元孤児は勉強する。
昼間は世話しなく働きつつ、朝ご飯と間食と昼ご飯とおやつと夜ご飯と夜食をたべ――
「お前、食べ過ぎだろっ!?」
「…ッチ!」
「態度悪いな、おい」
青筋を立てている青髪くんは、眉間をもみもみしている。
しょーがないじゃん、おなか空くんだから。
「安心してよ、独り占めしないで後輩の分もきちんと準備してるし、ナッツとかドライフルーツだから身体にもいいよ!」
「そういう意味じゃ…って、ボクの分は!?」
「…あっ」
すまん、忘れてたよ。
笑って誤魔化しとけ!アハハッ。
「ごーまーかーすーなぁー!!」
「ぎゃあぁぁぁっ」
なんて、漫才しながら夜、忍び込んだ崩れかけの小さな祈りの間で勉強会をしていた。
参加者は三人だけだけど、ロウソクの明かりの下で、三人で身を寄せ合っているこの時間は穏やかだ。
「まったく、お前は騒がしいなっ」
「先輩、しぃー?」
…穏やかだってば!
「いいな、いいな~」
「どうしたの、先輩?」
後輩の手の中に生まれた淡い光は、青髪くんが付けた小さな傷を癒して霧散した。
【生命と誕生を司る女神】から力を借りている後輩の神聖魔法は、淡くてキレイだ。
後輩の純白な髪と銀色の瞳が淡い光に照らされて、とっても神秘的に見える。
だからこその、私の反応なのだ。
「だって、すごくキレイだもん!いいな~私も使ってみたいよ!」
だって、私は使ったことがないからね!
ここに来て少し経ってるけど、勉強らしい勉強はしてない。
孤児院では先生がちょこっとずつみんなに文字や計算を教えてくれてたけど、ここの大神殿ではそれすら教えてくれないのだ。
前世では当たり前に文字も計算も出来たけど、この世界では裕福な家の子どもしか読み書きが出来ないのが当たり前で、地方からやって来た神官見習いはほぼ自分の名前すら書けない。
でも、私を含めてみんな仕事があるからねー、自主勉強するしかないのが現実だ。
と、いうわけで、疲れた身体にムチ打ってこうした勉強会を開いているわけだけど、困ったことに私は神聖魔法を使わせてもらえなかったりする。
「ダメだ」
「先輩は、ダメー」
二人共、即答だ。
「何でさ!」
手を軽く振って、ケガがきちんと治っているか確認し終えた青髪くんは、緩く首を振って私を見た。
ムッ、なんでそんな『こいつ、そんなこともわからないのか?』っていう目で見られなきゃいけないんだよ!失礼だな~
「ボクたちでは、お前の法力が暴走したときに抑え切れないからだ。お前、ここら一体を破壊し尽す気か?」
溜息交じりにいう青髪くんに、そういえば彼だけが私の神聖魔法を見たことがあるってことを思い出した。
そうか、間近で私のすんごいチート神聖魔法を見てたから、そのすごさがわかっているんだね。
さっすが、転生チートな私!すでに他人に抑え切れない程、すごい法力があるんだ~
ニマニマ機嫌良く笑う私は、まったく記憶にない神聖魔法を使ったときのことを聞いてみることにした。
「ねねね!私の神聖魔法ってどんな感じだった?なんかこう、神秘的な~すごく美しいような~そんな感じ?」
「………」
期待を込めて問い掛けた私はキラキラした目で青髪くんを見ていたのだけど、彼は顔を赤らめてそっぽを向く。
むふふっ、いじわるな彼がそんな反応をするんだから、相当美しい神聖魔法だったに違いな————
「涙で顔が」
「あっ、ごめん。いわなくていいです」
いじわるな彼ですら顔を背けていい淀む、そんなひどい顔だったんだね、私……。
真っ赤な顔はきっと羞恥心だろう、他人すら思い出して羞恥で真っ赤になる程に涙でぐちゃぐちゃになった顔じゃ、いくら神聖魔法が類い稀な美しさを持っていてもきっと魅力が半減しちゃうよねー、はぁ…。
がっくりと肩を落とす私は、ついつい余計な一言をいってしまった。
「てっきり、自分が神聖魔法を使えないから、嫉妬で私に使わせなくないって思ってたけど」
「失礼だな。ボクはきちんと神聖魔法が使える!!」
「じゃあ、使って見せてよ」
「うっ………」
しどろもどろになっている姿を見て溜飲を下げる私は、もしかしたら青髪くんよりも性格が悪いかも。
でもまぁ、彼が神聖魔法が使えても使えなくても、私は一人っきりじゃなくて安心だ。
つまり、私と彼は使えない者同盟ってわけだね!
「そういえば、青い方の先輩っていつもどこからあんなに大量な手紙が届くの?もしかして、出身の孤児院からの手紙だとか——」
「同盟は決裂だーーっ!!」
「急になんだ!?」
ううっ、私にはまったくないのに、孤児院から手紙が届いてただなんて…キミとの同盟は決裂なんだからね!
傷心の私は、ぼんやりと朽ち掛けた壁を見ている後輩の横に並んでそれを見上げた。
エラい人たちが使う煌びやかな祈りの場と同じように、ここにも同じ創世神話の一シーンが描かれている。
元々は身分の低い人用だったらしいこの祈りの場は忘れ去られてからだいぶ経つみたいで、壁画はほとんど剥げて劣化はひどい。
だから、後輩が見上げている日輪の中で劣化のせいで色彩のわからない小柄な女の人と向かい合う、顔の欠けた相手が誰だかわからなかった。
うーん、私はこの世界の神話に親しんでないからわからないけど、女の人は神官に力を貸してくれるから一番人気が高い【生命と誕生を司る女神】さまだとしたら、その伴侶の【武と勝利を司る男神】さまだろうね、きっと。
「それはどうでもいいけど。先輩、前の夢の話の続きを聞かせてよ。その世界って、国が子どもに勉強をさせてくれる場を提供してくれてるんでしょ」
「『どうでもいい』とかいわないでよ!!…うん、まあ、キミたちが聞きたいっていうんなら、話してもいいよ」
私と青髪くんとのやり取りを、『興味はまったくありません』って冷めた感じで見ていた後輩の要望に応えてあげる。
普段は良い子なんだけど、ときどき青髪くんとのやり取りの際にこんな冷たい雰囲気になるんだよね…なんだろう、彼らの親が政敵だとかかな?
別に私には関係ないから良いけど、仲良くしてよー?
私たちの勉強会っていうのは、こうして後輩が神聖魔法を使うのを見たり、私が前世のことを二人に話したり、それをこの世界で行うにはどうしたらいいかって『あーでもない』『こーでもない』って話したりして、それを紙に書いたりするのがメインなんだよね。
さすがエラい人の子どもだけあって二人は読み書き計算はすごく早いんだけど、こうやって勉強会してるから私もなかなかな速度で出来るようになったんだよ、えへん!
「その国では、義務教育っていう制度があってね」
こうして、私たちの夜は更けてゆく———。