今に繋がる始まりの実験
無機質な部屋の中、一組の男女が話し合っている。白衣を着ていることから、おそらく何かを研究している研究員だろうか。男の研究員らしき人物が辺りを見回しながら女の研究員へと話しかける
「被験体、01・02・03はどこへ?」
「外へ体を動かしに行ってますよ」
引き出しから紙を出し、クリップボードに挟み込む女。画面には様々なデータが行き交い、その中には生々しく、おぞましいものも少なくなかった。それを見ながら女は先ほどはさんだ紙に必要事項を書き込んでいく
「今のうちに体を発達させておいてほしいものだな。なんせ例の実験が近づいてる。バイタルは安定しているだろう、問題はメンタルだ」
「……惨い実験だ」
「なぜだ」
男の方の研究員が不思議そうに女の研究員を見やる。これは当たり前のことをやっているに過ぎない、と言わんばかりの男を見て、女は愕然とする。こいつ、私と同じ人なのか? と疑問を抱くほどには
「なぜって……あなたはどうも思わないのですか?! 年端もいかない子供をこんな目に合わせて…」
「私たちはやらなければならないことをしているに過ぎない。仕事をするのに罪悪感を感じていてはキリがないだろう」
「(どこまでも腐ったところだ…)」
嫌々ながらも自分のしていることはこの男と同じだ。女の罪悪感に悩まされる日々は続く
それから数か月がたったころ。先ほどの研究室とは別の部屋。計器や実験器具などからして実験室のようなものだろうか。
そこには3つの人が入れるほど大きなフラスコ。それぞれに幼児が1体ずつ入っており、プカプカと浮いている。フラスコ内の手術衣を纏った幼児は眠っているようで、時々寝返りのように身じろぎをしている。
と、研究室の中にアラートが響いた。同時にフラスコ内を満たしていた液体が下の方から抜けていく。数十秒後、幼児たちはフラスコの底に足をついて立っていた
不思議そうにあたりを見回す幼児たち。少しして研究員らしき人たちが数名、実験室へと入ってきた
「よし、フラスコ解放」
一人の研究員がスイッチを押すと、フラスコのガラスが上へと引っ込み、幼児たちはフラスコから解放される
不思議そうな表情をしている幼児たちを、研究員たちは乱暴に引っ張って別の場所へと連れて行く。起き抜けで力が出ないのか、幼児たちは嫌そうな顔をしながらも抵抗をしようとしない。そうして研究員たちと幼児たちは目的の場所へと着いた
そこはがらんとした空間。何もなく、ただただ白い空間のみが広がっている大部屋だった。そんな空間にたった3人の幼児がいる。研究員たちはマジックミラー越しの別室でデータを取ることに専念している
「これより龍化能力覚醒実験を行う。そこの3人、聞こえるか」
スピーカー越しに無機質な声が響く。3人は意味を全く理解できていない。研究員は言葉を続ける
「これからお前たち3人で殺しあえ。戦いが始まらなければお前たち全員はガスで毒殺される。制限時間は1時間30分。はじめろ」
無慈悲な戦いの火蓋は、無理やりに切って落とされた
幼児たちはというと、殺し合いが何かを分かっていない。だが、怖い大人が何を言わんとしているかはなんとなく分かった。この中の誰かが一生会えなくなってしまうようにしろ。それも自分たちの手で
「ふざけるな! そんなことしてどうするんだよ!」
「そうよ! 私たちがなんでそんなことしなきゃならないの?!」
「ぅ……」
怒号を上げる二人の兄弟。残りの一人は二人に若干気圧されてしまっているが、やりたくないという意思が見えてとれる。だが研究員は無慈悲に言葉を紡ぐ
「無理やりにでも戦ってもらう。お前たちはもう既に人間ではないのだからな。音波、流せ」
無機質な部屋の中に、特殊な音波が広がる。人間には聞こえないが、ある種の生物に苦痛を与える音波。途端、3つの悲鳴が部屋に響いた
「うあぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁ?!」
「きゃぁぁぁぁぁああぁぁぁあ?!」
「いいいいぃぃいぃぎぃいいい?!」
幼児の頭の中を駆け巡る激痛。彼らにしか聞き取れず、彼らにしか効果がない特殊音波。もしもの時のための、研究者の切り札であり保険である。
その効果はある能力を持ったものに苦痛を与えるとともに、凶暴性を高め邪魔な理性を吹き飛ばす効果がある。
部屋には3人のある能力を持ったもの。必然的にそれは始まった。
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「素晴らしいな。流石はあの方が直々調整しただけはある」
「データは摂り揃いました。いかがいたしましょう?」
「音波を止めろ、じき正気を取り戻すだろう。記憶改ざん装置の準備をしておけ」
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「ぐ………」
荒野となった大地にうつぶせに倒れている一つの影。体が動かない。嫌な夢を見た。忘れさせられたと思っていた記憶。人型に戻った龍斗は呻いた。呼吸することが精いっぱいだ。もはや辺りは暗くなっており、夕日は既に沈んでしまっている。
「へぇ~え。やっぱエゲつないな」
じゃりと音がする。正面にだれか立っている。初めて聞いた時と若干違うが、聞き覚えのある声、それもあまり聞きたくなかったような声だ。暴食龍、大蔵委がいた。
「その力、俺にくれよ。お前じゃ使いこなせないだろ? 安心しろ、一瞬でラクになるさ。俺に食われて、俺の腹の中で、俺の為に力を吐き出し続けろ」
足音が近づく。逃げなくてはならない。このままでは食われてしまう。だが龍斗は呼吸することで精いっぱいだった。俺はもう終わってしまうのか。何一つ救えないまま
「風彩!」
「どぅおぉっ?!」
雷と水と氷を纏った風の鎌鼬が大蔵委を吹き飛ばしたようだ。うつぶせに寝ているため何が起こったのかいまいち分からない
「ちぇっ、まだなんかいたのか。まぁいいや。またお前を喰いに来てやるよ。ギャハハハハ!」
捨て台詞を残して大蔵委は去った。
「大丈夫? りゅーとサン」
その声を聴いた瞬間心が温かくなった。自然と涙があふれる。彼女と初めてあったあの時のように。頭を持たれ、あおむけに転がされる。慈愛溢れる顔がそこにあった。この笑顔を守りたかったのだ
「よく頑張ったね。もう大丈夫だから」
空崎彩音が龍斗の頭をやさしく抱きかかえて笑っていた