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   第一章 通りすがりの殺戮兵器(1)




 神の創った大きすぎる世界をかえ、より正しいものとする。そのために千の力がいるのだと、蒼髪の天使、水川 鈴は言った。

 千の天使と同等以上の書き換え能力。その力は天使のそれのように神の認証が必要ないため、場合によってはより早く書き換えを行うことができ、いずれは神をも越える力になるかもしれない。それはあくまで仮説ではあるが。

 鈴の目的はまだよく分からない。この力がもし未知の可能性を秘めていたとしても、神の忠実な僕である鈴が、なぜ神を倒す力を必要とするのだろうか。

 神を殺して世界を作り替える、そんな馬鹿げたことでもしようとしてるのか。

 自然な流れで、千の生活データに組み込まれている天使の、美麗な顔に視線を向ける。


「何で付いてくるんだよ」


 なるべく嫌だ、という感情を出さず、そのために静かな声で千は鈴に尋ねる。


「私は貴方に期待している以上、監視する必要があります。私は脱獄に加担するわけではないのです。あくまで世界の秩序を正しく保つために貴方を見逃した。だから私は貴方をずっと見守っておく義務があります」


 鈴は悪気無く、義務という言葉を使った。自分の意志ではない。義務。そうではないはずなのに、鈴はその言葉を使った。

 いや、確かに自分の意思ではないのだが、違うもう一つの意思……、まだ鈴自身も理解していないレベルにある意思。それが千を仲間にすることを求め、鈴はそれを神の意思だとして従った。

 しかし、そんなことを千が知るはずもない。


「長々と分かりやすいご説明どうも。でもさ。そんなあからさまに監視って言われるとさ。何か悲しいというか」


「それはどういうことでしょうか?」


 天使とはどうも面倒な生命体だ。こういう所をもっと調整するべきだと思うよ、神よ。千は神を仰いだ。

 だからといって自分に天使様への享受義務が発生するわけでもないだろう。と、千もまた、ぺちゃくちゃと相手を押さえ付けるように、あるいはマシンガンのように言葉をたたみかける類の人間ではなかったため……簡潔に言うと、千はこの世界きっての面倒くさがり屋であった。


「何でもないさ」


 たかが女一人増えた所で生活に支障はでないはず――である。


「そうですか」


 鈴はすぐに引き下がった。興味がない、ということか。そもそも天使に興味という機能が取り付けられているのだろうか。不要なものは限りなく、消されているはずだ。人間というプロトタイプはいくらでもあるのだから研究材料には困らないだろう。

 こう考えると神は一人の科学者のように思えてくる。最初は一人が寂しくなり、自らと同じものを創りだし、今では自らと完全に一致する、言わば、神。神は神を創り出そうとしている。千には絶対的すぎるが故の優越感と虚無感、そして悲哀。そんなものは分からなかったが、一応の想像はできた。どうしようもなく退屈であるのだろうと思う。

 だからといって――自分が創ったものだからと言って、壊してしまうのはあまりにも無責任ではないのだろうか。いや、本人には積み立てた積み木を崩す。また作り直すこともできる。それくらいにしか思っていないのかもしれない。そして事実、その力を持っているのだから否定はできない。

 でも、たまったもんではないじゃないか。苛立っているわけではない。呆れただけだ。

 それは一生存人物としての思考であるが、神から見たらやはりどうでもいいのだろうか。まさかこんな反抗的な思考回路さえも創られたものなのか。そこは何とか否定したい。


(なんてな。こんなこと考えてさ、馬鹿みたいだな)


 こんな安っぽい思考を巡らすことでも千には退屈しのぎになった。ただでさえ暇なのだ。暇人がすることといったら現実逃避か、現実を直視して神with天使と戦争を巻き起こす無謀さに絶望するか、どっちかしかない。

 実に暇だ。

 この天獄という世界には無限に資源が存在し、誰も働くこともなく楽に過ごしている。

 そう。楽に。

 ただ、楽だからと言って楽しいわけではない。それは贅沢な悩みかもしれない。しかし、千は思っていた。

楽すぎるのもどうか、と。

 単にグータラな生活を続けるのは虫のよすぎる話ではないか。

 死後、自分が天獄にいることを把握してから、どこまでも根深い、光など差さない深海の奥底に棲む復讐心を忘れようと、意味のない、無意義な、無駄な生活を送っていた。

 確かに性にはあっていた。根っからの面倒くさがりやであるし、何も考えない生活は割と楽しいと思えた。でも、戦争が始まってからは――。

 誰によって建設されたのかも分からない、都市の間を流れる川に行き当たったところで、千は歩くのをやめた。

 それを見てか、鈴も千の一歩手前で歩みを止める。不思議な距離感。初めてのデートでなかなか距離を詰められず、互いにその距離を縮めるための言い訳を探している――なんてことはないが、鈴はその距離を保った。

 千は何となく、坂となっている草原を降りていき、中間辺りで腰を下ろす。尻が少しチクチクする。そう感じたのも最初だけだった。

 鈴もまた、少年の隣に腰を下ろす。距離を保ったまま。

 別にただ、何となく。それだけ。日が沈んで夜という暗い空間になっているからといって、星が出ているわけでもない。そもそもこの世界には星は存在しない。天使は星の存在自体を知らないであろう。特に必要ないのだ。

 俺達には希望も夢も必要ない。生かされているだけの存在なのだ。

 何となく。そういった思考が自分の行動原理の9割を占めると、千自身、感じていた。何をするわけでもなく、ただゆったりとこの一瞬一瞬を感じる。たまに過去を思い返したり、隣にいる鈴の横顔を眺めてみたり。

 好奇心に身を委ね、ありのままの自分を晒け出す。そんな日があっても良いじゃないか。この流れる永遠の刻を幸福だと認めても良いと、今は感じていた。

 そんな楽観的な思考になっているなんて、ただ眠いだけかもしれない。

 少し横になろう。

 上体を起こしていた身体の筋肉の力を抜いていく。ゆっくりと仰向けになり、いつまでも、どこまでも蒼い空を仰ぐ。


「どうしましたか?」


 上体を起こし、横を向くと鈴は怪訝な顔を創り出しており、千の方を向いている。


「天使様や。あの空の向こう側に行けたら下界にもどれるのか?」


 天使に与えられるデータによると、此処は天獄であり地の果てに下界――千の目指す世界があると記されている。正確には今座っているこの地、奥深くに進んでいくことで生前の世界に出られる。

天使サーバを、慣れないハッキングをした時に得た情報だ。もう二度としないと誓っている。

  

「そうです。しかし、今も拡張中ですし、境界線には防衛・殲滅を主とする隊が配置されていますので、突破は難しいと思います」


「教えてくれるのはありがたいんだけどさ。そんな大事な情報、俺みたいなのに流していいのか? おまえ廃棄されるぞ」


「大丈夫です。さっき貴方は私たちの仲間になってくれると言いました。だから、大丈夫です」

 

「それはそうかもしれないけどさ」


 理屈が通っていないこともないが、子供騙しの屁理屈だ、それは。


「それに、あなたはもうそんなこと知っていたのでしょう? ハッキングしたのですから」


「あ、まぁ、それはそうだが。……ハッキングしなけりゃ今頃、お前と一緒に行動しなくてすんでたわけだな」


 下手なハッキングのせいで位置情報を逆探知され、この地区の神直属自律行動型天使である鈴と、彼女の意思が非常に関与した偶然(?)の通りすがりという運命的な出会いをしたということだ。


「しかし、もし、私達があそこで出会っていなければ、あなたは今頃どこぞの天使達に滅多打ちにあい、「許して下さい天使様!」と平伏して命乞いをしていたことでしょう」


「……意外と悪趣味でいらっしゃるんですね」


「いえ、とんでもない。私は純粋で、色に例えるなら上流の透き通った河のように、白色よりも透明な水色ですかね」


「さっきの発言、真っ黒でしたけどね!?」


「そうですか? そんな気はしてませんでしたが」


「時々、お前が分からなくなるよ」


「そうなの……? 私達、そろそろ潮時かもね……」


「キャラ設定おかしくなるから、そのへんにしとけ!」


 神様よ、あなたは俺に何をさせたいんだ。千は再び天を仰ぐ。


(こんな変な天使なんか俺によこしてどうする……)


 それから、ふぅ、と何かを覚悟したかのように息を吐いた。


「……やっぱり俺が脱獄するって言ったら怒るか?」


 天使の方を向き直り、どこまでも透き通った――いや、漆黒、深すぎて不自然とも取れる、何より蒼髪と比べて明らかに違和感を覚える瞳を見、言う。

 鈴は考える様子もなく、千の目をじっと見つめ続け……。まるで最初から答えを用意していたかのような、迷いのない瞳だ。

 その眼に捉え続けられた千は少し怯んだ。


「怒りません。ただ少し困るだけです」


(なんですか!? やっぱりあなたは小悪魔なんですか!? 天使は仮の姿だったりするんですか!?)


 千は心の中で叫ぶ。


 弱った。完璧に表現された天使の顔の翳りに頭を掻いた。あえて困ると言ったところが憎い。


「そうかい……」


 困り、考え、嘆く。天使は千がそうなることを予測した上でこの言動をしたのか。戦慄を覚えた。

 どうしていいのかが、分からない。

 相手が天使であるために尚更、先が見えない。考える度に疲労が蓄積されていく。


(誰か、天使の対応マニュアルください)


 悲痛の叫び。

 相手が人間だったら簡単なのに。

 まず自分から好みを話して相手の好みを探り、次に肯定と否定を適度に使い分けて信用を勝ち取り、自分の弱みをさらけ出すようにして相手の危機感を打ち消していき、そして、より深いところにあるものを引きだしていく。時には嘘も使って。

 さすがにそこまで詐欺師まがいのことはしてないが、それでも表面上の付き合いを保つために、嘘は吐いてきた。

 でも、天使と来ると、感情を持たないタイプかと思えば、困るなどということを言い出す。不可解きわまりない。


「そんな顔しないでください」


「じゃあどんな顔すればいい?」


「私に聞かれても……私は……天使ですから」


「そうだな。じゃあ笑っておくよ。あはは」


(この人はなぜこんなにも本当の表情を隠そうとするのでしょうか)


 鈴が困ると言ったのは千を困らせるためだった。鈴と会ってから千は、自分の真の感情を外に出さないようにしている気がした。本当の部分を人に見せない魂の作りをしている。だから、知りたかった。密かな知的欲求の現れということだ。

 それにしても、本当にこの人には隙がない。でも、脅威を感じるわけではない。優しすぎるのだ。


「少し休ませてあげましょう」


 今、鈴は何て言ったのだろう。

 千には聞こえなかった。耳が普段通りに機能し、声を拾っていたとしても、それを認識する脳が、本人の意思とは逆に、その機能を停止しようとしている。


(眠い……というか意識が……なんでだろ……。まだ何もしてねぇのに……な)


 いつもであればこのまま眠ることもあり得るが、さすがに千も、天使といえど女の子である鈴と、野宿、という選択はあまりにも酷だろう。

 いや、しかし。

 こんなにも眠いのはなぜか――

 最後の抑止力となっていた思考がついに……。

 もう眠い。

 その感情が脳内を支配したとき、千は柔らかい眠りについていた。


「おやすみなさい」


 千に向かって呟いた、一天使の膝には一脱獄未遂犯の頭が。

 世界の混沌と整頓の狭間で運命に抗うことを決意した青年は、少しの暇を取った(取らされた)。

この章はまだ続きます。


次回は主人公、蒼真 千の死の経緯を、夢の中というていで、千目線で語りたいと思います。



ここまで読んでくださった方ありがとうございます!

よろしければ末永くお付き合いください。

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