神官、馴染めずにこっそり泣く。
魔王討伐の旅・一日目が終わった。
三人は野営の準備を慣れた様子でし終えて、今はもう休んでいる。
ご飯を食べ終えた後、順番で火の番をすることになったんだけど、ほとんど何も出来なかった私は火に枯れ木を入れるだけの簡単なお仕事に真っ先に志願したのだ。
心配そうにこちらを見る剣士さんと姫さまだったけど、私の意志の強さとさっさと地べたに寝転んで寝息を立てはじめたもふもふさんを見て、やっと休んでくれた。
そりゃそうだよね、だって初日で体力を消耗したらここから先に響くもんね。
さっさと休んでくれたもふもふさんに感謝だ。
神聖魔法で結界を張ってあるから、野生動物もモンスターも入って来られない。
だから、安心して火の番に集中出来た。
パチパチと爆ぜる焚火は、前世でも今世でも実際に触れたのははじめてだ。
孤児院時代では先生や舎弟さんたちが、私たち子どもに火の扱いを任せることがなかったから触れ合う機会はない。
さすがに薪を使ったことはあるから良く乾いた枝とか葉っぱを使うことぐらいはわかってたけど、それがどれ程役に立ったかは……さっさと枝を集めてくれたもふもふさんの活躍により、まったく役に立たなかった。
「あーぁ」
まだ火に勢いがあるのに、適当にへし折った枯れ枝をぽいっと放り込んで私は大きな溜息を吐く。
「足は痛いし、疲れたし、神聖魔法の出番はほとんどなかったし、戦闘には参加出来ないし、ご飯はおいしくないし…良いことないなぁ」
ゲームや小説ではまったく描かれてなかった現実に、私の気持ちはだいぶ落ち込んだ。
だってそういう物語の主人公ってだいたいチート持ちで大活躍して、周囲に尊敬されたり敬愛されたりして幸せに過ごしてるじゃんか。
なのに、私はこの有様。
「ご飯用の窯もどきは作れないし、ナイフ一つ扱えないし、火の準備も出来ないし、枯れ枝拾いさえ出来ない。そもそも、歩くのだって慣れてないから遅いし。…本当に、足手まといだ」
文句を並べてた口が、弱音を吐く。
あー、もう。初日でなんてザマだ。
体育座りして状態で膝小僧に目を擦り付けた私は、こっそりとわき出る熱いものを拭った。
あれだ、心の汗的なものだ。
ここに青髪くんや後輩でもいてくれたら、同じ足手まといでも気持ち的にはこんなに落ち込まなかったかもしれない。
青髪くんには呆れられるかもしれないけど、気心知れてる相手がいる状況はきっと気持ちが楽になると思う。
だってさ、たった一人だけ途中参加なんだよ?
剣士さんも姫さまも優しいから何もいわないけど、本当なら今日はもう少し進んでたはずなのに、私の足に合わせてくれたから距離が稼げなかった。
もふもふさんはもふ毛のせいでよく表情がわからなかったけど、たぶんうんざりしてるよね。
そんな自分もままならない状態で『仲良くしてほしい』なんて、いえるわけがないよ。
「あーぁ」
「はぁ…」
もう一度、溜息を吐いた私は同時に聞こえた溜息にびくっとなった。
あれ?みんな寝息を立ててるのを確認してからの独り言だったのに、もしかして起こしちゃった?
疲れている人を起こしちゃった罪悪感から、身体を縮めて私は溜息がした背後を恐る恐る振り返る。
うぅっ、小心者な自分が恨めしいっ。
「おい、チビ神官」
「も、もふもふさん…?」
「も、もふ……?」
「あっ……」
背後にいつの間にか立っていたのはもふもふさんで、思わず勝手に付けていたあだ名で呼んでしまった私は慌てる。
いやだって、彼には名乗られてないし!
「す、すみません。うるさかったですか?」
「…いや、うるさくねぇよ。ただ、足は大丈夫かと思ってな」
もふもふさんの視線の先を見て、苦笑する。
大神殿を放逐されたときに神官の証らしい衣はもらえたけど、靴はそのとき履いていたものだ。
だからうすっぺらい、旅には不向きな室内履きがもふもふさんの目に映っているはず。
「お恥ずかしい限りです。ただでさえ、足手まといで役にも立たないのに、装備すら満足に揃えられないのですから」
いや、これもあのハゲがっ、あのハゲが悪いんだぁぁぁっ!!
とはいえ、足手まといは自分のせいなので、素直に謝っとく。
ほら、今後お世話になる相手だから、今ぐらいは猫被っとかないとね、にゃー。
脳裏でにゃーにゃーいってる私に気付かないであろう本物のネコ科なもふもふさんは、感情の読めない目で足から視線をこちらに向けた。
銀色の瞳はキレイだけど、慣れないからかちょっとコワい気がする。
ネコ科特有の表情の乏しさも、原因の一つなのかもしれない。
肉食獣特有の鋭い眼差しで私を見下ろすもふもふさんは、王者の風格を持ってそこに黙って立っていたけど、ぱちっと焚火の爆ぜる音が聞こえた頃にスッと屈んだ。
「神官が旅慣れしないのは、当たり前だ。大神殿のニンゲン共が囲い込んでいるんだから、外すら知らずにいるってことぐらいオレでも知ってる。た・だ・なぁ…」
「ちょっ、ぎゃぁぁあぁあぁっ!?」
「こんなになるまで、オレたちに気を遣うんじゃねーよ!!」
屈んだもふもふさんが私の足を鷲掴んで、下から怒鳴って来た。
わー、バックの焚火の灯りが良い感じで迫力を増大してるよ、こわぁ……。
上目使いって、もう少し可愛いものじゃないのー?
と、いうか!痛いとわかってる足をぎゅーぎゅー掴まないでよ!
わざとかっ、何気にサドッ気を発揮してるのか、どっちなんだよもふもふさん!!
肉刺が潰れたり、皮が剥けたりして血が滲んでた足をそのまま自分の立てた膝の上に置いたもふもふさんは、ちょーおっかない顔のまま私を睨んで来る。
「大体なんなんだ、さっきのいい回し!!オレみたいな獣人にケンカ売ってんのか!?お上品に育ったわけじゃねーって、最初にいっただろ!出逢ったばかりの頃みたいな態度でいいんだよ!」
「……っ、でも」
どのいい回しが癪に障ったのか、何故そのいい回しが彼にケンカを売ったことになるのか、それと育った環境とどう関係があるのか、そもそも私自身も上品じゃないとか。
聞きたいこともいいたいこともたくさんあったけど、私が反応出来たのは最後の言葉だけだった。
だってさ、いいの?
人生経験だってたぶん、前世込みでも三人とは濃さも長さも違うし、現時点では役立たず、そんなヤツが対等な態度を取ってもいいのだろうか?
その不安が言葉にならなくても現れていたんだろう、もふもふさんは泥だらけでボロボロな室内履きを慎重に脱がしてくれながらムッとした顔でいい放つ。
「『でも』なんて変な遠慮してんじゃねーよ。それが年下で不慣れなヤツの特権だ。もっと堂々と甘えろよ。…だいたい、お前はもうオレらの仲間だろ!!」
「~~~!!」
真っ直ぐと私に向けられた目は、嘘偽りの見えないものだった。
いや、きっと彼が優しいから『迷惑」だとかそういう負の気持ちをうまく隠してくれたのかもしれないけど、その目の強さと掛けられた言葉、『仲間』という括りに入れてもらえたうれしさから、私の口からは変な呻き声が漏れた。
不安で心細い気持ちが温かなものに包まれて、ゆっくりと消えていく。
優しいとは決していえない、乱暴な言葉だけどそこに込められた彼の気持ちは強張っていた私の心もほどいてくれた。
「おい。包帯巻くのに汚れ落とすとはいえ、涙じゃムリだぞ」
「ずぴっ。これは、心の汗ですぅぅぅぅ~」
「あっそ。変なとこで、お前も男なんだな」
「わ゛だじ、男じゃない゛ぃ゛ぃ゛」
「へーへー」
適当だと丸わかりな声で私の抗議をいなすもふもふさんは、態度とは裏腹にとても優しかった。




