皐月姉妹
欝展開入るデス……皐月姉妹の過去です
「は?」
「なんでもないわ。どうせ戻ったらあなたを毎日殺しに掛かるのだし、今の内に気を緩めておいたほうがいいんじゃない? どうせだから私も楽しませてもらうけれどね」
トン、と岩場の上から軽やかに下りてくる蘭。ふと、近くで見て違和感を覚えた。彼女の肌の一部、微妙に色が違う。皮膚移植でもしたのだろうか。と蘭が手を出す。なぜか蘭自身も不思議そうな表情をして自分の差し出した腕を見ている。休戦の握手、のつもりなのだろうか?
「……?」
「なんだよ? 握手か?」
応じようとして手を出す。
「私だってしらな」
そこまで蘭が行った直後だった
ドガァァァァァァァァアン!!!!!
辺りの岩場がまるごと吹き飛ばされた
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ビーチにも振動と轟音は伝わっていた。黄泉川は転倒し運んでいたカキ氷に顔を突っ込んで倒れる。舞奈さんがビーチバレーで放ったスパイクの軌道が逸れ、焼きそばを焼いていた守人の顔面にヒットする
「なんだ?!」
守人は顔面の痛みをこらえ、焼きそばを放って爆発のほうへと走り出す。全員が続いた
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パラパラ、と小さな瓦礫が落ちてくる。そこに蹲るひとつのカゲ。その影が二つに割れ、中から翼を広げた龍斗と片腕を失った欄が出てきた。
龍斗の龍化能力には熱観測も含まれている。あの時龍斗は蘭の差し出された腕が急に熱を帯びだしたのを感知、一瞬の判断で腕を切り落とし羽を展開、爆風から蘭と自身を守ったのである。
龍斗は熱ベクトルの操作もできるのだが、そんな余裕は無かったらしく、羽の大部分が焼け焦げて爛れている。火に耐性がなければ吹き飛ばされていただろう
「赤羽君!!」
「龍斗さんッッ!」
「龍斗様!!」
数分後ビーチで遊んでいた組が到着する。現場は惨状だった。大地の大部分が爆発によって抉り取られ、生き物の楽園だった磯辺はもう存在しない。蘭の肩を抱きかかえ、羽を広げている龍斗を見て全員が絶句する。
「大丈夫蘭ちゃん?! りゅーとサン、蘭ちゃんをこっちへ」
「肩貸すぜ、立てるか龍斗さん?」
「あぁ、二人とも頼むよ……」
蘭は舞奈さんに、龍斗は黄泉川に肩を貸され運ばれる。気絶した蘭の、切り落とされた腕の付け根からは火花がスパークしていた。
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数十分後、海の家リヴァイヤサンの畳の部屋
「コレ塗っときなさい、火傷に効くわ」
「動かないでください、薬が塗れませんので……沁みますよー…?」
「いてててて?!」
うつ伏せになった龍斗の火傷だらけの翼に、ヒイロが持ってきた火傷に効く植物を花華が擂り鉢で磨り潰して塗っている。薬が塗られるたびに悲鳴を上げる龍斗だが、治療のためなので我慢していた。
翼は思ったよりダメージを受けており、飛行は当分できそうに無い。普段飛行などしなくてもいいのだが
「僕より蘭は大丈夫なのか?」
「大丈夫、守人さんが見てる」
「そっか、なら安心かな…」
「………彼女、義手だったのね……」
「……………」
蘭のつけていた義手、それに爆弾が仕掛けられていたのだ。先ほど海で感じた蘭の皮膚の微妙な違い。
初めて彼女と戦ったとき、腕に負わせてしまった大火傷が数日で治っていたこと。女性があれほど大きな巨大な銃器を使っても反動を抑え切れていたこと。全てが繋がった
「塗れましたわ。暫くは安静ですわね。包帯を巻きたいのですが、今は布を貼り付けるだけでガマンしてください」
「体はダメージ無いから大丈夫だよ。ちょっと用事が……あててて?!」
「安静といいましたのに、もう…」
花華に火傷の無い背中を押さえつけられてしまい、身動きが取れなくなってしまった。畳の部屋の入り口から4足歩行型に変形した車椅子に乗った恋が入ってきた。
俯き、今にも泣きそうな表情をしている。目線が龍斗の方へ行くと、彼女はこらえきれなくなったのか泣き出してしまった
「りゅーとお兄ちゃん……ふぇ、うえぇぇぇええん!」
「あー大丈夫大丈夫! 落ち着け恋、僕は大丈夫だよ。だから泣きやみな?」
「うっぐ、ちがうの、わた、し……おね、えちゃん……っく、うえぇ、えぇぇぇえん!」
「あー……どーしよ……」
「大丈夫? 恋ちゃん」
ふと、恋の頭を撫でる手。春沙さんだ。右手で頭を撫でつつ左手で恋の涙に濡れた手を握る。小柄な体ながらも、その母性溢れる仕草は、同じく動揺していた龍斗の心まで落ち着かせてくれた
「大丈夫、大丈夫」
「うぅぅ……っぐ…」
数分もしないうちに恋は落ち着いた。子どもっぽいと思っていたが、春沙さんはこんな表情もするのか。龍斗はそう思っていた
「もう平気? 落ち着いた?」
「うん、ありがとはるさおねえちゃん……」
「いいのいいの、ほら、ちゃんと涙拭いときなよ?」
春沙さんが首にかけていたタオルを恋に渡すと、恋はそれで顔をゴシゴシ拭いた。どうやら完全に落ち着いたようだ。春沙さんがいてくれてだいぶ助かった、あとで御礼をしなければと龍斗は思っていた
「スゴいですね、春沙さん……見習いたいですの……」
「そうだね……ありがと、春沙さん」
「いいってコト♪ それよりさ、恋ちゃんが話したいことあるみたいだよ?」
恋がコクンと頷き、龍斗の近くに車椅子を移動させ話し出す。彼女たち、皐月姉妹の過去を。と、恋が話し出そうとした瞬間勝手口から声が乱入してきた
「待ちなさい、恋。そこからは私が話す。そこの緑神龍二人とキミ、恋を連れて行って」
割り込んできたのは気絶していた皐月蘭だった。目が覚めたようだ。切り取られた腕の部分には急場しのぎのものなのか、簡易的な義手が着いている。骨のように骨格しかない、本当に簡素なものだった
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「恋、ありがとね。お姉ちゃんもう大丈夫だから」
慈愛に満ち溢れた笑顔で恋の頭を撫でる蘭。だが龍斗煮はその笑顔が若干引きつっているように見えた。と、先ほどの蘭の言葉に春沙さんと緑神龍二人が猛然と抗議の声を上げる
「だいじょばないわよ! 何自然な流れで私たちを除け者にしようとしてるの?! あなたと会ったのは初めてだし、こんなことする義理なんてないのかもしれないけど!! こんなことになったんだからほっとけないじゃない!」
「そうですわ! 今回のこともそうですけど、貴女は一度龍斗様と戦ったと聞きました……龍斗様にもし何かあったら……」
「可愛い妹を思うのはわかるけど、それが妹さんの重荷になってないかしら?」
「黙りなさい。人の家庭事情に首突っ込んでいいほどあなた達エラいのかしら? 正直大きなお世話よ、偽善ならやめて頂戴、虫唾が走るわ」
「偽善がなによ! 支えあってこそ人でしょ?!」
「人間をナメないで化け物風情が」
「あなたねぇ!!」
凄まじい舌戦に割り込むようにして恋が口を開いた
「おねえちゃん、わたしはいいよ……?」
3人の凄まじい剣幕に堪えた様子はないが、大事な妹が許可を出した。無碍にはできない
「………わかったわ。ただし恋は……」
「おねえちゃん! ………いいの、つづけて? もうわたし、まもってもらうだけじゃないんだよ?」
妹の頼みには逆らえず、蘭は折れた。
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彼女たちはある研究者の娘だった。研究者の名は皐月 倫太郎。優秀な学者だった。妻に先立たれながらも、彼はめげず男手ひとつで姉妹を育てていた。
昼は大学の研究室で研究に没頭し、夜は彼女たちのためにアルバイトをこなす父の鑑だった。
彼はその遺伝子に関する技術を買われ、ある機関に協力することになった。特務機関・龍殺し。皐月一家の過酷な悲劇はここから始まった
龍殺しに入った皐月 倫太郎に与えられた仕事は謎のウィルスの研究である。そのウィルスに感染すると、まず初期症状は体に爬虫類的要素が現れる。
そして症状が進んでいくにつれ体が変異し、やがては凶暴な獣になるというものだ。だが、これはあくまで一例であり、ほとんどの患者は初期症状すらなく体が爆散するようにして死んでいった
皐月倫太郎は昼夜を問わずこの謎のウィルスについて研究を重ねた。そしていつしか彼は家庭顧みないようになる
残された姉妹はただただ父を待つしかない。だが子どもが待ち続けるというのはなかなかに酷な事だ。
彼女たちの面倒を見ていたある女性研究者が、たまには生き抜きも必要だろうと姉妹を父の研究室へと連れて行くことにした
「ねぇ、お父さんに会いたくない?」
「「あいたーい!」」
「それじゃサプライズで面会に行ってみましょうか! ちょっとくらいなら時間も作ってくれるだろうし」
「わーい! れん、おりがみつくってってあげよ!」
「うん! つくる!」
「あらあら、きっとお父さん喜んでくれるわよ!」
もし彼女たちがそうしなければ、また違う形の未来があったのかもしれない。だが、この場合の「かも知れない」というのは起こりえなかった話だ。彼女たちの地獄はここから始まった
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皐月倫太郎の研究室に突如危険を知らせるアラートが鳴り響いた。施設全体があわただしく動き始める
「大変です主任!!」
「なにがあった?!」
「ウィルスを与えたラットが巨大化、および凶暴化しました! 龍の様な姿に変異し暴れ始めたんです!」
「なんだと?!」
研究施設全体にに響く葉阿鼻叫喚、爆発音、建物が崩落する音。地獄絵図だった。倫太郎と緊急事態を伝えに来た研究員はすぐさま逃げようとする
「くそ、どうしてこうなったんだ?!」
「主任! あれ……」
「な……」
倫太郎の視線の先には娘たちの面倒を見ていた女性研究員の亡骸とそれに泣きついている愛娘たち
「な、蘭!恋! こんなところで何してるんだ?!」
「お、おとうさん……」
泣きじゃくる姉妹に倫太郎が近づこうとした瞬間
ビキッ
施設の天井が崩れ倫太郎に降り注いだ。耳を劈く轟音、大量の砂塵、身動きできないほどの衝撃。
衝撃が収まり、埃が少し治まったところで姉妹は目を開くことができた。目線の先はさっき父親の声がした方向。そこには巨大な瓦礫の山が道を塞いでいた
「お、と……うさ、ん?」
「おとーしゃん?」
姉妹の前にあるのはただただ大量の瓦礫。導き出される結論はひとつだ。姉妹は呆然としていた。