神官はもふもふを布団にする。
「獣人は出てけ」
「なっ……!?」
嫌悪も露わな店主に、私はもふもふさんの腕から飛び出して殴り掛かろうかと思った。
でも、それを止めたのは入店拒否されたもふもふさん本人で、ジタバタと暴れる私の首根っこを掴んだ彼は平然とした態度だ。
「お前、魚か?」
「うきぃぃぃっ!私は取れたて鮮魚じゃないっ!!」
「悪い、サルだったか」
ぽいっと私を放り出したもふもふさんは、そのままスタスタと背を向けて歩き出す。
私は今までずっと『歩くのが遅い』といいつつ、痛めた足を気遣って抱えて歩いてくれたもふもふがなくなったことにショックを受けて固まったままその背中を見ていた。
「おい、そこの獣人。外に馬舎がある。獣はそこに入ってろ」
「へいへい」
「!?」
文句ひとついわない彼の背中に投げ付けられた店主の言葉にいきり立つ私を、今度は剣士さんが片手で抑え込んで笑顔で部屋の鍵を受け取った。
「はいはい。ありがとさん」
ただし鍵は一つだけで、小柄な姫さまと私はともかく、体格の良い剣士さんともふもふさんのことを考えての部屋割りではないことは明らかだった。
だって私たちは四人で、そもそも二部屋頼んだのに……。
それをもふもふさんと同じく平然と流す剣士さんを睨み付けながら、私は黙って宿の部屋へと連行されるのであった。
○●○●
「やーと、お姫さまとチビ神官とから解放され…ゲッ」
ニヤニヤしながら振り向いたもふもふさんが、失礼な反応をする。
『ゲッ』てなんだ。
「すみませんねぇ、愛しの剣士さんじゃなくて!」
ぷんすぷんすしながら、私はもふもふさんの隣の藁を平らにしてそこに座り込んだ。
もふもふさんはもふ毛のせいで私、表情がわかりませんー。
なので、引き攣った顔でこちらを見ている彼のものいいた気な視線には気付かないフリをした。
「間違っても、あいつに『愛しの』なんて言葉を付けるなよ。あの女にバレたらオレの身が……いやいや、そうじゃなくて」
わけのわからないことを口にしたもふもふさんだったけど、ぶんぶんと頭を振って冷静になったのか私の顔を覗き込んで苦笑した。
眉間にしわが寄っているのに、私の持ち込んだランプの灯りで気が付いたからかもしれない。
「なんつー顔、してんだよ神官さま」
「ぷぅー」
『不満です!』という気持ちをアピールするために膨らませた頬を、もふもふさんは指先で突いて来る。
うっとうしいことこの上ないけど、彼は絶対に私や仲間だけじゃなくて人間に鋭い爪を見せることはない。
旅をしているからみんな汚れちゃうのはしかたないけど、水浴びだってするし泥だってきちんと落とす。
服を身に付けずに腰布だけの姿は卑猥なことこの上ないけど、それは文化の違いってことで仕方ないと思う。
そりゃあ、最大の違いであるもふもふの毛皮とケモ耳、尻尾の存在はあるけど、それ以外は良心的で優しいもふもふさんは人間の敵じゃないよ。
この世界に生まれ落ちてまだ十数年しか経ってない私でもそれはわかるのに、宿屋のビール樽みたいなおっさんはそんなこともわからないのか!
ムダに年を重ねてついでに肥えた時間は、とんだムダ時間だったな!
内心で、失礼な態度をとっていた宿屋のおっさんを罵倒してやる。
優しいもふもふさんがしない分、私が怒ってやるんだ!!
「宿屋の親父だって、良い方だぞ。あーやって、他の客にイヤそうにされてもオレを部屋に入れてくれるんだからな」
「部屋ってここ、馬小屋じゃんか。休めないよ」
「いや、大分ゆっくり休める。それに、あれでもまだマシな方だ」
「うっそだぁ」
私はそういって不満げなままでいるのに、もふもふさんは黙って笑うだけだ。
それを見てさすがに呑気な私でもわかる。
彼はいわないけど、かなり悲惨な目に遭って来たんだって。
それに気が付いた私の怒りは、ぷりゅぅっと消えてしまった。
「…なんで、もふもふさんはそうやって差別されるの?」
「もふ………」
藁の上で膝を抱えた私は、隣のもふもふさんを見上げた。
ランプの頼りない灯りの中でも、相変わらずすばらしいもふ毛と筋肉を誇るもふもふさんは獰猛とは程遠い存在だ。
彼を弾く世間がわからない。
だけど、問い掛けておいて私は答えを知っている。
どんなに彼がすばらしいもふもふさんでも、人間にとっては獰猛だとか優しいとか関係なく、自分たちと姿形が違う存在を排除したいんだってことを私は理解していた。
前世においても他と違うってだけで、のけ者にされるんだからね。
種の保存という意味では、確かに弱い人間という種を守るに適したものだと思う。
弱い者が集まってより良い遺伝子を残すのに、異分子を混ぜるわけにはいかないっていうの?
…まぁ、むずかしいことはよくわからないけど。
何ともいえない顔で私を見ていたもふもふさんに、私は出来るだけ明るく見えるように頑張って笑顔を作る。
自分で話を振っておいてなんだけど、暗い雰囲気になっちゃったから挽回しないとね。
「あー、やっぱりこのもふもふがないと、私は眠れないよ~。あれだね、あなたなしじゃいられない身体になっちゃった?」
「ぶほっ!?」
「もー、急に噴き出して汚いなぁ」
急に噴き出したと思ったら、ひどく噎せはじめるもふもふさんの背中を撫でながら懐に隠してた瓶を差し出す。
相当苦しいのか、慌ててその中身を含んだもふもふさんはまた噎せて、ついでに苦しそうに呻いていた。
剣士さんが持って行こうとしていたお酒だけど、もふもふさんそんなに急いで飲みたかったのかな?
アル中の可能性を頭の片隅にメモし、私はもふもふさんの震える身体に身を預けて寝る体制になった。




