並みをごく普通に撫でて、幼い彼は聞き慣れない呪文を優しい声で繰り返す。
もうすでに痛みはなかったが、何となくライオネシスはそのまま『手当て』を受け続けていた。
「下心のない、温かな手というだけで十分だったんだ?」
「………」
基本は野宿、そして人がいるところに辿り着いたら体力温存のために宿に泊まっていた。
当時はまだ獣人という種は家畜と一緒で、ほとんどの場合が部屋に泊まることが出来なかったのだ。
それに対して表面上は静かに、しかし内心は憤慨していた相棒と、そして怒りも露わに、放っておいたら相手に特攻を仕掛けそうなくらいに怒り狂っていたのは世間知らずな幼い彼である。
『もう!どいつもこいつも。なんで、獣人さんを泊めてくれないの!?噛まないし、むやみやたらに吠えないし、毛だって抜けないし、粗相しない良い子なのに!!』
『おま、……』
「………………」
「……………優しさだ」
「いいのか、それが優しさで?」
「……………」
そっと、ライオネシスは当時と同様に無言で視線を逸らした。
あの当時は相棒に向けられた哀れみの籠った視線が、今度はその全く外見上は似ていないその息子から向けられていたので。
『獣人さんは私が守る!!』
害意がある者からライオネシスを守ろうと立ちはだかる小さな背中も。
『じゅうじんさん、にげて!!』
苦し声で、それでも必死にライオネシスを逃がそうと声を張り上げる姿も。
『戻って来たら、一緒にご飯食べようね!待っててよ!』
そういって手を振って、大神殿へ入って行く後姿も。
『あわわわわー!!姫さま早過ぎだよ!?』
置いてきぼりにしたライオネシスを忘れたかのように、相棒の妻の部屋へ飛び込んでいく姿も。
『じゅ、じんさ………』
唖然とした表情で手を伸ばし、それが届かないと気付いて座り込む姿も。
全て全て、ライオルシスは憶えていた。
「あいつ、食べものが絡むとすぐ忘れちまうからな。どうせ、オレとの約束も忘れてんだろ」
幼い彼の食に対する執念を理解しているライオルシスは、そういって笑う。
昔の苦労を思い出していたから、その笑みは苦笑だった。
しかしその口調は軽くて、そこに怒りや悲しみに類するものは含まれていない。
あるのは親しみの籠った、そんな感情だけだ。
父親の相棒であり、自分の二人目の父親であったライオルシスのそんな表情を、青年は静かな目で見詰め返す。
「どんな約束?」
「『待っててよ』だった。あのときの時間帯だったら昼飯だったが、まあそこは括らなくてもいいだろうよ」
『一緒にご飯を食べる』。
旅の間ではごく普通のことだったのに、王都に帰って来てからはそれすらも出来なかった。
「だいたい、あいつが約束を忘れたんだから、文句はいわねーだろ。飯は食わせてやるけど」
さすがに食べずに待つには時間が経ち過ぎた。
だからきっと、文句はいわないだろうとライオルシスは思う。
その代わり、ライオルシスは約束を守ってずっと待ってるのだから良いだろうと、幼い彼がやって来たらそう主張しようと考えている。
孤児から王へと成り上がって、周囲の遠回しな言葉で苦労した相棒を支えるために鍛えた口で、泣こうか喚こうか膨れようが絶対に文句はいわせないとライオルシスは気合を入れた。
…じゃっかん、気合の入れようが違う気がするが、それは気付かないフリをしておく。
「飯を食わせるって…………。いいか、彼は」
「あー…そうだ。オレを忘れて、あの女とイチャついてたなんて根も葉もない噂だったんだから、あのとき怒鳴ったことは謝る。どうかしてたんだよな、あのときのオレは。チビ神官はずっと相棒とあの女の関係に憧れていたけど、だからといってそれに割り込もうなんてこれっぽっちも考えてなかった。だいたい、あの女が相棒以外に気持ちを持つこと自体ありえねーよな!生まれたお前だって、どこからどう見てもあの女にしか似てないが、ちょいちょい相棒に似てる部分があるから、疑うこと自体がおかしかったんだ」
朗らかなその表情は、とても明るい。
まるで真っ暗闇から出て来たようなくらいに。
なのに、相棒の息子の静かな目は、ライオルシスに何かを訴えていた。
しかし、それが『何』だかわからないライオルシスは視線に気付いていても特に問い掛けることはしなかった。
「もういっそ、迎えに行った方が良いか?大神殿も前みたいに閉ざされてないから」
「…内部が公開されているとはいえ、神官たちの暮らす区間は一般人が立ち入れない」
「そうだったな。…そういえば見たか?やたらと美化された金ぴかな聖人像!チビ神官はキレイっていうよりも可愛いのに、作った奴はわかってねーよなぁ」
「それはそうだろ。だって、彼はいないから」
「あいつも、文句いえばいいのに」
「いいようがないだろ、いないんだから」
「もしかして、食いものに釣られて黙ったんか?像を作るのって、だいぶ高いからなぁ。相棒の手伝いで書類整理したときに見た、像の設置に掛かる費用がもう…」
「あれは規格外だから、仕方ない。何せ、親父とお袋の、英雄夫妻の没後記念のだからな」
「あぁ……、もうそんなになるのか」
悲し気に微笑むライオルシスは、相棒の息子の成長した姿を視界に改めて収めた。
幼く、小さかった目の前の子どもを救うために敵を返り討ちにして果てた相棒は、きっと息子の成長を喜んでいるだろう。
…たぶん、きっとその妻も。夫に似ず、自分にしか似ていないが息子なのだからそうであってほしい。
凛々しく立派に成長した、自分の息子のような青年が国を出て旅をしようとしているのだから、月日が経つのは本当に早いものだと感慨深い気持ちになるライオルシス。
姫を失って気落ちした相棒や弓遣いを笑顔にさせ、ついでにしょっちゅう顔を青くさせていたやんちゃな子どもが成長するだけの時間がとっくに過ぎていたのだ。
「あいつ、本当に遅いよな」
「…………」
静かな目をした相棒の息子は、何もいわずに手の中にある古い手紙を握り潰す。
くしゃりと乾いた音を立てるその手紙には、赤茶色のシミがしみ込んでいて、読めない部分が多かった。
目の前の青年から渡されたそれは、相棒が最期のときに懐に入れていたライオルシスへの懺悔の手紙である。
それが本来手に取るべきヒトに届いたのは、つい先程だった。
相棒、姫はすでに亡く、二人の間に生まれた息子の成長を見守っていた弓遣いも国に戻って今はいない。
あの旅をしていたメンバーは、誰一人ライオルシスに真実を伝えることなく、彼の前を去っていった。
それが同性というだけで、あの幼い彼を番だと認識出来なかったライオルシスに対する優しさだったのか、それとも間抜けな彼を嘲笑うためだったのかわからない。
もういない者たちの気持ちなど、ライオネシスはわからないのだ。
…相棒の息子の呟きの意味など、わかりたくもなかった。
「番を失った獣人が狂うってのは、本当だったのか」
『転生したら元妻が男になってたんだが。』での剣士に対する獣人さんのわりかし明るい対応について。
普通、相棒が転生したらもっと別の反応がありそうなのに、あれが相棒が転生して純粋に喜んでるからだからなのか、それとも狂ってるからなのか…と考えたら怖くなったので、こんな話に。獣人さんは神官が死んだってことを認めてない。例え、呪いで死んでなくても、人間だったら生きていないはずの年月が経っているのに気付かないフリをしている。