神官は遭遇する。
元孤児改め神官がおっぱいおっぱいいってます…すみません。
ぐぬぬっ、体臭が臭くなる呪いをかけてやるー!!
ぷんぷんしながら荷物を拾い上げて、軽く汚れを払う。
門は完全に閉じられて、私がいくら大声を上げても誰も来てくれなかった。
仕方がないから、トボトボと歩いて今夜の寝床を捜す。
大神殿にいる人たちって、デブ神官みたいなエラい一部の神官以外は外に出ちゃいけないんだよね。
なんでも、『俗世の淀みによって穢されないようにするため~』『悪意に晒されて堕落しないようにするため~』なんて、大層な理由があるらしいけど、だったら高位神官こそ外出るなよっ!て感じだ。
…結果としてあんなデブになるくらい贅沢三昧なんだよね、ケッ。
そういう表向きの理由で大神殿の人たちは外に出られないんだけど、私は今回魔王討伐メンバーに選ばれてしまった。
もうここに来て数年は経ってるけど、まだ幼い部類に入る私が選ばれて他の人が出られない外界へ出て行くっていうんだから…残された人の気持ちとしては『ムカつく』の一言だろうね。
外を知っている人なんて、特にこの大神殿での生活は窮屈で味気ないものだと思うよ。
だからこそ、エラくなれば外に出て贅沢しちゃうんだろうけど…いや、フォローしてどうすんだ。
とにかく、私は魔王討伐という大切な任務に就くんだから、他の人が起きている間に起こるだろう嫉妬の嵐に晒されることなく大神殿から出られたんだからそれはそれでよかったんだろうね、たぶん。
……やっぱり、青髪くんや後輩も外に出たかったりするんかな。
何もいわずに出て行った私のこと、嫌いになっちゃったかも。
ぼんやり歩いてた足を止めて、私は肩を落とした。
そりゃ、二人が一緒に来てくれるんならとってもうれしい。
信頼してるし、何より気心知れてる相手だ。
青髪くんには嫌われてるんだろうけど、彼はああ見えて所作や礼儀作法が完璧だからついて来てくれたら旅の間で遭遇するだろうエラい人との謁見もきっと、心強いと思う。
後輩は癒すことが出来るから、きっと旅の間は重宝するだろう。
もちろん私はチートだから、二人をきっちり守るよ!
だけど…、私は今たった一人だ。
その場にしゃがみ込んで、意味もなくぶちぶちと草をちぎる。
出るのがもう少し後…せめて朝ご飯を食べたあとだったら、寝坊助な後輩はともかく青髪くんは起きて来てるはずだ。
彼に事情を話して、旅について来てもらうことは…ムリだよね。
門が閉まる前に聞いた、あの三文芝居を聞く限りはデブは息子を自分の手元に置いておきたいみたいだし。
この場に留まってても、そもそもデブから話しがいってて門から中に入れないだろうね。
せっかく草を抜いて、地面を平らにしたんだからもう今夜はここで休もう。
幸い、季節的に野宿しても大丈夫な気候だから大丈夫だ。
そういえば、私も大神殿に連れて来られた後はずっと外に出たことがないからどこに向かえばいいのかわからないけど。
私を外に放り出したのは腰巾着の方だけど、あのデブはいったい何しに来たんだか…。
こういう魔王討伐メンバーの発表といえばお城が定番だから、きっと明日の朝に城に向かえばいいんだよね、うん。
城なら大きくて目立つから、探すのは簡単だと思って安堵する。
これから先、どうなるんだかちょっぴり不安だけど、まあチートだからどうにかなるよねー?
「おやすみ~。ぐぅ」
答えのない就寝の挨拶をして、数少ない荷物をまくらに私は目を閉じた。
「…い、おいっ!大丈夫か!?」
「ひゃぁっ!?」
なんだ、デブの来襲かっ!?
飛び起きればそこにあったのは………。
「も、もふもふぅぅぅぅ~」
「はぁ?」
真っ白なもふもふがあった。
もふもふだよ、もふもふ!?
「なんでこんなところで寝てたんだ?見たところ、神官みてーだが神官があの大神殿から出るなんて——おい!ヒトの話を聞けっ!!」
それどころじゃないよ!!
私は今、目の前にある真っ白なもふもふに埋もれるのに忙しいんだっ。
「あぁ…至福の瞬間…っ」
「そこまでいうか………?」
お日さまの匂いがする極上のもふもふに包まれた私は、そのままうとうとし出す。
だって、二回も起こされたんだよ?眠いに決まってるじゃんか。
「ちょっ、おい!」
「いいよいいよ~、魔王討伐メンバーには明日会いに行くから~」
「…はぁ!?」
もふもふさんが頭を抱えていることに気付いているけど、知らんぷりしてもふもふの中で具合のよさそうなところを探してそこに頭を埋める。
頭を抱える——?もふもふってことは獣だし、普通は四足だよね?
なんでそんな風に感じたんだろう、私。
「こいつが、最後のメンバーかよ…いいのか、こんなにちっこいのを旅に同行させて……」
「ま、いっか。おやすみぃ~」
「コラ!寝るなよ!これから相棒と合流して、『お姫様』を連れてこの王都から出なくちゃなんねーんだよ!!おい、聞いてるのかちっこい神官!!」
「ぐぅ」
「早ぇな!?」
耳元で騒がれてうるさいけど、孤児院出身の私には子守歌と一緒だ。
寝られるときに寝とかないと、小さい子が夜中に声を掛けたときに気付かなくて朝、大参事になるからね。
そう、お布団に世界地図を描く子がたくさんいてね……ははっ、はぁ…。
もふもふに頭を埋めて寝息を立てはじめようとした私だったけど、ゆさゆさと乱暴に揺さぶられて額を硬いところにぶつけられるという残酷な仕打ちを受ける羽目となった。
何度も額をぶつけられれば、さすがに温厚な私も額に青筋を浮かべる。
苛立ちも露わに目を開けて、目前にある硬い壁のようなものを睨み付けようとして、私はきょとんとした。
かなり硬いから壁にごんごん頭をぶつけられていると思いきや、目の前にあったのは日に良く焼けた褐色の筋肉隆々なおっぱいだ。
「…そのおっぱいは何かの罠なの?」
「おっぱいじゃなくて、胸板っていえよ!なんだよ、罠って!?」
いやだってさ、そんな見事な胸板を晒して歩くなんてだいぶ卑猥だよ?
と、いうか体毛って身体の大切なところを護る役目があるんだよね。
なのに、心臓がある胸や臓器があるお腹付近に毛がないのって変じゃない?
剃ってる…いや、それをいい出したら顔に毛がないのもおかしいか。
人間だって、胸毛はあっても顔毛はないし。
でも、暗さと腰布があってわからないけど、たぶん足の毛もボーボーっぽいから何か本当に腑に落ちないよこの存在。
それにしても…むぅ。
「どうした?やっぱり、オレみたいな獣人にさわられたく」
「私より、おっぱい大きいね…」
「どこを気にしてんだよっ!?あと、おっぱいいうな!!」
大事じゃんか、大きさって。
自分の胸をもみもみ…したいけど肉がないから出来ずに、すばらしいおっぱいを見上げて溜息を吐いた。
○●○●
「相棒!」
「遅ぇぞっ!置いていこうかと思ってたぜ」
すんごいスピードで私を抱えて走るもふもふさんは、誰かと待ち合わせをしていたみたいだ。
待ち合わせに遅れてしまったらしいけど、待っていた方の人は怒っていなくて軽口を叩いてもふもふさんを迎える。
「置いていってもよろしいかと」
「いやいや、姫さん。戦力的に乏しいっしょ?オレは接近戦だけしか出来ねーし。同じく前で敵を引き付けるこいつと、あといつ来るんかわかんない神官の神聖魔法がないと、旅はつらいって」
「その神官だが、たぶんこいつだ」
「へっ…?」
急に温かなもふもふから離されてぐずつく私は単純に寝ぼけていただけだけど、もふっと頭を撫でてくれたから元気になって顔を上げる。
顔を上げると、唖然と口を開いている若い男の人とその横に寄り添う人間大の妖精さんがいた。
妖精、いるんだね。ホントにファンタジー……。
「た、確かに神官の恰好してるけど、どうしたんだよこいつ」
「拾った」
「こんな小さな子ども拾ってくんなよ!!」
「稚児趣味……」
「ちげーよ!!」
妖精さんが気持ち悪そうにもふもふさんを見ている。
嫌悪も露わなその表情も、私には輝いて見えた。
あと、『チゴシュミ』ってどんな趣味?縫物?
もふもふさんがロウソクの灯りの下で夜なべしてちくちく針仕事をしている姿を想像してほっこりした私は、胸を反らして二人の前に立つ。
背が低いのは体質的な問題だろうから仕方ないけど、私はチート持ちの神官だってことを教えてあげないとね!
「安心して下さい!私はこう見えても優秀な神官です。魔王討伐の旅に出るよう、上からいわれてまいりました」
二人が何者かわからないけど、自己紹介もしておく。
だけど、神官歴が数時間ってことは内緒だ。
私が自分の名前と一緒に説明すれば、若い男の人の横から一歩前に出た妖精さんがにっこりしながら名乗ってくれた。
「大神殿で修行の日々を過ごされている方ですから御存じないでしょうが、私はこの国の王女として生を受けました。草民のおかげで永らえているこの命、魔王討伐という任で使いたいと志願しました。魔法使いとして精一杯努めますので小さな神官さま、どうぞよろしくお願い致します」
わわっ!妖精さんはリアル王女さまでした!
ロイヤルな存在感に気後れて、私はもふもふさんの後ろにぴゅ~と隠れてしまう。
「どうしたんだ?」
「ハハッ、姫さまがキレイで驚いたんだろ」
「そんな……」
テレテレと若い男の人の言葉に照れている妖精さん改め姫さまは、さっきまでのロイヤルな雰囲気とは違って年頃の女の子っぽくてとっても可愛かった。
仲良くなれたらいいな~
若い男の人もその後に気安い様子で名乗ってくれて、彼が剣士だということがわかった。
前衛ってことだね。
身体つきはゴツいし目に下に刃物で付いたような傷があるけど、ニコニコと笑顔が優しそうだからきっと話しかけやすいだろうな。
本物かどうかの証明として、姫さまは私に王家の紋章の刻まれた指輪と魔王討伐の任を授ける的な王さま直筆の書類を見せてもらって、本当に一行が魔王討伐メンバーなのだと納得した。
前衛の剣士さんともふもふさん、後衛の姫さまと同じく後衛兼回復役の私だね。
確か、孤児院にいたときに青髪くんに回復系の神聖魔法を掛けたらしいから使えるとは思うけど…だ、大丈夫だよね?
「ところでお姫さまよー。本当にこんな面子でいいんのかよ?」
「どういう意味ですの?」
おや?剣呑な空気?
私の壁になっているもふもふさんが、姫さまに何かもの申したいらしい。
「いやー、あんた以外全員男だぜ?そんな中で、たった一人でいるのはコワくないのかーっていう疑問?」
剣士さんの視線が私に向かっていたけど、もふもふさんが私の下半身の認めたくない一部をもふっとタッチして『ぴゃっ』と飛び上がったのを見て納得した。
ちょっ、ソフトタッチでもセクハラだからねっ!
「さっき、抱き着かれたときに」
「そ、そうか」
なんだよ、憐れみを向ける相手が違うよ剣士さん!
被害者は私です!
憤慨する私のことを他所に、もふもふさんは姫さまに意地悪そうににやりと笑い掛ける。
あれ、にやり笑いしてる顔って、人間の男の人に見えるけど幻覚…?
「あんたはお城で大事に大事にされて来て、おそろしいものから遠ざけられて来ただろうが、これからはそうもいかなくなるっていいたいんだ。オレらだって、あんたの忠実な僕ってわけじゃない。そう、…こうして手を伸ばすことだって出来るんだぞ?」
あぁ!?セクハラもふもふの魔の手が、姫さまの肩に延ばされ——。
ばきっ!
「ぐぎゃっ!?」
「ひ、ひぃぃいぃ~!?」
め、目の前で起こったことが信じられない。
姫さまが冷めた目で自分に延ばされる手を一瞥して、赤ちゃんの頭くらいの大きさの丸い宝珠をからめた純白の木の杖の先で地面を軽く突く。
すると、宝珠とその周りに吊るされたカットされた色とりどりの石が輝き出して、そこから風の玉が生じてもふもふさん手へと向かっていった。
で、それが命中すると乾いたものが折れる音と共に、もふもふさんの手があり得ない方向へと曲がる。
って!これって折れてるよねっ!?
「相変わらず、すげーな。威力を弱めたとはいえ、無詠唱で魔法を使うなんて、位の高い魔法使いでもそうそう出来ることじゃねぇぞ?」
「うふふっ、そんなに褒めないで下さい」
えっ、魔法って無詠唱じゃ発動しないのっ!?
しかも、剣士さんの話が本当ならこの姫さまは魔法使いでチートってこと!?
私だって、呪文唱えてたみたいだから、そう考えると姫さまの方がよりチートってことだよね……しかも、照れている顔には疲労感なんて一切ないし、倒れて寝込むところも見られない。
この後、大慌てでもふもふさんの折れた手を神聖魔法で癒したんだけど、はじめて自分の意思で使ったそれが成功してもあんまり喜べなかった。
やっぱり呪文が必要だった神聖魔法と、使用後の倦怠感で足元がふらついてしまう自分の実力に、チートであろうと上には上がいるってことをまざまざと知らされた一幕だったよ、しょぼん。
「そんじゃ、メンバーも揃ったってことで出発するぞー」
リーダーらしい呑気な剣士さん、彼に従うそぶりを見せる姫さま、加害者にビビるもふもふさん、そして長い鼻をへし折られて意気消沈している私の四人はこうして王都からの脱出を開始したのだった。