2
結局家に着いたのは門限ギリギリだった。お母さんにちょっと小言を言われたが、私はお風呂に入ってそのまま自分の部屋に入った。そしてベッドに腰掛けて、かばんからあの絵を出す。
さっきはカッとなってちゃんと見なかったけど、確かにいい笑顔をしている。下手と言ってしまえば下手なんだけど、生き生きとしていると言うか……。あの短時間でよくここまで描けたな。絵心のない私でもそう思う。
右下に“Lucas”と書いてあった。
塾は週に三回。明後日も彼に会えるのだろうか。
この二日間、ちょっとワクワクしていた。友達に「真由、何かそわそわしてて気持ち悪いよ?」と言われるくらいに。でも実は不安も半分だ。
私が悩んでいることはルーカスにはばれていたし、ちゃんと絵のお礼も言ってなかったし……。
私はまたグルグル考えながら塾を出た。
「あ、来たねー」
この間と同じ場所にルーカスはいた。たまに、と言っていたからちょっと心配だったけど、良かった。
今日は金髪の頭にニット帽を被って、黒いサングラスをかけていた。服はまた絵の具で汚れていて、傍にはこの前の椅子といろんな風景画がいくつも並べられていた。
「こないだちょっと様子が変だったから心配だったんだ。でも良かった」
ニっと笑って言う彼に私はちょっと戸惑った。
「……この間はごめんなさい。ちゃんと絵のお礼も言ってなくて。ありがとね」
ルーカスはちょっと照れたように笑ったまま「いーってことよ」と言っていた。
そして私の背中を押して、この間と同じように折りたたみ式の椅子に座らせる。スケッチブックを取り出して、私の絵を描き始めた。
「こないだも思ったけどなんで制服?」
「あぁ、塾帰りなのよ。月水金で駅前の塾に通ってるの」
「えー! そうなの!? その制服って兎谷高でしょ? 頭いいのにすげー」
ルーカスの言葉に私は苦笑した。
確かにうちの高校は県内でも上の方だ。そして私も割かしいい成績を維持している。その上で塾に行っているのだ。私の心の中がまた少しグルグルしだした。
その間もルーカスは鉛筆を動かしていた。
「ねぇ名前なんて言うの?」
「本庄真由。ルーカスって本名じゃないよね?」
「まぁ本名じゃないけど、絵描いてるときはルーカス。なんか画家っぽいでしょ?」
そんな理由でルーカスだったんだ……。
「ルーカスは画家を目指してるの?」
「うん。でもねー見ての通り人物画が下手でねー」
ルーカスは鉛筆を動かしながら苦笑いを浮かべる。
「俺さ、苦手なものがあるのが嫌なんだ。俺の絵を見てハッピーになる人がいるなら、もっともっとハッピーにしてあげたい」
そうしてルーカスはトンっとスケッチブックを私のほうに向ける。
「そのために、描く」
その瞳に少しドキっとした。
「どう? 真由さんどう? この前よりも良くない?」
ルーカスが真剣な表情をパッと変えて、キラキラした目で尋ねてくる。今の私には彼は少し眩しいかも知れない。
「この前よりはいいかもねっ」
私は心の中を見透かされたくなくてぶっきらぼうに答えた。
ルーカスはちぇーとか呟いている。
「さて、と。時間大丈夫?」
「あ、そろそろ帰らないとやばいかも。うち門限十時なんだ」
「そっか。月水金は塾なんだよね? その日はここにいるようにするからまたおいでよ。そんでまた描かせて?」
彼の言葉にうん、と頷く。
「そして日増しにうまくなってく俺に驚くといい!」
ルーカスがそう言って、鉛筆で私を指した。
「あははっ! なんじゃそりゃ! うん、でも楽しみにしてる。じゃあまたね!」
ちょっと面食らって答えると、ルーカスも笑っていた。そして手を振って別れる。
もやもやしていた毎日に少し光が差したかもしれない。
「初めて笑ってくれた……」
その呟きを私は知らない。




