校長の奮闘
ソロモンが奮闘してます。
「これで龍化者の案件は100件を超えたか……」
黄昏時、天月高校という少々変わった高校の校長室にて。
龍殺し部隊長、ソロモン・レクターは伸びをした。万年筆をペンホルダーに戻し、眉間を伸ばす。肩も少し動かすだけでポキポキと音を立てている。どのくらい書類仕事に没頭していたのだろうか。ここ最近出かけることが多かったので、そのツケが回ってきたのだ。
どうも書類仕事は苦手だ、表情やら体やらが勝ちこちに凍り付く。と、ドアの向こうからノック音。
「入りたまえ」
「失礼します」
「しまーす♪」
入ってきたのは女子生徒二人。一人は車いすの鳶色の髪の幼い少女、もう一人は幼い少女の車いすを引いている納戸色の髪をした少女。二人からは微かながらに機械油と硝煙の臭いが漂っている。その臭いが彼女らは普通でないことを物語っていた
「来たか、皐月姉妹。そこのソファーにでも座るといい、飲み物は何がいいかな?」
壁の食器棚からいろいろと取り出すソロモン。どの食器もアンティーク感漂う美しい食器ばかりだ。だが納戸色の髪の少女はその好意をぴしゃりと拒否する
「結構です。何もいりません」
「わたしココアがいいな!」
「恋!」
車いすの幼い少女、皐月恋は自分の欲求に忠実だった。純真無垢さゆえ、逆にそれが恐ろしいことも多々あるのだが。
「えぇ~いいじゃない」
「ハハハ、丁度いい。昨日バンホーテンのココアが手に入ったのだ、それを淹れてやろう。そのソファーにでも座って待っていてくれ」
「わーい♪」
「………」
渋々ながら納戸色の髪の少女、皐月蘭も使い込まれたソファーに腰を掛けた。それからしばらく校長室にはお湯を沸かす音と食器をいじる音が響いた
ココアと紅茶、そしてコーヒーのいい香りが部屋中に漂ったところで蘭が切り出した。机の上には品のいいお茶菓子もある。
「なぜ私たち二人を隊長の部隊に転属なさったのですか?」
人を殺せそうなほど鋭い眼差しの蘭に対してソロモンは、緊張感の抜けきった表情でティーカップを傾けている。紅茶の香りを楽しみ、口の中でころがす。そのゆったりとした動きに皐月蘭はいら立ちを隠せない
「ム? おぉ凄いぞ蘭くん! 紅茶なのに茶柱がたっている!」
「ほんとだ! たいちょうすごーい!」
痺れを切らした蘭が思い切り机をたたく。ガチャンと蘭のところにあったティーカップが危うく倒れそうになった。飲み物が数滴机に飛び散る。恋がビクッと体を震わせた
「ふざけないでください。私は訳を聞きに来たんです、お喋りしに来たのではありません」
「ふむ、少し落ち着きたまえ。建前は君たち危険分子を傍に置いておきたかったから、そいて本音は君たちに極力戦ってほしくないからだ」
机の上のお茶菓子であるチョコレートをつまみ、口の中に放り入れるソロモン。建前と本音が少々ズレているのは彼が変り者だからだろうか
「なぜ? 私たちは龍殺し、化け物と戦い殺すことが使命。戦わない選択肢などありません」
「まったく……そんなだから友達が出来んのだ。先生として、そういうのは看過できんな。友人というものは君の人生を充実させるのに一役買ってくれるものだからな」
「かっ……関係ないでしょう?!」
図星だったのか、蘭がどなる。だがソロモンは余裕をもって正論を叩きつける
「復讐心にとらわれすぎるな。復讐を遂げたとき何もなくなってしまうぞ?」
「私にとって全ての人でなしは復讐対象、よって復讐が遂げられることなどありえません」
どこまでも冷たく、決意に満ちた言葉が校長室に響く。心の弱いものならこの場にいるだけで卒倒できそうなほど空気が張り詰めている
「どこかで君が終わらせるのだ。君自身がピリオドを打たなくてはならない。どれだけ争いあっても、どれだけ殺しあおうと、人はそれらを許しあってここまで命をつないできたのだからな」
「話にならないわ」
急に立ち上がり、懐から拳銃を取り出してソロモンに突きつける蘭。M1911、コルト・ガバメント。相手を一撃で殺すため、一発の威力を重視した大型自動拳銃。さしもの事態に恋も驚きを隠せないでいる
「おねえちゃん?!」
「もうたくさんよ。私たちは龍殺し、龍を殺してこその組織。貴方みたいな甘ったれはいらないわ」
「フフ……できるかな? 白昼堂々そんな大型拳銃を放つなど」
「できるわ。この部屋、理由なんて知らないけど防音設備してるでしょう? そしてさらに急進派の隊長全員が一致団結して貴方を殺そうとしてる。貴方という邪魔者がいなくなれば私は復讐に集中できる」
「フフフ……本当に私が撃てるのか? その弾の入っていない拳銃で?」
「戯言をッ!」
蘭が引き金を引く。
カチッ! カチッ カチッ
「なッ?!」
「さて、もうそろそろ下校時刻だ。行っていいぞ、夜道には気をつけてな」
何事もなかったかのように紅茶をすするソロモン。蘭はあまりの激情に言葉も出ず、荒っぽく踵を返し、荒っぽく校長室を出て行った
カッカッカッカッカ… バァン!!
「やれやれ、扉は静かに閉めて欲しいものだがな」
「……あの」
その場に取り残されていた恋がおずおずと口を開く
「なんだね皐月恋君?」
「ご……ごめんなさい……」
幼気な少女が申し訳なさそうに頭を下げる。幼いものに謝られると、こっちのほうが申し訳なくなってくるわけだが
「君が気にすることはない、皐月恋君。ところでなぜ君は私を撃とうとしなかったのだね? 蘭君にそういう命が下っていたのなら、君も同じような命令が下っているはずだが」
「……わたし……わからないんです。りゅうのひとたちって、みんな悪いひとだとおもってたから……でも…」
「青年、か?」
青年、赤羽龍斗。皐月姉妹と戦い、そして倒した龍化者。龍殺しの中でもトップレベルの危険人物に位置している人物で、今なぜか龍殺しに仮所属している。底抜けにやさしく、敵であったものでさえ赦す甘ったれな男
「はい……とってもやさしくて、っ、つよくて……あったかくて、ッ、おにいちゃんをころすなんて、したくないよぉ……」
幼い少女が揺れている。肉親意外に心から信じられる人が、自分たちが倒すべき敵だということに。そして今まで自分たちがやってきたこと、それが小さな心をどこまでも締め付ける。この少女は自らの行いに気付いたのだ
「君は優しいな。どうかその心をなくさないでくれ。今日はもう帰りなさい。辛くなったら私や守人先生に相談するんだよ?」
「はい……さようなら、せんせい」
「はい、さようなら。また明日」
校長室のドアをソロモンがあけ、恋が出ていく。最後に会釈をして恋は帰って行った
「……やれやれ、身内で争いは避けたいものだがな」
今まで握っていた手をほどくと、そこには8発の大型拳銃の弾丸が握られていた。それを机の上にじゃらりところがすと、校内放送で先生を呼びだした
「もはや放っておくことはできないな。さて……部有先生、阿賀先生、終業後校長室にお願いします」
終業時刻、校長室に中年先生一人と老先生ひとりが入ってきた。
一人は中年そのものといった風貌の教師、東皇部有。 少し剥げた頭に少しでた腹。若干だらしない体系をしているが、漂う空気が凛と張りつめており、同じ場所にいると少し居心地が悪くなる雰囲気だ。だが人望は厚く、彼のもとにはアツい心を持つ熱血生徒がよく集まる。
やんわりとした雰囲気の、髭の長い老教師が愉快そうに髭をいじっている。この高校で語学を中心に教鞭をふるっている有能な教師、阿賀 鷹治朗。女子生徒がよく先生が居眠りしているスキに髭を三つ編みに編んだりするが、『ワシ可愛い?』と返す、ユーモアあふれる人気の教師だ
この二人も龍殺しにかかわっているのだろう、ネックレスや指輪などに不可思議な文様の刻まれた装飾品をつけている
「やれやれ、物事を教えるのは骨が折れる…」
「蒸し暑さは老体には堪えるのぅ…」
「おつかれさまです、部有先生、阿賀先生。部有先生、剣道部とフェンシング部の調子はどうでしょう?」
「あぁ、二つとも全国大会で上位には食い込む程度には強くなっているはずだ。しかし掛け持ちはきついぞ」
「フフ、流石は序列第1位です。阿賀先生もご苦労様です。今月のテストの出来はどうでしょうか?」
「ホホ、みな良い出来じゃ。特に3年生はこのペースだと……そうじゃな、卒業するまでには大学レベルの問題すら読み解けよう」
もはやチートレベルの教育力だ。そしてなにやら意味深な単語も行きかっている
「流石です。やはり貴方方に任せてよかった」
「よせよせ、今は校長の配下。敬語など必要ない」
「むしろ敬語で話すべきは儂らじゃな、ホホ」
「貴方方だからこそ、敬語なのですよ。さて、本題に入ります。そろそろ龍殺しを乗っ取ろうと思います」
「「ほう」」
ソロモンの爆弾発言を特に驚くこともなさそうに受け止める教師二人
「彼らのやり口は度を越しています。少々キツめのお仕置きが必要でしょう、そういうわけで協力してもらいたいのです」
「ふむ、久しぶりに暴れるのも悪くはないか」
「ふむ、争い事はあまり好まぬのだがな。未来あるものの不幸は見過ごせまい」
「先ほどの皐月姉妹の失敗からいずれ近いうち新たな刺客がやってくるでしょう。この会話もおそらく盗聴されています。ならばどうする?」
「「「正面から立ち向かい完膚なきまでにたたき伏せる」」」
「そういうわけです。分かりましたか? この声を聴きながらほくそ笑んでいる方?」
さて、龍殺しでも何やら不穏な影が動いています。次はソロモンが活躍するかも?