神官は修羅場を目撃する。
なんかあったんかね。
そう思って剣士さんを見ると、『ハハハっ』と笑った彼は徐々に私から視線を逸らしてゆく。
いつも朗らかに笑う彼らしくない、いかにも『何か隠してます!』な引き攣った笑顔だった。
いわないけど、たぶん姫さまの気分転換や男が一緒だと入りずらいようなところへの買い出しをさせるための今回の滞在だったと思う。
とはいえ、隠していても隠し切れないロイヤルな空気を醸し出す姫さまが一人で買い出しに行くわけにもいかず、だいたいは剣士さんと一緒に行動していた。
まあ、姫さま的にはデートだったと思うけど。
そんなわけで普段より長めに滞在しているわけだけど、夕食が終わってから早々に獣人さんがどこかへ出掛けてしまったのだ。
もちろん、ちまちまご飯を食べていた私が残りを慌ててかき込んで後を追うつもりだった。
でも、それを止めたのは剣士さんである。
「…………」
「あー、ホットワイン準備してもらったんだな?ちょうどいい、あんたも姫さんと一緒に飲んで来たらどうだ?」
宿の人に準備してもらったホットワインを持って二階にある客室に向かおうとしていたエルフくんを呼び止めて、剣士さんはそういう。
いつもならホットミルクしか飲まない姫さまに、今夜は柑橘類が使ったワインを温めてたっぷりのハチミツを使ったホットワインを注文してあげたのは剣士さんだ。
おしゃれな飲み物は以前、デート(本当は買い出し)のときに姫さまにごちそうしてあげたもので、彼女が気に入ったんだってさ。
さすがに野営では準備出来ないし、大きな街でもなければそんなおしゃれな飲み物は置いてないとのことで最近は飲ませてあげられなかったらしい。
だからこそ、泊まってる宿屋に併設してる食堂で見付けた剣士さんがそれを姫さまにごちそうしてあげたいと思うのは理解出来る。
…でもさ、まさかこのタイミングでエルフくんの分まで登場するってのはおかしくない?
「……何のマネ?」
ほらほら、エルフくんも疑ってるじゃん!
じとーっとした目をエルフくんに向けられている剣士さんの表情は、私には見えない。
何せ、私から顔を背けてるからね。
って、ことはきっとさっきと同じ後ろめたいことがあるってことを隠せてないんだろうなぁ…。
「ねーねー」
「何?」
「これ、姫さまと一緒に食べてー」
「!!」
湯気の立つ二つのマグカップが乗った盆の上に、私は二つのお菓子を乗せた。
炒ったたくさんのナッツ類をハチミツで固めたお菓子は、エルフくんが大好きなものらしい。
旅を続けていくに、彼なりに隠していたらしい事実に気が付いたのだ。
「こここ、こんなもの、いらな」
「これ、なんかめったに出ない特別なハチミツらしいよ。なんだったかな~」
思い出した花の名前をいえば、目に見えて顔を輝かせるエルフくん。
森生まれ森育ちの彼でもめったにお目に掛かれない、稀少なものみたいだね。
それを姫さまと二人分、きちんと揃えておいてあげた。
「ほほほ、本当にいらない!だって、これはお前が食べるために!」
「いいよ、いいよ~元々、二人と食べるつもりだったからね」
「!!」
それは本当だけど、ここで取り出すつもりは全くなかった。
そんなことなどおくびにも出さず、私は笑顔でお菓子をエルフくんに差し出す。
「ありがとう!!」
「どういたしまして。あっ、止めちゃってごめんね。ワインも温かい方がおいしいから、早く持ってってあげて?」
「そうだった!」
嬉しそうにもう一度礼をいったエルフくんは、慌てて二階へ上がっていった。
エルフくんって、人間嫌いを公言してる割に、すごく素直にお礼いってくれるんだけど…本当に良い子だよね。
で、そんな良い子を騙しくらかそうとしている剣士さんに熱い視線を送ってみる。
「………………」
「………………店員さーん、ケーキ一皿下さーい」
「あっ、フルーツも盛って下さい。もりもりで!」
「………」
むろん剣士さん支払いですが、何か?
即座に注文に付け足した私を振り返って見る剣士さんの顔は、引き攣っていた。
○●○●
「ここらのお店は、健全な!若い女の子とおしゃべりするだけの健全なお店であって!!」
「でも、ここに来る途中に道に立ってたセクシーお姉さんたちはうっふんあっはんなお誘いをしてくれましたが?」
「……」
大事なことなので『健全』と二回いった剣士さんでも、さすがに道に立ってるすけすけ服のお姉さんたちにどっかに行ってもらうことも出来ないので遠い目をしている。
そういった雰囲気の漂う路地裏だから、たぶん剣士さんのいっている『若い女の子とおしゃべりする』だけではすみそうにないなぁ。
ジト目を向ける私から顔を逸らす剣士さんの気まずそうな表情から、あのホットワインのアルコール度を疑いたくなったのも仕方ない。
普通、ホットワインはアルコールを飛ばすものだけど、後から合流するつもりだったとしか思えない剣士さんが、素面で姫さまを放置するとは考えづらいよ。
きっと、部屋に戻ってこない剣士さんを捜しに出掛ける姫さまと、彼女の護衛役として付いて来るだろうエルフくんがこんないかがわしい界隈にいるのを目撃したら……。
「修羅場だ!!」
「そうそう、しゅら…え?」
セリフを盗られた形になった私は、剣士さんと顔を見合わせて騒ぎの中心へと足を向けた。
野次馬とか違うし!
ところで、修羅場っていうと想像するのは『付き合っているカレシが別の女とイチャイチャしながら歩いてるのを目撃しちゃったカノジョがっ!』ってやつだ。
「あぁ、まーたしかに。修羅場だな」
乾いた笑いが張り付いている剣士さんの同意を得た私は、心底冷たい目でその光景を眺めていた。
そこで展開されているのは、怒り狂ったオンナの人が上半身裸でかろうじて下を隠しているもふもふの純白が見事な男のヒトを矢で射ている光景だった。
オンナの人の髪はしっとり濡れて、はち切れんばかりの身体を包む洋服はすけすけでエロい下着だから、二人が及ぼうとしていたコトは自ずと想像が出来る。
しかし、男のヒトは逃げていた。
そりゃ、オンナの人はキレるよねー。
例えキレイな顔立ちで勘違いして、薄い下着で本来の性別を知って逃げ出したとしても、その態度は不誠実だ。
激怒する気持ち、わかるわかる!私はおねぃさんを応援するよ!
「おねぃさーん!穴開ける場所が違いますよー」
「な、なんてことをいうんだよっ!?」
真っ青な顔をした剣士さんから、つーんと顔を背けた私は悪くない。
別に、獣人さんが誰といようとあっちの勝手だもん。
だから、私は怒ってないし!フンだ!




