神官は呪いを姫と自分に移す。
予定日よりも早い出産は、もしかしなくても大量に血を抜いたせい?
そのせいで姫さまの体調が悪く、こんなことになったんなら本末転倒だ。
そう思ったんだけど、二人っきりにされてから口を開いた彼女は、一仕事終えてやつれた様子でもやっぱりヤンデレだった。
「結果としては、私が息子を残して死んだことであの方の心に傷を残すことには成功したということになりますでしょう」
「うわっ、ほんとに揺るぎない意志!」
一貫して、剣士さんの心に傷を残す気らしい。
普通に生きていたらエルフであるお妃さまの血を継いだ姫さまと、魔王の呪いのせいで長命になった剣士さんは長く一緒に過ごせるというのに、本当に自分以外の誰かの手が彼に入るのがイヤなんだね…。
だいぶ怖い。
本来であれば、神官であろうと出産後の姫さまと二人っきりなんてもってのほか!なんだけど、鶴の一声で人払いされた部屋には私とベッドに横たわる彼女の二人しかいない。
後輩は王宮の外に置いて来たし、エルフくんは生れたばかりの息子くんに掛かりっきりだから、本当に私たち以外は誰もいない。
「誰かが夫を呼ぶ前に、術を施して下さいませ」
だからこそ、この瞬間がチャンスだ。
今を逃せば剣士さんは本格的に国王になって忙しくなるし、姫さまも王妃としての仕事と母親業で忙しくなって呪いを移すことは難しくなったとは思う。
『死の呪い』みたいにタイムリミットがあるわけじゃないけど、時間が経つと『不老不死の呪い』が剣士さんに定着して完全に引き剥がせなくなることを恐れていたってのは確かにあった。
でも、なんでこの日、この瞬間にしなきゃいけなかったんだろうと、ずーと後のそれこそ来世になって考え込むことに私はなる。
だってさ、他の日だって良かったじゃんか。
今回私が王宮に呼ばれたのは姫さまの状態があまりにも悪過ぎたからで、神聖魔法を使ってほしかったからだ。
王宮と大神殿は政治的な問題で仲は悪いけど、準備期間みたいに協力者に頼んでこっそりと姫さまが大神殿に来ることも可能だった。
もともとこの日に決行予定だったのと、疑われることなく私が姫さまと二人っきりにされたという状況、もう少ししたら剣士さんが移動して術式を仕込んだひざ掛けと座布団から離れてしまうという焦りから、私は判断を誤ったんだ。
いや、姫さまとしては、子どもが生まれるという幸せの絶頂にいながら妻が死ぬという衝撃的な状況を作って剣士さんの心の傷を深めようとしただけだから、結果オーライみたいだけどさ。
……この日も剣士さんの横にいて、なおかつ比較的身軽な彼が先にやって来るなんて思いもしなかったんだよ。
「では、はじめます!」
私は呪文を口ずさみ、そして光が部屋を一杯に満たした。
床に置いた離れた場所にいる剣士さんとをつなぐ術式から、部屋を満たす光とは正反対なドロドロした真っ黒なものが溢れる。
神聖魔法を駆使して、それを打ち消そうと頑張るけど、これはあかんやつや……。
急にエセ関西人になりつつ冷や汗を流す私はその後も頑張ったけど、しかし予定通りそれを姫さまと私に移すことにした。
さすが、魔王が最後の力を振り絞って使った魔法!…振り絞ったんだよね?
出来る限り、姫さまに行く分を減らして私に多く取り込まれるように調整するのも忘れない。
だって、独り身で大神殿で遣い潰される私より、大好きな剣士さんと可愛い子どもがいる姫さまの方が出来るなら長く生きた方がいいでしょ。
とはいえ、全部私に移すには、私の容量が足りない。
足りないまま私が術の最中に『不老不死』から『直死』へと反転した呪いで死んだ場合、結局は近くにいた姫さまが犠牲になった挙句に周囲にそれをまき散らすことになるんだからもう、本当に仕方がないんだ。
でも、少しでも長く剣士さんと子どもと一緒にいてほしい。
私は両親を知らないまま捨てられて孤児になっちゃったけど、さっき生まれたばかりの子どもの記憶の片隅にでもお母さんとしての姫さまが残ればいいと、心の底から思った。




