剣士はかく語る。
剣士さんこと、ディーダ視点。
「おーおー。最初はどうなるかと思ったけど、だいぶ懐かれたな」
「うっせ」
もう少しで王都から出て、最初の町に着くところまでやっとたどり着いた。
ひとまず最後の野宿となり、神官からはじまった火の番の交代時間にそろそろなりそうだと仮眠から目を覚ましたディーダは、真っ先に目に付いた相棒に笑い掛ける。
苦虫を何匹もまとめて噛んだような苦い表情の相棒は、そっけない態度でディーダのニヤニヤ笑いから顔を背けた。
それこそ戦場で、お互い腹に収まるものなら何でも顔色を変えずに食べていたくせに、贅沢になったものだと苦虫をまだ噛んでいるらしい相棒を見ながらそう、ディーダはおもしろく思う。
ディーダの相棒は獣人である。
獣人という種族は、かつて栄えていた旧世界の神々の悪しき思いから生まれた存在だというのが大神殿の見解であり、世界にそう認識されて『汚らわしいモノ』として扱われて来た。
その『汚らわしいモノ』を有効に活用してやろうと、奴隷として所有する高位の人間たちが後を絶たず、先の戦争にて多くの獣人たちが犠牲となった。
よく獣人を称するとき、人間は『動物が人間をマネたようだ』というが、ディーダはそうは思わない。
逆にどうして人間はこうも力強くしなやかで美しい姿を持ち、弱い者を慈しむ生きものを見下せるのだと常々不思議に思っていた。
そして『獣人』という種族の特徴を最も色濃く持ち合わせた相棒が、彼にはとても自慢の『相棒』である。
戦場で出逢ったこの相棒を仲間に誘い、戦災孤児たちや同じように悪辣な孤児院から逃げ出した者たちで作った傭兵団に徐々に隙を見て主から逃げ出して来た獣人たちも加わるようになってからずいぶん経って、人間側の嫌悪感が薄れて来たときのことを思い出す。
生まれ育った過程に植え付けられた価値観はなかなか消えず、どんなに生命の危機に相棒が駆け付けて命がけで助け出したとしても、助けられた側は礼もろくにいわない。
相棒の行為を空しいものとして見ているだけの獣人たちに、礼ひとついえず嫌悪も露わな同族にディーダは何度も胸糞が悪くなった。
こんなときに助けてくれない大神殿の教えの方を信じ、今自分を助けてくれた相棒を拒絶する仲間が信じられなかった。
何度も傭兵団を解散して、二人で戦場を回ろうかと思ったディーダだったが、それを止めるのも毎回蔑まれる側の相棒であるのだから世の中おかしいことだらけだ。
相棒は傭兵団がなくなれば行き場のなくなる者が大勢出るとわかっているからこそ、ディーダを宥めすかしてくれていたのである。
…やはり、こんな良いヤツが認められないこの世の中はおかしいと、ディーダは思う。
だから正規軍の中にこっそり混ざって戦争に参加していた生国の姫君が自分に興味を示し、その隣に立つ相棒を同じ仲間として認めてくれたときには本当に歓喜した。
それをきっかけに獣人を仲間と認める動きが広がったことには感謝してもしきれないディーダは、戦後間もなく存在が確認された魔王の討伐に立候補した姫君を手伝おうと、ごく自然に思い立つ。
国王が『魔王を倒した者に娘をやろう』といったのは、戦後で疲弊した国が出せる褒美が彼女しかいなかったからだとわかってはいるが、もののように扱われる姫君が哀れだという考えもあるにはあった。
血相を変えて姫君を宥めようとする者、共に旅をしてあわよくば彼女の伴侶の座を得ようと虎視眈々と狙う者、様々な人々と思惑が交錯する中、『お前が心配だから』の一言で旅に加わってくれた相棒は本当に優しくて良いヤツであると、ディーダはそのとき改めて思った。
『相棒が、自分以外の人間に認められたらいいのに』
それは純粋に、ディーダが思い続けていたことだ。
まるでその願いを誰かが叶えてくれたように今、相棒の懐で小さな神官が健やかな寝息を立てていた。
自分の娘である姫君を心配した国王が、大神殿に圧力を掛けて派遣させた神官だ。
しかし、王族にだって従いたくなく、いずれはその権利を奪ってやろうと狙っている大神殿が秘蔵している優秀な神官を派遣してくれるわけもなく、こうして年端のいかない幼い子どもを寄越したのだと思っていたのだが、それは間違いだったのだとディーダは気付く。
確かに旅慣れしなく、世間に疎い幼い彼は足手まといだ。
しかし、その神聖魔法の威力は戦場で垣間見たものよりもより強力で、こうして寝ていながらも不可侵の結界を張り続けるところを見る限り、いずれは高位神官になれる逸材だとわかる。
まあ、大神殿の真意はわからないが、それより何よりディーダは相棒の懐に収まっている幼い彼の存在に感謝していた。
神官は大神殿に洗脳されて、対応が緩やかになった世間とは逆に、獣人への嫌悪感が強い。
触れられることを厭い、話すことすらしない神官たちとは違い、大神殿からやって来たこの幼い彼は平然と…いや、むしろ幸せそうに相棒の毛の中に埋もれている。
「なんだよ?」
「いや、呼んでみただけだ」
ディーダは、相棒に教えられた彼の名を呼ぶ。
奴隷とされた獣人たちは、ものと同じように扱われていた。
だからだろうか、彼の種族は自身の名を人間に明かすことはない。
ただし、認めた相手にだけ信頼の証として教えるのが風習らしく、ディーダもまた相棒から本来の名を教えてもらった数少ない人間である。
いや、もしかしたらたった一人の人間かもしれない。
でも…、もしも誰かが相棒と信頼し合えるのであれば、それはディーダにとってもうれしいことだ。
「…女ならまだしも、がたいの良い男にやられるとイラッとするな」
「お前…相棒になんてことを!?」
「うぅーん」
気色悪そうにこっちを見て来る相棒に大声で嘆くディーダと、その声に反応して呻き声を出す幼い彼。
幼い彼が反応したことに気付き、ピシリと硬直して息を殺す相棒の反応に対して噴き出し、視線で人を殺せそうな殺気の籠った目を向けられたディーダは朗らかに笑う。
いつか幼い彼が相棒に信頼されて、自分と同様に名を教えられる日が来ることをディーダはこっそり祈った。
姫「…………」
このとき狸寝入りをしていた姫さまは、嫉妬に狂ってギリギリしていたようです(怖)。




