刻の女神ははじまりを告げた。
シリアスは仕事を放り出して逃亡しました。
やたらと長い、冥府の神と神官とお姉さんの会話。
「……………」
長い長い沈黙が、薄暗い石造りの部屋に漂う。
おいおい、冥府の神さまよーなんか反応してくれや。
どこぞのチンピラみたいな態度でメンチ切ったら、フードの中から視線を感じて顔を背けた。
私、小心者だから~神さまにチンピラみたいな態度なんて取ってないよ~?
そっぽを向いて口笛を吹く私に注がれる視線が鬱陶しくなった頃、やっと冥府の神は反応してくれる。
さっきまで転生後の人生を見ていたらしい冥府の神は、フードの中の能面みたいな顔に感情を乗せることなく私を見ていた。
たぶん、見ていると思うよ、薄暗いのとフードで見えないけど鋭い視線を感じるからね!
「あんたは……」
ん?『あんた』?
冥府の神の呼び掛けに首を傾げた。
私を指しているのはわかるけど、前世終了のお知らせの際には『お前』って偉そうにいってなかったっけ?
なんというかその呼び方だと、そこらの兄ちゃんみたいだよ。
目をパチクリしながら上座にいる冥府の神を見ている私。
ついでに、神さまだけに上座だなんて笑える―なんて思ってたら、いきなりがばっ!と立ち上がった。
ちょっ!意外にデカいね、冥府の神。
声だけでは老若男女か判断がつかなかったけど、もしかしなくても男のヒト?
ローブで身体のラインンがわからないけど、パッと見た感じでの私との身長差を考えればその可能性が濃厚だ。
まあひとくくりに男のヒトっていっても、中にはエルフくんみたいな小柄なヒトもいるけどね。
ただ、剣士さんや後輩、青髪くんみたいに長身が多かったからそう思っただけだ。
…そういえば、冥府の神と私の身長差ってちょうど獣人さんと同じくらいだ。
ローブは灰色で、真っ白な彼とは似ても似つかないけど、私は獣人さんを思い出してしょげてしまう。
人生最期に見た彼の姿があんなのだなんて、本当に悲しいよ。
最期を思い出して、ぺしゃんとしてしまった私なんてどうでもいいらしい冥府の神は、そんな様子を気にも留めずになんか『唖然』といった雰囲気で呟いた。
「あんたは、オレの名を覚えていないのか…?」
「はい?」
名乗られた覚えがないんだけど…。
怪訝そうに冥府の神を見上げていたら、歯軋りの音。
な、なんなんだよ!そんなに有名神なの!?有名か、冥府の神さまだもんね!
でも人間には神さまの名は明かされていないから、知らんよ。
よっぽどそういってやりたい気持ちになった私だけど、それに答える前に冥府の神は肩を震わせて笑い出した。
なんか地獄の底で悪魔が笑っているかのような邪悪な声だけど…あっ、ここは冥府だからある意味合ってる?
そんな不気味な笑い方をしている冥府の神に、私はドン引きした。
フードを目深にかぶった能面(推定)男が思い出し笑いしてみ?コワいに決まってるじゃんか。
「ハハハハハ!…そうか、そうだな。オレは名乗っていないから、あんたがオレの名前を呼ぶことなんてないに決まっているな」
おいおい、どうしたよ。
なんか一人で笑って一人で納得して、最終的には一人で落ち込んでるんだけど。
「どうせ、自分の思い通りにならなかったら焦れて、オレの名を呼ぶと思っていた…。だが、強情にもそのままニンゲンとして過ごして、挙句の果てに呪い殺されるとは思っていなかったんだ。そこまで…そこまでして、あんたはオレを拒むのか…?」
なんか、不穏な空気が流れてるんだけど…気のせい?
落ち込んでいたはずの冥府の神が、どんどんおかしくなってるんだけど。
脳裏にヤンデレ姫さまが過ぎってしまった。
やんでれ…?この神さまにデレはないけど…。
不穏な空気を醸し出す冥府の神から距離を取ろうと後退る。
だけど、開いた距離がどのくらい役に立つのかわからない。
だって、相手は頭おかしくなっても神さまだし、ヤンデレっぽいし!
あぁ、人の脳裏で剣士さんを思って笑わないで下さい、姫さま…こわぁい。
じりじり後退る私と、なんかイっちゃった空気を隠さない冥府の神。
私、結構痛い思いして死んだのにまだなんか恐ろしい目に遭いそうなんだけど!
神さま私、何かしましたかー!?
「キミはしてないよ」
「えっ……?」
この石造りの部屋は薄暗くて、よく見えない部分は確かにある。
だけど、誰かがいればわかりそうなのに全く、今通り過ぎるときに声を掛けられて肩を叩かれるまで本当に第三者の存在に気が付かなかった。
ごくごく当たり前に、何の前触れもなく登場した第三者は、自然体のまま歩いている。
そして肩を叩かれた私も、多少驚いただけで飛び上がる程驚くこともなく、どこかで見たことのある後姿を受け入れていた。
まあそれは、彼女はここが冥府だということも気に関さず、堂々とした足取りで歩いていたせいかもしれない。
「やぁ、久し振り」
私の横をすり抜け、その人は冥府の神の前に立った。
気安い態度で冥府の神に声を掛けている彼女は、硬直する相手の反応が気に喰わなかったのか急にアイアンクローを繰り出した!
「もー、こんなもの付けてどうしたの?」
って、外れるのかー!?
背伸びしてアイアンクローを決めた彼女は、冥府の神の顔から剥がした仮面を興味なさそうに放り出して首を傾げている。
ああ、そりゃ声から性別や年齢が判別出来ないよね。
仮面の中で声が籠っちゃうから!
「そのローブもいい加減やめたら?返り血対策でしょ、それ」
ああ、なるほどねー。
返り血って意外にしぶといから。
ほら、思い出してみようよ、姫さまの旅のはじめ頃の杖。
あんなにキレイだったのに、最後の方は呪われそうなくらいにくろず…なんでもない。
それにしても、返り血って……。
もう一度背伸びした彼女は、返事を聞かずにフードを外してしまう。
フードが外れたことで露わになったお姉さんとは真逆な純白の髪の毛が、微弱な風に煽られてふわりと揺れた。
その白さに、私はまた獣人さんを思い出してしまう。
失恋したのに、私ったら本当に重症だよ…トホホ。
「あーもー、神でも髪は伸びるっていったでしょ。ほら!…あっ」
髪でも神が伸び…いや、逆か。
そうか、髪は伸びるんだね。
フードの下から現れた、ぼさぼさな無造作ヘアにプンプンした彼女が手を更に伸ばしてたぶん、髪を整えようとしたんだと思うけど、ぺしっと払われた。
「あんた、なんで…?」
やっと石化の呪いが解呪出来たらしい冥府の神は、とりあえず自分の髪に延ばされた彼女の手を払い除けながら震える声で問い掛ける。
無造作ヘアのせいでわからないけど、その下にある目はきっとまん丸くなってるかもしれない。
そんな唖然とした雰囲気の冥府の神は、彼の目の前に立ち彼女よりもよっぽど年若い印象を与えた。
私の位置からは後姿しか見えない彼女は見たところ、前世の私と同じくらいの、今の私よりもちょっと年上のお姉さんにしか見えないのに、ちょっとだけ不思議だ。
「なんでって、キミが暴走しそうだったから来たんだけど?」
いや、『暴走しそうだったから』じゃなくて、もっと前に来てよ。
このセリフから、彼女が冥府の神を止められる存在だと認識した私は、とても遅い登場に心の中で文句をいった。
例えば、転生する前とか転生する前とか転生する前とか!
「あー…うん、ごめんごめん!あのときはびっくりし過ぎて、とっさに戻れなくてさ!」
「戻る…?」
「あっ、いや。こっちの話さ!」
怪訝そうな冥府の神と同様に、私もわけがわからず首を傾げる。
慌てた様子で言葉を濁すお姉さんは、きっとこれ以上この話に触れられたくないみたいで話題の転換を図って来た。
「えーと。そうそう、キミね!キミは何もしてないよ!単純に、間違えられて八つ当たりされただけだからさ」
「はあ………はぁっ!?」
怪訝な声で応じてしまったけど、しばらく考えた後に声を裏返させる。
話しのが流れからいって、私がこんな目に遭う理由に答えてくれてるんだよね?
で、その答えが『間違た末の八つ当たり』だってーっ!?
「うんうん、旧世界ではよくあるよくある~」
『よくある』で片付けないでよ!
結構大変な目に遭ったんだからね!
「いやぁー?拾われて孤児院に入ったのも、神聖魔法が使えるようになったのも、大神殿に連れていかれたのも、魔王討伐の旅に選ばれたのも、呪いを移す手伝いを引き受けたのも、元はといえばキミ自身のせいなんだけど」
いやいや、どう考えても私のせいじゃないし!
「親を失ったのも魔王が現れたのも確かにキミのせいではないけど、後は本当にキミが行動した結果だよ?まあ、単にキミに自覚がなかったからだろうけどね」
お姉さんの声は何だか笑っているような、そんな調子だった。
言外に『そういうことにしとくよ』といわれた気分になるけど、私としては全面的に否定しときたい。
いや、最後の呪いに関しては私が選んだ…わけじゃないよね、単に姫さまがコワいだけで脅されたようなもんだし!
必死に反論する私だけど、お姉さんは聞く耳を持たない。
完全スルー体勢のお姉さんは、冥府の神の方を向いたまま彼と話す。
「キミ、賭けの結果はわかっただろう?最高神の片割れとしてのプライドがあるだろうから、ボクの口から勝敗について何かいうつもりはないけどさ」
『賭け』ってなんだろう?
お姉さんと冥府の神しかわからない言葉に、私は完全に置いてきぼりだ。
しかし、冥府の神って最高神の片割れなの?
こんな薄暗いとこにいて、華やかさの欠片もないとこにいるのに。
もう片方の最高神に華やかな仕事を盗られちゃってるとか?…だとしたら、不憫だね。
ちょっと同情した私は、相変わらず自分とお姉さんを行ったり来たりする視線を鬱陶しいとはもう思わないでおくよ。
優しい私がぼんやりとそんなことを思っていたら、何やら急展開になっていた。
腕を組んでうんうんいってたお姉さんは、『そうだ!』とばかりに声をあげる。
「よし、こうしよう!もう一度、この子を転生させる」
「は………?」
「はーいー?」
何いってんの、このお姉さんは。
はじめて冥府の神と私の気持ちが一致した瞬間だった。
「あんた、自分が何をいってんのかわかってるのか?」
「なんだい?今更、規則のことでも持ち出すつもりかい?この子の記憶を残したままの転生だって、キミが勝手にしたことだろ?」
「……………」
えぇー?そっぽを向いた冥府の神の態度に、私の顔は引き攣りそうになった。
おいおい…、私の前世の記憶持ちっていうのは冥府の神の仕業だったのか。
「まぁ、キミの規則違反についてはこの際置いておいて!」
いいのか、置いておいて……。
ま、まあ、お偉いさんが規則を破って自分に都合が良いようにするのは神官時代から見ていて知ってるからいい…良くないよ!神さまがそんなことしていいのかっ!?
と、いうかお姉さんは結局、何者ー?
「『愛を知らず、恋情を踏みにじられて、たった一人で死ね』だったっけか?なら、ボクがこの子に向けられた『愛』を証明する」
あっ…思い出した。
そうだ、前世終了したときにいわれたこと悲しくて寂しいこと。
いきなり激昂した冥府の神に投げ付けられた言葉だよ、それ。
なんでお姉さんが知っているのかわからないけど。
「この子が転生した先で、『愛を知り』そして『恋情』を返されたらこの子の勝ち。ね、簡単でしょう?」
…ん?もしかして、『賭け』って私が相手だったの?
しかも、なんだその曖昧な条件は…。
そう思ったのは私だけじゃなくて、冥府の神も同様だったらしい。
彼はお姉さんのいったことを鼻で笑う。
「ハッ、そんな判断基準ならば、そこら辺の相手を誑かしてやれば…」
「じゃあ、条件を足そう。…相手は、この子が今世で関わったヒトに限定しよう」
「今までの人生で関わった人間…か」
ふわっとした基準に冥府の神が難色を表せば、すかさずお姉さんが条件を付け足す。
納得しそうな冥府の神の一言に、お姉さんが相手に表情がバレないように隠しながらニヤリと笑った。
なんか企んでるみたいな、そんな顔だ。
「もちろん、公平を期すために外見は多少変化させる」
「その程度で公平か?」
冥府の神は、誰にも愛されず恋も成就しないような呪い?を掛けたらしい。
それを打ち破れたら私の、もしくはお姉さんの勝ち。
ただし、そこら辺の人を誑かして恋人になってもらったらいけない。
私に誑かされるような人がいるとは思えないけど、それだけでいいなら嘘の恋人役でもいいってことになっちゃうからね。
だから相手の候補は私が今世…もう、死んじゃってるけど——で、関わったヒトに限定されるってことらしい。
でも、今世で関わったヒトたちの前にそのままの姿で現れたら賭けが公平じゃないって冥府の神は主張している。
別に私、特別みんなに好かれてたわけじゃないからいいじゃん、まったく同じでも。
孤児院のみんなや、魔王討伐メンバーとかとの関係を思い出した私は涙目だ。
後輩や青髪くんは傍にいてくれたけどそれだけだし、獣人さんには何やら嫌われてしまったみたいだし…うぅっ。
「じゃあ、性別も変えとく?性別が変わるだけで、受ける印象は変わるからね。だけど、性別が同じで外見も同じってだけで間違えるのもいるけどねぇ」
「…………」
あっ、冥府の神が黙った。
なんか、前世を終えた後に逢ったときのおっかない印象がなくなったんだけど…。
と、いうか、『神さま』という威厳も霧散した気がする。
なんというか、残念とまではいかないけど、不憫というか?
ん……?
「あの?」
「黙ったってことは、それでいいってことだよね!」
えぇー!?なんという、強引かつマイペースなヒトなんだ!
ちょっと待ってよ、話の流れは整理したから理解出来るけど、本気なの!?
なんで、前世終了後に勝手にはじまってたらしい賭けの延長戦として、私が外見を多少変えてまた転生するってことになってんの!?
そもそも、その賭けってなんなのさっ。
「あっ、もちろんこの賭けの会話以外は記憶持ちのままでの転生だから安心してよ」
安心出来ねーよ!
なんでわざわざ、転生するのに記憶持ったままとかにすんの!?
「えっ?だって、それだと全く別人の人生になるでしょ?だったら、この賭けの意味がなくなるからさ」
そのとんでも自論に私、付いて行けない…。
どこがいけないのさ。
「ちょちょちょちょっと待って下さい!さっき、規則で記憶を持ったままで転生させちゃいけないって…」
「うん、決まりでね。魂を真っ新にしてから転生させないといけないんだよ。でもどうせ、もうこの子を記憶持ちで転生させた後だからいいじゃんか。あともう一回だろうが、あと一人二人や三人四人転生させようが、一緒でしょ?」
て、テキトーだな、このお姉さん。
そして、何故何をいわない冥府の神!
偉い人なら、どうにかこうにかして、このお姉さんを止めてよ!
「異論はないみたいだね!じゃあ、輪廻の輪に入ってもらおう!」
「うわぁっ!?」
どこからともなく現れた純白の槍を持ったお姉さんは、石突の部分で床を叩く。
すると壁同様に石造りの床に、ユリの花をモチーフにした紋章が浮かび上がった。
そしてこの紋章に私は吸い込まれて行く!
「じゃあ、賭けの結果は今度またキミがここに来るときに決定しようか。それまで、またね!」
いやいやいや!呑気に手を振らないで!
えええええ、私このまま賭けのために転生するの!?
「長い長い、それこそ気の遠くなるくらいの時間だ。ちょっとぐらい、楽しいお遊びをしてもいいんじゃないかい?」
「…あんたはそうやって、かつてニンゲンだったオレを弄んだんだったな」
「きーこーえーなーい」
しかも、お姉さんはこういう『お遊び』という名のはた迷惑なことははじめてじゃないらしいし!
てか、冥府の神って元ニンゲンなの!?
衝撃的なんだけど、それより元ニンゲンだったんならもう少し私に優しくしてよ!!
そしてお姉さんは、本当に何者なんだ!!
「お、おぼえてろよー!!」
今度ここに来たら、絶対に殴ってやる!殴ってやるんだから、覚えてろよ!!
『やられ役の悪役みたいなセリフ』とかいったの、聞こえたからな!!
お姉さんの正体→サブタイ




