物品、及び心の修復
「…………………」
数日後。江瑠弩荘の縁側にて、赤羽龍斗がボーっと空を見つめていた。目に生気は無く、ただぼーっとしている。だがちゃんと家事はこなしているところはさすがと言った所か
それを影から見ている江瑠弩荘住民たち。パッと見トーテムポールのような感じで、上から大家さん、マイナさん、春沙、茶倉の順番だ
「りゅーとさん、落ち込んでるね…」
「そうね、まるで縁日の金魚すくいで取ってきた金魚を袋のまま放置して残念なことにお亡くなりになった金魚の御遺体のような目をしているわ」
「要は目が死んでるでいいじゃないマイナさん」
「ずっと心ここに在らずって感じだな……今わちらに何かできることもなさそうだし」
あの強烈な戦いの後。町の一部はまだ氷結したままだったり、焼けた部分がいまだあったりする。外では龍殺しの隠蔽工作班が世話しなく動き回っている
一日にして死者は数百人近く、町の大半も壊れてしまった。これでも奇跡的な数字といえる。ソロモンがあらかじめ辺りに待機させておいた龍殺しメンバーが住民の避難させたのである
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「72柱能力バラムでな。気まぐれだし、あまりはっきりと教えてくれないこともしばしばだからあまり頼りにはしていないのだが……ともかく、被害を抑えることができてよかった」
「なぜ校長の尻拭いを我々がしなければならないのだ」
「ふぉふぉふぉ、目が老眼と眼精疲労で霞んできおったわい……zzz」
「「寝るな!」」
「ふぉっ?! ………三途の川じゃ…」フラフラ
「渡るな!」
「渡ったところで追い返されるだろうな、我々ならば」
校長室で、山のごとく積みあがった書類をソロモンは部有先生と阿賀先生に手伝わせていた。職権乱用である。カリカリと万年筆を走らせながら部有先生は気にかかることをこぼす
「例の赤羽、といったか。相当堪えたようだな、他の先生に聞いたが授業中もまったく集中できていない。これでは次の期末テストは相当まずいぞ」
「繊細な年頃なのじゃよ。ましてや最近まで孤独という名の牢獄の中だったのじゃろ?
覚えの無い過去の罪が、やっと手に入れたものを一瞬で奪い去るほど強烈なものだったのじゃから。まともでいられるのがむしろ奇跡ではないかの?」
「彼の心が壊れれば、彼の中の龍は確実に青年の体を使って暴れだすでしょう。そして気がかりなのが……」
「校長の戦った龍とは違う、もう一つの龍の意思か」
目が疲れたのか、部有先生は眉間の皺を親指と人差し指で伸ばす。阿賀先生も大きく伸びをする。ソロモンはペンホルダーに万年筆を戻した
「青年は私が最初に関わった案件で出会った龍化者です。私たちは今までたくさんの数の龍化者研究所を襲撃してきました。ですが青年がいた研究所だけは他とは格が違った
他の研究所には数百人単位で孤児を収容していましたが、あそこだけは3人で、しかも他の設備よりずっと環境や技術が突出していた」
「双葉兄弟、そして赤羽……」
「そして3人は出会った。今回の件は起こるべくして起こったことなのでしょう。おそらく、誰かの描いたシナリオどおりに」
「正気の沙汰ではないな」
立派な顎鬚をなでながら阿賀先生は思案する
「わしも長いこと生きておるが、ここまで大げさに狂ったことをしたのは誰もおらん。校長と魔王が競合して天上にケンカを売ったことも可愛く思えるわい」
「私には向こうでの記憶が無いといったはずですよ?」
「じゃが今回の騒動で、既に風化したはずの力が目覚めた。向こうでの貴方様の力が、万分の一とはいえ現出したのじゃ。過去を知り、己を見つけよ。それがあの幼子たちを守る力となるなら、受け入れ、使いこなせばなるまいて」
柔和な語り口だが、彼の言葉にはかなりの重みがあった。飄々(ひょうひょう)と、だが滲み出る威厳のおかげで周りのものは自然と姿勢を正す。階級はどうあれ、ソロモンは阿賀を心から尊敬していた
「私の過去………か。向こうでは私はどんな人物でしたか?」
ソロモンが二人に問う。先生二人はにやりと顔を見合わせ、こう言った
「それはもちろん、今と変わらん。いや、少し放浪癖が直ったのかな?」
「ホホ、居るだけで刺激が舞い込む場所にいるからのぅ。旅好きな、自由を愛するものじゃったよ」
机の上に置いてあったミニ煎餅をかじりながら、阿賀は目を細めた
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晴れた空の下、縁側にお茶とお菓子を置いて僕は空を眺めていた。緑茶の味がいつもより苦いような気がする。なぜだろう、甘いお菓子なのにちょっとだけしょっぱいような。
江瑠弩荘は奇跡的に建物倒壊を免れていた。少し焦げていたり凍っていたりする場所はあるのだが、ほとんど実害はない。龍殺しが結界でも張っていたのだろうか。
住民ほとんどが龍化者、もしくは龍殺し。そう考えると僕がここに来たのも全て仕組まれた事だったのではないか。なにやら薄ら寒い事が頭をよぎる
「……………」
僕のせいでたくさんの人が死んだ。町のほとんどは壊れ、友達も仲間も傷ついた。僕は本当に生きていていいのだろうか。僕が死んだら……誰か泣いてくれるのかな
「「「「りゅ-と(さぁぁぁぁん)!!」」」」
「ぐげぇ?!」
ちょっと感傷に浸っていたら突如僕の後ろから襲い来る弾丸4つ。結構な勢いと重みで僕の背骨とか椎間板とか何やらが悲鳴を上げた
「ちょ、どいて痛い痛い! 潰れる! 重い!」
「乙女たちに向かって重いとは失礼ね? 春沙ちゃん、大家さん、やっちゃいましょう」
「「了解!」」
訳もわからぬまま、舞奈さんが僕を羽交い絞めにし身動きできないように拘束する。舞奈さん、当たってます。舞奈さんの号令で春沙ちゃんと大家さんが手をわきわきと動かしつつ僕に迫る。
「ちょ、待って…」
「そうか、龍斗は昔からこれが好きだったな?」
茶倉が僕の足をつかんでグイと広げ、その小さな足を僕の股間に宛がう。
ア カ ン
「ちょ、それはマジでシャレになんな…」
「「「許可を」」」
「かまわないわ。どうぞ」
「や、やめ……あ、ア……アッーーーー!! yh5んb9y7う5;6l、txk¥ylvんk。ふbc!!!」
僕を襲ったのは両脇腹の激しいくすぐったさと股間の凄まじい振動だった
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「穢された……よってたかって……隅々まで…」
「ちょっとやりすぎたんじゃない?」
「こいつの丈夫さは筋金入りだから大丈夫だ、わちが保障する」
突っ伏して股間を押さえながらメソメソ泣いている僕。少々反省の色が見える春沙。対照的になぜかドヤ顔の茶倉。いつもどおり無表情で僕の食いかけの和菓子を勝手にほお張っている舞奈さん。大家さんは僕の飲みかけのお茶を執拗に飲んでいる
「ひょっほははんへいひははひら?」
「口に物入れながら話さないでくださいよ舞奈さん……ごめんなさい……デリカシーなかったです…」
もきゅもきゅと口を動かしながら何か話す舞奈さん。ちょっとは反省したかしら?といっているのだろうか。口の中の物を片付けた舞奈さんが再度口を開く
「ところで龍斗さんは来週の土曜日空いてるわよね」
「なんか用事がないって確定してるけど、本人の確認取らずに確定するってどうなんだよ。てかまだ1週間先の話じゃないか」
「埋まってるの?」
「多分ヒマだけどさ……」
「よかったわ。大家さん、天気は?」
「バッチリ晴天だよ! 日焼け止め持って行ったほうがいいかも」
いつのまにやら僕のお茶を飲み終わり、テレビに食いついていた大家さんがこっちに向かってビシッとサムズアップする。いつもみたく撮り溜めしといた深夜アニメ見てるわけではなかったらしい
「重畳ね」
「うん! このマユゲの太いお天気アナウンサーも言ってるし!」
「それってダメじゃない?」
春沙さんが僕の言いたい事言ってくれた。と、チッチッチッと最初に出会ったときのようにドヤ顔で指を動かす大家さん
「こんなこともあろうかと他のニュースも目を通してるから大丈夫!」
ティロリン♪ とスマホ専用の通信アプリ『ツナガリ』の着信音。舞奈さんの携帯からのようだ。
「校長先生からね」
「お兄ちゃんなんだって?」
「大丈夫よ、ちゃんと話は通ったみたい。あとは私たち自身の準備ね」
「ソロモンになんのアポとったんだよ? いったい何すんのさ」
また新たな龍化者が出現したのだろうか。それにしては大家さんの動きが変だ。大家さんが龍化者であったことは驚いたが、彼女は基本龍殺しの活動に参加していない。僕としてはして欲しくもないのだが
「決まってるじゃない」
「わかりきったことだ」
「ニブすぎだよりゅーとさん」
「まったくこれだから……」
4人になんか呆れた顔された。僕何かしたっけ?
舞奈さんが明後日の方向を向いてビシッとサムズアップする
「画面の前のみんな、喜びなさい。次回は水着回よ」
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1週間後の朝。僕たち江瑠弩荘住民一同はうだるような暑さの中、荘の前で荷物を抱えて待機していた。てかこんなに荷物はいるのだろうか?
……というか、どこへ行くかすら聞いていない。水着を買わされたので水関係だと思うのだが、とりあえず問うてみる
「これからどこ行くのさ」
「ええ」
「…………」
「…………」
「いやいやいやwwwどこだよwww」
「「「wwwww」」」
「着いてからのお楽しみってことでいいじゃない。どうせ校長先生、私たちだけじゃいけない場所をチョイスしてるだろうし」
あ、場所選んだのソロモンか。なんか妙に納得した。そうやって炎天下少しの間じゃれあっていると、大型の4WDが荘の前で停車した。ゴツくてデカい、これならいろいろと荷物は積み込めるか
「楽しみね、青い海、白い雲、そして水着の天使たち」
「おっさんか?! てかネタバレしてるし?!」
「あら?」
「www …………そっか、海か………」
春沙さんがクイクイと僕の半そでを引っ張って問うてくる
「りゅーとさん海行ったことないの?」
「ン? うん、生まれてこの方ずっと施設暮らしだったしね。春沙さんは行ったことあるのか?」
「ンーーーーーー……覚えてない!」
「なんだそれ」
「だから今日初めてをりゅーとさんに奪われるの////」
「僕は一切これに関与してないんだけど」
「そっか、んじゃ奪って?////」
「なにを、とは聞かないよ」
春沙さんと話していると運転席の窓が開く。そこにはサングラスをかけた老けた20代(笑)がいた
「待たせたな、江瑠弩荘の住民諸君」
運転席の窓越しにソロモンは挨拶してきた。さすがにこの暑さの中でいつもの暑苦しいあの格好はしていない。だがさすがにタンクトップとハーフパンツだけというのもなんだかなぁと思った。チャラい。
「おはようございます。よろしくお願いします」
舞奈さんが挨拶するとそれに答えて一同がボソボソと申し訳程度の挨拶をする
「おはよう、皆元気そうで何よりだ。では乗り込みたまえ」
「いくら4WDでもこの人数はさすがに入らんだろ。すし詰めにでもするつもりか?」
「入ればわかる」
親指でクイクイと後部を指すソロモン。とっとと入れということらしい。入るわけねぇだろこんな大人数…
「おぉ、来たか。江瑠弩荘一同5名ごあんなーい!」
「ごあんなーい!」
「………………」
って! 既に数人入ってるぅーーー!? しかも超広々?! 扉を開けると既にそこにいたのは皐月姉妹と黄泉川、そして一緒のクラスのオカマスキンヘッドと知らない女の子がいた。
「え? え? なんで皐月姉妹はともかく黄泉川が?」
「出会って一発目早々辛らつだな?!」
「おはよ、りゅーにいちゃん!」
「おう、おはよう」
「スルーですねわかります」
「あら、私が慰めてあげるわん♪」
「すいません結構ですから離れてくれると嬉しいのですがお兄さん」
「お姉さん、でしょ?」
「……おネェさん」
「あ?」
「お姉さん!」
「あらかまってほしいのねいくらでもくっついてあげるわうふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ひぃぃぃ?!」
なにやら不穏なつるみかたをしているオカマと黄泉川。恋に悪影響を与えなければいいのだが。あと一人の知らない女の子は腕組みをしてイヤホンをつけて目をつぶり、我関せずを貫いている
「………………」
約一名僕を凄まじい勢いで睨み付けている人物のほうに目線をやらないようにして乗り込む。僕のほうよりさっきからチラチラ黄泉川とスキンヘッドの絡みを見ている妹のほうに目を向けて欲しいものだが
乗り込んでわかったがこの車、ただの車ではない。車内空間が異様に広いのだ。大型のワゴン車並みの広さで、大人数でも楽々とゆとりを持って座れるようになっている。もはや魔法だ
「まぁ間違ってはいないがな」
「お前がなんかしたのかソロモン」
「いろいろと、な。昔掘った狐塚だ」
まぁ僕と戦ったときもあんな力を使ったのだ、人間というには少々その域をはみ出してはいると思っていたが。もはやファンタジーである。全員乗り込んだところでソロモンがギアを切り替える
「では出発する、シートベルトを締めろ」
景気のいいエンジン音とともに4WDはどこかへと向かって出発した