神官と××はまみえる。
神官ことユリ・シスと、××は語り合う。
「いらっしゃいませ~」
ウェイトレスのお姉さんが、まだ何もいっていないのに私を案内する。
大きなガラス窓のソファ席に案内して一礼して去るウェイトレスさんを視線の端で見送り、私は空いている方の席に腰を下ろした。
先に席についていた彼女は席に着いた私を見ることもなく、傾けていたカップをソーサーに戻して窓へと視線を向けている。
アウトオブ眼中だね!
「ニンゲンって、愚かだね」
都心では珍しく静かな喫茶店に、彼女の声はかなり響いた。
小心者な私は気が気でないが、彼女の向けている視線の先を見て内心では肯定しておく。
窓の外には高層ビルが立ち並び、遠くの方では工場から立ち上る煙が見える。
緑はなく、足の下には地面の代わりにアスファルト、樹々は人為的に植えられて整えられたものばかり。
切り崩されて平らにされた山に、埋め立てられた海、そしてクラクションと喧騒と救急車やパトカーのサイレンの音。
あぁ、なんて愚かなんだろう。
同じく愚かな人間の一人である私は、そうやって得た恩恵を与えられながらも緩やかに終わって行こうとする灰色の世界を…かつて暮らしていたはずの世界を眺めながらそう思った。
「なんで、与えられたもので満足しないのだろうね」
「そうだね」
頼んだ覚えのないカフェオレを口に含んだ私は、彼女に同意する。
私好みの甘いカフェオレは、今は決して庶民…いや、孤児や一神官が口に出来るものじゃないけど、そういえば前世では当たり前に飲めたのだと思い出した。
真っ白で穢れのない、そっけないともいえる神官服の私とは対照的な彼女は、見覚えのある可愛いブレザーの制服を身に付けている。
制服が可愛いからってだけで選んだ高校だったけど、あれだって自分で選んだんだよね。
そんなどうしようもない理由だったけど、確かに選んだのは私で、選択の自由だって確かにあったんだ。
すっかり、忘れてたけど。
「それがどれ程幸せだったことか、知らないからじゃないの?」
「なるほど」
私の体験からそういえば、彼女は納得したように頷いた。
こっちを全く見ないけど、一応は私という存在を認識してるみたいだ。
「なら、きっと失って後悔しているのだろうな」
ひっそりと飾られたユリの花がクーラーの風に揺れる喧騒とは程遠いのはこの喫茶店の中だけで、窓の外の風景は変わっていく。
燻る煙と血で汚れた、無事な建物なんてなくて瓦礫しかない、ところどころ裂けた大地。
人だった肉の塊が赤い海に数え切れない程に折り重なり、生きものの気配が薄い世界が窓の外に広がっている。
戦場…みたいだ。
画面の向こうにあった、現実味が薄い世界が薄いガラス越しに広がっていた。
そして、遠くにポツンと立ち尽くす真っ白な髪をした人が唯一、壊れかけた世界で希薄ではあるけど『生』の気配をまとっている。
剣士さんが使っていたものよりさらに大きい、どうやったら振り回られずに自分で扱えるかわからない武骨で大剣をだらりと下ろした手に握り、まるで迷子みたいに立ち竦む姿。
よれよれで汚れたりところどころ裂けたりした黒い軍服みたいなものに身を包んだ逞しい背中は今、力なく丸まっている。
大きくて頼りになりそうな男の人なのに、泣いてるんじゃないかって心配になる背中だ。
「本当にニンゲンって、愚かだね」
そういった彼女の横顔は、言葉とは裏腹になんだか『しかたないなぁ』っていっていた。
あれだね、口よりも語るってやつだ…あれ?あれは目が語るんだっけか?
まあ、いいや。
きっと、無言で寄り添うなんてまどろっこしいマネはしないだろうね。
静かに寄り添うより、後ろから全力で助走を付けて勢い良くあの背中に飛び付くよ。
例え口を開かなくても存在自体が騒がしいから、飛び掛かられたあの背中はしょんぼりしている暇はないはずだ。
そんでもって、泣きそうだったその銀色の鋭い目を『こいつ、しょうがないな』って細めて笑うんだよ。
私はあそこに立つ人に似たヒトを知ってるから、保証しちゃう!
薄い胸を張る自信満々な私の態度に、彼女ははじめてこちらを向いた。
真っ黒い髪と、黒に限りなく近い紫色の瞳、クリーム色っていうか黄色い肌。
私は数回しか着ていなかったはずの高校の制服を身に付けた彼女は、あの頃と同じ年頃か、今よりも年を重ねた、鏡に映したかのように明らかにそっくりな顔を綻ばせて笑った。
「ハハッ!ねぇ、シスの力を与えられたユリ。本当にニンゲンって愚かでおもしろくて……なんて愛しいんだろうね」
本当に愛し気に目を細めた彼女と私は、姉妹のようにそっくりな顔を見合わせて笑い合った。




