神官は大神殿に囚われる。
終わりに向かってシリアスになっていきます。サクサク行くよー
カリカリカリカリ
「うーあーあー…ひまだぁぁぁ」
カリカリカリカリ
ガチャ
「…猫?」
「にゃー」
部屋に入って来れずに入口で立ち止まる後輩は、首を傾げて私を見下ろす。
とりあえず、ドアを引っ掻いてた恰好のまま猫の鳴きまねでもしておくにゃー。
部屋に閉じ込められてから、しばらく経過した。
最初のうちは日記を書いてたから日にちの感覚はまだあったけど、いい加減書くことがなくて日記も書いてない。
おかげで、日にちの感覚は全くなくてどれくらい経ったのかわからないでいる。
まあ、わかったらわかったで、気が狂うかもしれないけど。
「はぁ。せっかくの暇つぶしだったのに、どうしてくれるんだよ。せめて日記に書いて楽しいようなイベントを実施してほしい、マジで!」
「イベントがあっても、あなたはここから出れないよ?」
「たはー」
パタンと後輩がドアを閉めれば、すかさず外から施錠する音が聞こえた。
前に食事用のワゴンがドアの段差に引っかかったときに外に出ようと突進したから、その防止なんだろうね。チッ。
ちなみにそのときの顛末は、搬入係とは別の人が外からワゴンを動かす手伝いをするために入って来たためタイミングが最悪。
急に止まれなかった私はそいつにぶち当たった挙句吹っ飛ばされて、あえなく御用となった。
その日、おしおきと言う名目でご飯が抜かれたことは一生忘れない!
数少ない楽しみなのに!プンプン!
そう、信じられないことに私、大神殿の自室に監禁されているんだよ。
いや?縛られてないから軟禁か?
でも最初、トイレは尿瓶という苦行があったから『監禁』でいいと思うよ。
あと、私の後輩ってことで世話役になった後輩が尿瓶片手に『ちゃんと出来るか見ててあげる』といったことは出来る限り急いで忘れようと思う。
彼の優しさとは思うけど……うん。
「監禁イコールヤンデレ。誰だよ、私を閉じ込めたヤンデレはー」
ヤンデレって前世では一定の需要があったと思うけど、加害者はだいたい美少女かイケメンだったよね。
誰だよ、私を閉じ込めて悦に浸るイケメンは。
「あなたを閉じ込めたのは、やんでれって名前の男じゃないよ?第一上級神官だよ」
「いや、ヤンデレは属性であって、名前では…って、あのデブハゲかっ!?」
上級神官の中でも番号が小さい順で大神殿での偉さが変わって来るらしいとは知ってたけど、私が魔王討伐の旅に出ている間に位が第一になってたんだよね、あのデブハゲ。
前は十番台に入ってなかったクセに!
「監禁は犯罪だってーの!ただし、イケメンに限るぅぅぅぅぅ」
誰だって監禁しちゃうような粘着質なヤンデレが、外見まで脂ぎってたらドン引きもんでしょ!
イケメンでかろうじて相殺出来る案件なのに、主犯があのデブハゲだなんて…あっ、鳥肌が。
鳥肌が立った腕を擦っている私を見る相変わらず眠そうな目をした後輩は、ちっちゃい机の上に今日のご飯を置いて溜息を吐いた。
「知ってたでしょ?」
「…うん。初日にとっ掴まったからね」
後輩にとっては、今の私の反応は茶番だろうね。
いやだって、やることないんだもん、仕方ないよ!
あれからずっと大神殿にいて、外に出ることはかなわない。
気心が知れてる後輩以外はみんな、私の監視役だ。
そんな中で閉じ込めれているんだから、気分転換におバカなこといったっていいでしょ。
どうせ、溜息でも反応してくれるのは後輩だけなんだし。
「…あなたが女性じゃなくて、ボクはよかったと思ってる」
「はいー?」
「なんでもない」
ベッドに腰かけて足をばたつかせる私は、後輩の呟きを聞き逃した。
彼は気にしていないらしいから、単純に独り言だったんだろうね。
テーブルに二人分のパンとスープを置いた後輩は、ちょっと身を屈めて私の頬をひと撫でする。
更にメキメキ縦に成長した後輩は、なんか色っぽいおにーちゃんへと進化を遂げていたから、顔が近いとドキドキする。
髪の毛を一房手に取る仕草なんて、とっても様になってて…。
「あっ、枝毛」
「マジ!?」
やっぱり、後輩は後輩でした。
だよねぇ…、キミはずっとそのままのマイペースさんでいてくれ。
「もぐもぐもぐそういえばさー。手紙の返事って来ない?」
「食べてから話して?」
「へーい。ごくん。で、私が前に書いた手紙の返事なんだけどさ」
ゴーン、ゴーン
「除夜の鐘?」
「王宮の鐘だよ」
硬い丸パンを齧りながら、一向に返事が来ない手紙の話をしていると、外から除夜の鐘が聞こえた。
後輩は訂正するけど、どう聞いても除夜の鐘の音にしか聞こえないよ。
私の部屋はいつ取り付けられたかわからない鉄格子がはまっているため、窓もろくに開けられないから外の様子は見えないけど、さっきからさながら年明け前みたいなそわそわした雰囲気が流れていた。
「あけましておめでとー?」
「何が開けたの?」
除夜の鐘が鳴りはじめてから、外から異様な熱気が感じられるようになった。
遠くから聞こえる歓声が、年が開けたときみたいだからついつい後輩に新年の挨拶をしてしまう。
後輩に通じなくて、首を傾げられたけど。
「今日は何かのお祭り?」
そういえば、似たようなセリフをいった気がするね。
あのときは魔王討伐の旅に出る前で、目の前にいたのは後輩じゃなくて青髪くんだった。
青髪くん…どうしたんだろう?
私の代わりを務めることになったらしい青髪くんの無表情を思い出す。
もともと血統書付きのおネコさまみたいだったキレイめな顔立ちが男性的になって、ますます魅力を増していたけど、あの無表情はいただけない。
まあどうせ、貧相な私の代打がイヤであんな顔してたんでしょーけど!ケッ。
スープの具を苛立ち紛れにかっ込んでいた私は、後輩の返事に喉を詰まらせることになる。
「うん。この国の王位継承者である姫と魔王討伐の英雄の一人である勇者との婚礼が行われてるからね」
「ぐほげほがふ!!」
「大丈夫?」
心配そうに水の入ったグラスを差し出してくれる後輩だけど、それどころじゃないよ!?
「ひひひひひひ姫とゆゆゆゆゆ勇者ってまさか!」
この国の国王夫妻の子どもは姫さまだけで、魔王討伐の立役者っていえば最後にとどめを刺した剣士さんだから彼が勇者だろう。
そう考えれば、外の騒ぎは姫さまと剣士さんの結婚式を祝うためのもの…?
「ううう、嘘だ!私、二人の結婚式に招待されてないよぉ」
命がけの旅をして、仲良くしてたと思ってのは私だけ?
それなのに、仲良くしてくれた人たちの結婚式を当日に知らされた私っていったい何?
「お父さんだって、いってくれたのに」
『再婚相手に気を遣ったの、剣士さん?』
そんな冗談も口に出せない私は、意外にもだいぶしょげていたらしいよ、しょぼん。




