弓遣いはかく語る。
エルフくんこと、エルフリーデ視点。
シリアスが逃亡先から、引き摺り戻されたようです。
ニンゲンなんて、嫌いだ。
エルフリーデの一貫した主張に苦笑で返したのは、仲間の中で一番幼い彼だった。
穢れなど知らないような無垢な笑顔と、見た目に寄らず食い意地の張ったところ、そして結構無邪気にいじめているのに何だかんだと仲間の獣人と仲良く笑い合っている姿を旅の間中見ていたエルフリーデは、ほんの少しだけ考えを改めても良いような気持ちになっている。
ただし、ほんのちょっとだ。
ちょっとだけ、小指の爪先ほどの微量なくらい。
きっと彼女がそういえば苦笑しただろう、、幼い神官である彼の姿をエルフリーデは脳裏にはっきりと想像出来た。
❝森の貴人❞であるエルフリーデの寿命はニンゲンに比べてずっと長い。
だから、ほんの瞬き程の時間しか生きられないニンゲンの脆弱さを忘れて、いつかあの幼い仲間と会えるとそう、信じていたのだ。
己が仕えるべき主だと、精霊国にやって来た彼女を見た瞬間から決めていた、ニンゲンと森の貴人のハーフである姫が亡くなって少し経った。
城の中は未だに悲しみに沈んでいたが、それでも明るく無邪気な子どもの笑い声に次第に暗さは薄れつつある。
さすが、姫の子だとエルフリーデは誇らしい気持ちになった。
番う相手を失い、力なく項垂れていたニンゲンの男も王としての仕事の合間にエルフリーデが世話をする息子に会いに来ては楽しそうに構っている。
子のないエルフリーデは乳母にはなれなかったが、ねえやとして子の世話をしながら姫の番である男と接し、まるで夫婦にでもなったかのように錯覚した。
旅の間にいつの間にか芽生えていた、そんな思いに蓋をしたのに少しずつ漏れ出していた思いが見せる淡い夢。
それが夢でしかないのを、息子に妻の面影を重ねてうっすらと涙を浮かべる男を見て思い出したエルフリーデは、首を振って自分の不謹慎な幻想を追い払った。
彼は未だ、姫を愛しているのだ。
そうまざまざと思い知らされたエルフリーデだったが、毎日毎日そうやって彼と接しては幻想を振り払う生活をしていてふと、思った。
蓋をした自分の気持ちが漏れ出したのは、姫さまがいないせい。
姫さまが神官に救ってもらえれば、こんな気持ちなんていずれ捨てられた。
疲れていたのもあるが、完全に八つ当たりである。
しかしその瞬間のエルフリーデにとっては、悪いのは『姫を救えなかった神官』となっていたのだ。
ムダに行動力があるエルフリーデは、ムカムカした気持ちのままかつて身に付けていた男装になり、城から抜け出した。
単純に動きやすさを重視したのだが、神官はエルフリーデの本当の性別を知らないため見慣れた姿の方がわかりやすいだろう。
身軽な彼女は障害物を軽々と越え、大神殿内部へと足を進める。
「…いやに静かだ」
静かな大神殿内に、エルフリーデの声と足音だけが響く。
耳が痛くなるほどの静粛の中、彼女は首を傾げた。
ニンゲンというのは面倒なことに、同族同士で争い合う。
だからエルフリーデはニンゲンが嫌いなのだが、大神殿と王族はその例にもれずお互いをけん制し合っている。
血で血を洗うことがないだけマシだと思っていたが、魔王の討伐を終えた後にそれが特に表面化したように思う。
それもそうだろう。
魔王討伐した仲間の内、姫との婚姻で勇者が取り込まれ、更に勇者の親友である獣人、姫に仕えるエルフリーデが必然的に王族側に着いたことになっているのだから大神殿側の気に障っても仕方がない。
表立って王族に反抗出来ないのもおもしろくないらしい大神殿側は門戸を閉ざし、王族に組みする者には冷たい対応を取ることで溜飲を下げようとしているようである。
なので、基本的に大量の聖騎士たちに護られた大神殿は内部にいる者たちがお互いに無言であろうと雰囲気が騒がしいのだが、今エルフリーデの耳にも視界にも誰一人入って来ないし声も物音も聞こえないでいた。
「どういうこと?これではまるで…」
誰もいないのに、どこか物悲しく寂しい空気の漂う大神殿の廊下に佇むエルフリーデは、イヤなことを連想してしまって口を閉ざす。
姫が亡くなった直後の王宮の様子に酷似していると思うなんて、おかしいのだ。
ごくりと唾をのみ込んだエルフリーデは、気配を殺して更に奥へと足を進めた。
自分はあの幼い彼に会いに来たのだ、会うまでは帰れない。
そう、決意して。
会えない可能性を、少しも考慮しないで。
「ずいぶん遅いお出ましだな、勇者一行の弓遣い殿」
「…………」
冷ややかな視線が二か所からエルフリーデに注がれるが、彼女は彼らには見向きもしない。
ただ一点、真新しい真っ白な墓標に刻まれた名が信じられないとばかりに、彼女は瞬きもせずにそれを見詰めていた。
「英雄というのは、不自由な身の上だな。こうしてかつての仲間が死んでも、誰一人としてやって来ないのだから」
「…仲間?先輩、仲間だっていうのなら、なんで生きている間にあの方のところに誰も訪ねて来なかったんでしょうか。連絡しなかっただけで、なんであの方に会いに来なかったんですか?」
「………っ」
エルフリーデは唇を噛む。
あの旅を終えた後、比較的頻繁に会っていた他の面子とは違い、幼い彼からの連絡はまったくなかった。
大神殿が公表している英雄であり、いずれは聖人に名を連ねるといわれている幼い彼はその地位を喜んで受け入れて優雅に生活しているのだといったのは、どこの誰だったか。
姫の側付きであるエルフリーデにそう囁いた、どこの誰かも思い出せないニンゲンの言葉を信じた彼女が悪い。
確かに食い意地が張っていて、いかにもここぞとばかりに豪勢な食事に舌鼓を打ってそうだが、礼儀正しい彼が何の音沙汰もないのは不自然だったのだ。
それに気付かないエルフリーデは確かに、仲間とはいえないのかもしれない。
だが………。
「何故、何が原因で彼が死んだんだっ!何故、彼の死を秘匿した!!」
閉ざされた場所にいた幼い彼。
大神殿が口を噤んでいなければ、幼い彼の元へと行けたのだとエルフリーデがいおうとした瞬間、この場の気温は一気に下がった。
「秘匿…?彼が儚くなった時点で、そちらに手紙を送った。…まあ尤も、そちらは姫君を失ったことでそれどころではなく、やっと彼をあの狭い部屋から出してここに埋葬することが出来たときはそのときで、姫君の忘れ形見を愛でて笑っているのに忙しいのだろう?」
青い髪に氷のように冷たい目をした青年は、そういって冷ややかに笑う。
彼がまとうものが法王のみに許された衣だということに、ニンゲン界のことに疎いエルフリーデは気が付かなかった。
そして彼が、本来であれば英雄である神官がいるべき公の場所に身代わりとしていたことにも、彼女は気が付いていなかったのだ。
「死の原因こそ、そちらが良く知っているはずでしょ?ねぇ、姫付きだったなら、どんな呪詛か知ってるよね?」
「じゅ、そ………」
真っ白な髪と銀色の目は仲間の獣人と酷似しているのに、もう片方の青年は彼には全く似ていない。
顔立ち、体型の違いではなく、光の届かない淀んだ目がまったく異なっていたからだ。
本来の女性としての姿で傍付きの仕事をしていたはずなのに、何故青年が今のエルフリーデの姿でも同一人物だと気付いたのか。
彼女は疑問に思うどころか、そこまで気を回す余裕などなかった。
あの幼い彼には似つかわしくない、、あまりにも衝撃的な死因だったからである。
ただただその衝撃に佇むことしか出来ないエルフリーデの様子に構うことなく、白い青年は反応など期待していない態度で言葉を重ねた。
「そう、呪詛。全身呪いに侵されて真っ黒になって、のたうち回る程の激痛の中で命を落とす呪い。ねぇ、歩くことも出来ない程の人がのたうち回っちゃう痛みって、どんなものかな?ねぇ、教えてよ。あの方がそんなに苦しんだんだから、そっちの姫だって同じでしょ?だってさ、あの方は姫を助けるために力を使ったんだよ?自分を犠牲にしてまで」
エルフリーデは、姫のことをことを思い出す。
ニンゲンの男が太い腕に抱いて来た我が子を慈しむ眼差しで見て、静かに息を引き取った彼女の死に顔は穏やかで、美しいままだった。
痛みにのたうち回ることもなく、顔を苦痛に歪めることもない。
唯一、呪い特有の肌を這いずり回る黒だけが異質だったが、それ以外はまるで眠っているかのような最期だった。
呪いの中で死んだにしてはキレイな死に顔。
あの程度に呪いを抑えていたのは…幼い彼?
そしてふと、あることも思い出す。
姫が出産直後、エルフリーデが席を外したときに何やら騒がしかったのだ。
ニンゲン嫌いを公言しているエルフリーデに話しかけるニンゲンはいなかったから、その騒ぎの原因は知らない。
ただ、そのあとに姫の部屋に戻るときに遭遇した仲間の獣人の様子がおかしかった。
そして、それからだったはずだ。
旅の間中、大事にしていた幼い彼の話題を出さなくなったのは。
姫とその番のニンゲンのように、お互いが大切だといっているような目で見詰め合っていたというのに、慈しむような優しい目で見ていたのに、あれから幼い彼の話題を他が出すたびに、魔王と対峙したときよりも、あるいは自分を害するニンゲンを見るときよりも憎悪の籠った目を向けて来るようになったのは。
何かがおかしいと、エルフリーデははじめて気が付く。
しかし彼女は、獣人は幼い彼を憎むようになったことしかわからなかった。
そして今、嫌いだと公言しているはずのニンゲンの、仲間だった幼い彼と二度と会えないという事実が、胸に重くのしかかっている。
ヤンデレホモ(×3)に八つ当たりされる可哀想なエルフリーデちゃん。




