与えられた安息、そしてそれを護るもの
林の中を大家さんを抱えたまま全力で走る。抱えた大家さんが懐中電灯で照らしてくれているので前方はちゃんと見えている。林の道に沿うように看板が立てられており、それを見失わないように龍斗は目を凝らしながら走る。
と、急に開けた場所に出た。どうやら小さな沼のほとりに出たらしい、湿った草と水の匂いがふわりと香った
「ふぅ、結構進んだな」
「あう……酔ったかも……」
「あ、ゴメン!」
急いで大家さんを下ろし、肩を支える。少し千鳥足だったが、少し経つと落ち着いたようだ。そして改めて辺りを見回す。美しい光景が目の前に広がった
「うわぁ……」
「ふわぁぁぁ……」
沼の周りを多い尽くさんばかりの数の蛍が飛び回っている。まるで星空がそこに落ちてきたかのような錯覚、お互いの顔も確認できるほど明るい。普通こんな場所には人は入ってこない、まさに隠れた名所である
「スゴいな……ホタルなんて初めて見た……」
「スゴい、こんなにもたくさんのホタル、私初めてだよ!」
キャッホーイと走り出す大家さん。満面の笑みでクルクル嬉しそうに回っている。あまり遠くに行かれると困るので離れすぎない程度に一緒に歩き出す。と、道と草むらの間の段差に足をとられコケそうになる大家さん
「アハハ、ほわ?!」
「あ、危ない!」
思わず手を差し伸べて大家さんの手を掴む。と、思ったより大家さんがバランスを崩しており、引き込まれるように一緒に倒れてしまう僕。結果、僕が大家さんに覆い被さるような格好で柔らかい草の上に倒れる
「あ、ご、ごめん!!」
「…………」
あれ? 大家さん、なぜ目を瞑ってちょっと唇を前に出してるのん?
とか思いつつ、わかってはいるけれども。何がとは言わないが。僕はあくまで大家さんに雇われたハウスキーパーで、とか、彼女に抱いてる感情とか、もう頭の中がごちゃごちゃになって、挙句真っ白になって思考が出来なくなってきてしまった。こうしている間にも待たせてしまっているので早急に行動すべきなのだろうが
と
「ご、ごめんね! ち、ちょっと驚いちゃってさ! さ、立と?」
「あ、うん……」
なんだろ、ちょっと残念に思っている自分がいる。と
「! 危ない!!」
突如横殴りの凄まじい突風が僕たちを纏めて吹き飛ばした。おそらく大家さんの能力だ。その直後、僕たちが倒れていた場所に数十本のナイフが刺さった。風がやみ、数メートル先に着地する。手袋をはずし、能力使用スイッチをオンにすると、いつものように拳の頭の棘が伸びた。
手を伸ばし、僕の後ろに大家さんを隠すと、大家さんが僕の腕を押しのけるようにしてずいと前に出る
「大家さん、下がってて……」
「ダーメ!りゅーとサン、ケガ人なんだから! りゅーとサンこそ下がっててよ、私結構やれるんだよ?」
「いやだって…」
「だってもヒョウタンもない!」
「あー……それじゃ、二人で一緒にってのはどう?」
「うん、それいいね♪」
僕は大家さんに、大家さんは僕に背中を預ける。熱観測で辺りを見回すと、数は少ない。おそらく暗殺の精鋭たちだろう、姿を隠せ、なおかつ動きが制限される森の中で平気で襲ってきたのだから。どう攻めるか考えていたとき、大家さんが衝撃的な発言をした
「おおよそ二桁いくか行かないかくらいかな……」
「う~ん、思ったよりラクにやれるかも」
「へ?」
「準備しててね、りゅーとサン♪ え~っと……そこだっ!!」
大家さんが目を瞑り、両手を広げると辺りに風が緩やかに吹いた。次の瞬間大家さんは目を大きく見開く
「超局地的龍巻!!」
途端、森の木々が激しく揺さぶられ、数本の木々が根こそぎ巻き上げられる。熱観測したまま見てみると、引き抜かれた木々や土に混じって刺客たちが巻き上げられたようだ。局地的に発生した小さな竜巻は1ヶ所に集まっていき、的を一つに纏める
「お願いりゅーとサン!!」
「任せろ!!」
心を落ち着かせ、意識を両の拳に集中する。ほんの一瞬の出来事なのだろうが、僕には長い時間に感じられた。拳がどんどん熱くなる。ここだ、のタイミングで拳を思い切り巻き上げられた刺客たちに向かって放つ
「龍極拳・激! 滅!」
放たれた凄まじい気迫の塊は刺客たちに直撃、一撃の名の下に沈めた。手加減はしたので死にはしていないだろう。死んでなかったら大丈夫だと思って骨の数本は持っていくように力加減は調節したのだが
「いぇ~い! 大・勝・利~!」
「だね。さ、肝試しの続きだ。終わったらソロモンに文句言いに行こう」
そして僕達は再び歩き出した。二人とも自然と手を繋いでいたので戻ったときエラい目にあったが。雷撃が振ってきたり、幼女がプンスカしてたり、お嬢様が目に涙溜めてたりで僕の疲労がピークに達するのは必然だった。
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滞在二日目。龍斗は眩しい朝日に目を刺激され目を覚ました。枕元の携帯を見ると9時過ぎ、昨日寝たのが深夜1時ごろだったので8時間は寝ていたことになる。
背中の翼の火傷はほぼ癒えた。ヒイロ達が採ってきてくれた薬草のおかげだろうか。まぁ大怪我ですら1週間で治ったこの身体だ、大火傷もたいしたケガにはならないのだろう。ということで僕は仰向けで寝ることができたのだ。
少々気だるさを感じつつ身体を起こそうとすると、身体が起き上がらない。胸の辺りから足元くらいまで、何か自分の身体の上に重いものがのしかかっているようだ。重い頭を上げてみると、そこには艶やかな黒髪が眼前に広がっていた。
「んぅ……スーハースーハー……くんかくんか……」
なんだか見覚えのある黒髪だ。具体的には昨日の夜に良く見たような気がする。そして微妙に鼻息が荒いような気がするが
ん?
「ふぁ……おふぁようりゅーとしゃん……」
寝ぼけ眼でこちらを見る大家さんの笑顔を見た僕の脳は、一瞬で思考停止状態に陥った。脳は停止状態だが、身体の感覚は徐々に戻ってきている。そして自分の寝ている布団の上に感じる、多方向からの温もりや重み。
温もりのある場所に誰がいるか、もとい、何があるかはわからないが、アカン、と思った
OK,少しCOOLになろう。昨日の記憶を辿ってみる。うん、はっきりしているのでサケに酔って云々はなさそうだ。てか仮にも教師陣のいるところでサケはダメだ。僕は間違いなく男部屋で布団に入った。
肝試しの後、夜中まで黄泉川と守人先生とソロモンがゲームやってて、ゲーム持ってない僕は自然とハブられて、やることもないから僕は寝た。はずだったのだが
「えへへ、昨日はよかったね♪」
アカン。なにがって、色々と。そういうことに察しのいい諸兄ならわかるだろう?
「え? え? どういうことなの? どういうことなの?」
某ツインテールネギ大好きな女の子が「どういうことなの」を連呼する曲があったな、イカン、混乱しすぎて雑念も混じり始めた
「なんだ騒がしい……ふぁ……添い寝も久しぶりだな……」
「んみゅぅ……えへへ、りゅーにいちゃん……あったかい……」
「ヤダ、垂れてきちゃった……ウフフ……」
「こんなこと、初めてですわ……でも、こんなにもいいものだったのですわね…」
「目覚めの一発、いっとく?」
多方向からのボケ連発。思わず僕は突っ込んでいた
「とりあえずお前らどいてくれそして目を覚ませ!!
チャクラ、いい加減僕の右手を離せギリギリ締め上げるな!
恋ちゃん今手をどけてそこに手置いちゃダメモゾモゾしないで起きて!
春沙さんヨダレ拭いて僕の浴衣ユダレだらけになっちゃうからぁ! 僕の袖で口元拭くなぁ!
花華は、まぁお嬢様ってこういう雑魚寝はしたことないだろうけれど、男と同衾はマズいよねぇ! そしてその物言いはおそらく確信犯だよね?!
そして蘭、やめてくれそんなん喰らったら死んじゃうから! 死んじゃうからぁ!!!」
もうヤダ女の子って怖い。朝から軽い女性恐怖症になりそうな僕だった。なんとか女性陣を撒いて男部屋へと自分の着替えを取りに行く。男部屋に入ると黄泉川たち3人がニヤニヤしながらこちらを見てきた。
「ようりゅーとサン、昨日はお楽しみだったみたいだねぐふふふふふふふふふふ」
「若いっていいネェ、フフフ…」
「コレが、若気の至りか……フフ、青いな青年も…」
「おはよう男性陣、ところで僕の浴衣に僕と女性陣のものではない毛髪が3種類ついていたんだが、それらにそっくりな髪を生やした奴らが今僕の前にいるんだが、どういうことかわかるかな?」
「「「ナ、ナンノコトカナー?」」」
その日3つの影が沖へと凄い勢いで飛んでいったそうな
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昨日・深夜、男4人のむさくるしい部屋にて。まだ部屋の電気は点いているものの、一人は完全に縛睡しており、残りの3人はずっと携帯ゲームに興じていた。カチカチというボタンを押す音と、小声での相談などを除けば音は無い。
と、おもむろに龍斗の様子を見る3人。どうやら龍斗は完全に寝入ったようだ。昼間は遊びまわった上にあれほどのことがあったのだ、精神的にも肉体的にも疲れたのだろう。それを確認するとゲームで凝り固まった身体をほぐしつつ3人は立ち上がった
「さってと、りゅーとサンもう寝たかな」
「まぁ色々と神経を使って疲れたのだろう、爆睡といってもいい。無理もない、繊細な年頃なのだからな」
「なるほど、俺も繊細だから良くわかるな……」
「ちょっとなにいってるかわからないよ、黄泉川君?」
ケタケタと軽口を交し合う男たち。傍から見れば年の離れた仲のいい兄弟のようだ。3人はそっと立ち上がり、電灯の一番小さい電灯だけをつけてそっと外に出る
「ひっで~……んで、どうするんです? 纏めてシメますかい?」
「ふむ、さすがに連中がここまでしつこいとは思っていなかったな。ザコは任せよう、私は親玉を叩く」
「彼らが裏切り者でしょうか? 一流の忍、そしてトップレベルの人外殺し……その二人相手取って校長は撃破されていますが、そのときの怨嗟がまだあるとは考えなかったのですか?」
音を立てないように外へと行きながら3人は小声で話す。守人先生の追及にソロモンは穏やかに答える
「彼らはもう私が掌握している。私の恐ろしさは彼ら自身が良く知っている、真っ向勝負しようが姑息な手を使おうが叩き潰してくる化け物。彼らの私に対する認識はそれだ、まずありえんよ」
「それじゃあ、誰が裏切り者なんでしょうか……」
「今はそれはいい。眼前の脅威を取り除いてから考えればいいさ」
「同感だ」
「なるほど、わかりやすい」
3人は各々戦闘体制をとる。ソロモンが2丁の愛銃のスライドを引きセーフティをはずす。黄泉川が背中に黒い霧のような翼を現出させる。守人先生が砂浜に突き刺しておいたサーフボードを殴るとボードが砕け、中から巨大な片刃の大剣が姿を現す
「ま、アイツばっかりカッコつけられてもな。俺たちも男だし」
「少しは安息を与えてあげないとね」
3人の男たちは暗がりに消えた。その夜実は阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれていたのだが、当事者達以外は誰も知らない。朝日が昇るまでには全て元通りになっていた
さて、今度こそ話を進めよう…