姫君はかく語る。
姫さまこと、ノルンフィーネ視点。
所謂、ヤンデレのターン!
ゆったりと一人掛けのソファに腰を下ろし、やって来た小柄な神官をノルンフィーネは見上げた。
ドアを開けて入って来たそのままで硬直したその人物は、座っているのがノルンフィーネだと理解した瞬間、顔を隠すベールを投げ捨ててこちらにやって来た。
彼は、歩くたびにしゃらしゃらと音を立てる。
「姫さま!お久し振りです!!」
ベールの下から現れた彫の薄い顔立ちは旅の間に見慣れたものだったが、その輪郭はあの当時よりももっとほっそりしていた。
目の下は黒ずみ、元気な声とは裏腹に幼い彼の現状が余り良くないことを窺わせる。
「お久し振りですね」
「はい!」
尻尾でもあったらはち切れんばかりに振っているだろう、そんな態度と笑顔で幼い彼は返事をした。
獣人だったら仔犬だろうかと思ったノルンフィーネの脳裏に浮かんだ忌々しい獣を打ち払い、彼女は静かに近況を話し出す。
只でさえ、愛する夫の側にいて忌々しいと思っているのに、幼く愛らしい彼と一緒の場にまで出て来るということは、自分の魔法で燃やされたいということでいいのだろうと、笑顔の下で勝手に決め付けておく。
「えっ。あかちゃん、ですか…」
「えぇ、ここに彼の子がいるのですよ」
ふっくらとしてきた腹部を愛し気に撫でるノルンフィーネに、幼い彼は慌てたように寿いでくれる。
「わ、わぁ!随分とはやいですね。おおお、おめでとうございます!」
「ふふ、ありがとうございます」
「にっすぅ…あれー?いいいいや、可愛い異母きょうだいだから、可愛がりますよー」
「ぜひ、お願いしますね」
あの忌々しい獣が愛する夫と番ったという、冗談でも聞きずってならない言葉は華麗に流す。
目がうろうろしているが、生まれて来る愛する夫との子どもの誕生を喜んでくれる様子に、ノルンフィーネの口元は自然と笑顔になった。
旅の間でもそうだ。
ノルンフィーネは王族で、いつでもどこでも誰かの目が合って常に気が抜けない状況にいた。
なのに、旅の間はこの幼い彼の何気ない行動で作り物ではない、自然な笑みを浮かべていたのだ。
夫以外に感情を揺さぶる相手が出来るとは思えなかったノルンフィーネは、幼い彼を彼女なりに信頼し、大切な仲間だとずっと思っていた。
だから、忙しいということで断られた結婚式への欠席に関しては何もいうつもりはない。
「私、とても幸せです」
「えぇ、えぇ!そうでしょう!姫さま、とっても幸せそうで更に美しさに磨きが掛かってますもの!」
計算も打算もない、純粋な言葉と笑顔。
ノルンフィーネは幼い彼を信頼しているし、信用もしている。
だからこそ、魔王討伐の旅で見たあの法力を得たいとずっと考えていた。
愛する夫は不発だと思っていたあの、魔王の放った最期の魔法…いや、呪いを移すために。
「神官さま。私、今がとても幸せなんです」
「は、い」
もう一度、今が幸せだということを強調するノルンフィーネの様子に何かを察したらしい。
幼い彼の顔は少し、引き攣っている。
でも、ノルンフィーネの笑顔は変わらないし、意思だって変わらなかった。
例え、この幼い彼を道連れにしても、あの呪いを自分に移すという意思は決して変わらないのだ。
魔王だろうが、人間だろうが、愛する夫を左右する自分以外の存在など、ノルンフィーネには許せることでない。
ならばいっそ、自分が死ぬことで愛する夫の心に消えない傷を付けたいと笑うノルンフィーネに、目の前にいる幼い彼はとても怯えていたが、そんなこと彼女には知ったことではなかった。
「お手伝い、していただけますよね?」
「はい、よろこんで―!」以外の返事をさせる気がないヤンデレ姫さま。




