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   第一章 通りすがりの殺戮兵器(2)





 死んでる……のか?


 おそるおそる四つん這いで呉羽の身体に近寄り、いつもよりも青白くて血の気のなさそうな頬に触れる。右手が触れたのは乾ききったスポンジのような、冷え切った少し硬直したもの。とても生きている人間の頬とは思えない。


 でも……そうは思いたくない。


 まさかあの呉羽が死んでしまうなんて、そんなまさか……、ほら、今だってなに触ってるの、とゆっくりと起き上がって冷ややかな声と視線を浴びせるに違いない。


 なぁ、そうだよな? そうなんだよな?


 おっちゃんも呉羽も二人して悪い冗談はよせよ。……あ、そういうことか。あの羽根が生えてる、手をケチャップかなんかで染めてるやつもグルなんだな。俺の誕生日だからって、驚かせようとしてんだろ?


 分かってるよ、そんなこと。分かってる……から。


 だから、目ぇ早く覚ませよ。起きてんだろ? なぁ。なぁ……。頼むから起きてくれよ……。おっちゃん? 呉羽?


 何度身体をゆすっても。どんなに強くゆすっても。二人は目覚めるどころか、びくりともしない。


 ……なんで起きてくれないんだよ? 明日には年が変わるってのにさ。こんな状態でカウントダウン迎えんのか? 嫌だよ、こんなの。


 いかにも和室っていう臭いのする畳の部屋でこたつに入ってさ、そんでぼろいテレビの前でさ、カウントダウンして、いつもみたいに新年迎えようよ。呉羽はさ、毎年恒例でさすがにうざいくらいだけどさ、「あ、千くんの誕生日終わってね、ニコッ」とかしてくれていいからさ、……ニコッまでイヤミったらしくいうんだよな、お前……。


 って俺……なんで泣いてんだろ? 冗談なんだから泣く事ないだろ? あ、嬉し涙だよ。そうだよ。……分かってるよ。違うってことくらい……さ。


 ……くそ……くそ……くそ!!


 なんで、こんなことに……!


「…………」


 絶望する俺に情けをかける様子は全く見せず、冷酷という言葉が一番似合うような無表情で、無言のまま、3人目となるだろう俺に近付いてくる。


 天使のような姿をした悪魔は、2人目となった少女――血の海に沈む少女を、平然とした顔でゆっくりとまたぐ。


今では生気を宿さず、ただの肉片になってしまった、あれと同じにされるんだ。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


「ぃ……ぁぅ……ぁ………ぃ」


音として口から出すことのできない言葉が、頭の中で無限に羅列する。


 死がどういうことか、今の今まで何も自覚なんかできてなかった。9歳で父さんと母さんが死んで、その白く化粧をされた、棺桶に眠る死に顔を見た時、分かったような気になっていたけど、結局人は、自分に不幸が訪れるまでは、その不幸を本当の意味で認識できないものなのだ、と、二つの死を目の前にしてやっと気付いた自分が情けなくて仕方がない。


 情けない? こんな思考なんて、平静を取り繕ってるにすぎない。


 怖い。怖いんだ。死が怖い。二人を守れなかったっていう、使命感、責任感から来る怒りの前に、とてつもない恐怖を感じている。


 惨めだ。惨めで醜い。死ぬのなんて怖くない。今まではそんな浅はかな考えを持った事もあったのに、恐怖が身体も脳も支配してしまって、何もできなかった。


 やられる……。俺は死ぬ。あいつに殺されるんだ。


 いいのか? これで。


 何もできないまま、ただ怯えて、転んで、這いずり回って……逃げて、逃げて。


 親が死んでから、俺は泣きじゃくってもがくことなんかしないと決めた。いくら運命にあらがったって何もかわりやしないことを知った。


 泣いたって何も……。


 目の前が見えない。でも、止まることは、身体が、脳が許さない。


  いつか死ぬ時が来たら、受け容れよう、と、馬鹿なことを思うような、何事にも無関心なつまらない人間になった。そんな俺なのに、ゆっくりと近付いてくる殺人者から、逃れようとしている。


 それは、呉羽が変えてくれたからだろうか。呉羽が、俺に本当の笑顔を取り戻してくれたからだろうか。





「あのさ……、一緒に学校いこ?」

 ああ……そうやってお前が言ってくれたから、俺は打ち解けられたんだったな。



「千くんって、意外に頭悪いんだね~。私、50点なんて取ったことないよ」

 あん時はイラッって来たけど、まぁ今となっちゃ…………可愛くも思えるさ。



「大丈夫!? 車に轢かれたって……、なんだ、全然大丈夫じゃないの。…………心配したんだから」

 迷惑かけたよ、ホント。悪かった。弱ってたからかな。ツンデレも悪くないなとか不意に思っちまったよ。



「た、誕生日おめでとっ! こ、ここここれ、あげる」

 慌ててる呉羽見るのは初めてだったかも。素直に嬉しかった。でもやっぱり、箱ってのは開けない内が花だな。何を間違えたのか知らんが、切れ味の良さそうなナイフが入ってたからな。



「一人で背負うのはやめてよ。私達家族……でしょ?」

家族……この言葉が俺を救ってくれた。どこかで壁を作ってた俺の曇った心を晴らしてくれた。




これが走馬燈ってやつですかい。いやぁ、リアルに写しだされるもんですな。ああ、呉羽がいっぱいいるよ。……はは、…………ははは。


でも、そんなお前は……もう…………。



 生きたい。死にたくない。


もっと遠くに。あいつが来ないところま――。


 俺は何考えてんだよ……! 逃げるのか? くそ、くそ……。戦う……俺はあいつを殺さねぇといけないのに!


 身体は俺の意思には従わず、腹ばいになってあいつから逃げる。


 くやしい。くやしい。くやしくてたまらない。


今すぐにでもあいつの皮と肉を斬り裂き、骨を断ち、死をもって償わせてやりたい。


 なのに、なんで震えながら、こっちに来るなと祈ることしかできねぇんだよ?


 俺はこのまま、死ぬのか……?


 やっと訪れた幸せだったのに……。


「なんで殺されないといけないんだ!? 俺も、呉羽も、おっちゃんも……なにしたっていうんだよ!?」


 殺人機は何も答えない。


 それはそうだ。この叫びは声となっていないんだから。


 黙ったまま、刀を構え――。


 くそ、意識が……遠のい…………て………………。


「お前は……だれ……なん…………だ?」


「時が来たら、いずれ分かる」


 その言葉を最後に、朱い悪夢が、暗闇へと変わった。


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