黒き翼の先導者
ボリューム多すぎたか。まいっか!!
くだらねぇ。
教師が黒板につらつらと眠くなる呪文を書き連ねていく中、俺は窓の外を見ていた。いい天気だな……こういう日は外で思い切り体を動かしたい
「聞いているのか!」
「?! ぁあ、すみません…」
ボーっとしていたようだ。いまどきチョークが飛んでくるということはないものの、教師の一喝はそれなりにクるものだ。年取った教師はこれだから嫌いなのだ。戒めだといわんばかりに、畳み掛けるように問題の答えを聞いてくる
「この問題を解いてみろ」
「12π」
「……正解だ」
解を導き出すのにおよそ数秒。いつもどおり。クラスのやつらから「おぉ~」とか「スゲー」などとかいう賞賛の声が上がる。戒めに失敗した教師は不服そうだが。
成績優秀スポーツ万能、顔ランクもまぁまぁ。俗世間一般的にいう優等生である俺の名は黄泉川 堺人。現在高校2年生。現在絶賛人でなし中。龍モドキである
「おう、今日も絶好調だったなよーみん」
「よーみん言うなしwwお前は基本ゆるぎないよな、寺野」
「ヘヘヘ、それが俺のポリシー(笑)」
「自分で(笑)入れてどうするww」
「字面に突っ込んでくれるよーみん流石www」
「やかましいwww」
今しがた披露した漫才の相方だったこいつは寺野 竜太。俺の親友であり幼馴染だ。ん? さっきから性格違いすぎワロタとか草生やすなとか不届きな言葉が画面外から聞こえるが?
要するに俺は人見知りなんだよ。心を許した人しか素が出せない。だから皆の前ではペルソナを被って接するようにしている
「厨2病乙」
「モノローグにまで突っ込んでくる寺野律儀杉ワロタっと」
「めちゃ冷めてる?! ……ところでよ」
「ン? なんか面白いブラックニュースでも入ってきたか?」
「あぁ……そうだ……聞きたいかね、ヨミスンくん?」
手を組んでグラサンをクイッっとやる動作と不遜な笑みを浮かべる寺野。とっとと話せや
「なんだ、ずいぶんとティーを濁すな」
「茶を濁すと言え、ちょっと優雅でウゼェだろうが。イジメっ子グループのカシラの天田って居たろ?」
「あぁ、あのインテリ悪趣味変態野郎か」
「今朝入ってきた情報によると何者かにシメられて入院したらしい」
「結構なことじゃねぇか、ざまぁwww」
「それはいいんだが……シャレにならないくらいボコボコにされてたんだよ。原型ギリギリ留めてるってくらい。人間じゃ考えられねー様な力でタコ殴りだ」
人間じゃ考えられない。嫌というほど心当たりがある。俺のダチ、そして俺自身。人並み外れた力と心を体に刻み込まれる病。実際、病かどうかかもわからないので、便宜上そう呼んでいるだけだが。
『龍化病』
「…………」
「さらに他校のダチに聞いた話なんだが、同じようなことが他校で多発してるらしい。さすがに物騒だろ。まぁシメられてるやつはどうでもいいが」
「イジメっ子を狙う……まるでイジメられっ子のリベンジ喜劇じゃねぇか」
「ま、お前も気をつけとけ。お前見た目完全イジメっ子だし」
「ほっとけ」
ここで一応俺のスペックを記しておくとする
身長170くらい(細かいのは忘れた)、うっすら茶髪、ベッカムヘアー。頭髪だけ見たら不良一直線だが、制服のボタンとカラー(男子学生服の首もとのカタいやつ)はキッチリ全て閉めてあり、身だしなみの乱れとは無縁。
その、アレだ。高校生デビューしようとした結果がこれだよ。正直最初は浮いてました。んで、そんな俺にも恐れず話しかけてくれたのが寺野ともう一人
「また下らない話に花を咲かせているようね、黄泉川に寺野」
「「ゲ、いいんちょ…」」
「ゲ、とはなんだゲ、とは!!」
またやかましくも新しいのが出たので一応紹介しておこう。こいつは天見 夜実。俺を恐れず話しかけてきた人の一人。
あ、こいつ委員長だなって特徴をすべて兼ね備える委員長の中の委員長。というか若干時代がずれた委員長だが
分厚い丸眼鏡、おさげ、おせっかい、校則遵守、ちょっとやかましい。カッチカチの生真面目ちゃん。
でも俺は知っている。こいつ、意外とスタイルも顔ランクもかなり上位に食い込むほど整っている。分厚い眼鏡と着込んだ制服、そして漂う威圧感のせいで見落とされがちなのだ
そして俺が淡い心を抱く相手でもあった。男子なんてもんはな、女の子に声掛けられるだけで舞い上がってしまうもんなんだよ。
「わりぃわりぃ……いいじゃねぇか、男子高校生のものすごく健全な会話のひとつじゃないか、なぁ寺野?ww」
「そうそう、もンのすごく健全な話だよムフフwww座ってるのにタっちゃうような話www」
「「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」」
「な、なんということを! 学校の風紀を乱そうとするんじゃない!!」
顔真っ赤にして否定する委員長。うん、かわええ。と、唐突に委員長からド真面目オーラが漂い始めた。こっから先はシリアスですってか?
「それと……君たち、まさかいじめっ子の件に関わってないだろうな?」
「「……………」」
「…何だその沈黙は」
委員長、それは俺たちの見た目で判断しちゃった感じですかい?
やっぱね、外見で判断されたりすると傷つくよ。まぁ不良っぽいけどさ。ちなみに寺野の外見スペックは身長は俺と大体同じ、髪は茶髪でビジュアルバンドのような髪型。
だがこいつも俺と同じで間違った方向に頑張った結果がこれなのだ。根はイイやつなんだよ。ネタ歌歌わせると右に出るものはないよマジで
「まさかいいんちょ、俺たちが不良っぽいからとか思ってんじゃないだろな?」
「あー今ので俺傷ついちまったわー、寺野。見た目で判断されるってやつ? 不本意だわー」
「奇遇だなよーみん、俺も著しく心を傷つけられたわー」
「「はぁ~~~~~~~~~」」
「ちょ……わ、悪かったって……それに、私はお前たちを心配して…」
ふい、とわざとらしく窓のほうを向いてひじをついて溜息。ちょっと慌ててるいいんちょ。計画通り。数秒後、俺たちはイイ笑顔でゆっくりと振り向く
「慌てふためくいいんちょマジかわいいwwww」
「慌てとるwww 『ちょ…わ、悪かったって……』」
「『それに、私はお前たちを心配して…』 うはwwwテラかわゆすwwww」
「「ブッフゥーーーwwwww」」クスクスクス
「……貴様ら………」
数秒後、俺たちが鉄槌を食らったのは言うまでもない
~~~~
今日も何事もなく平日が終わる。帰路につき、正面のT字路に向かって歩きながら俺は思案する。帰ったらまず何しよう……宿題を終わらせて、ついでに予習と復習と……と考えていたときだった
ずきり。
俺の右手が疼いた。冗談抜きで。袖をめくる。黒い鱗が俺の腕いっぱいに広がっていくところだった
俺のある友人のように俺の腕には鱗がある。彼のように常にそれがあるのではなく、どういうわけか俺の場合普段は見えない。
こうやって近くに同じヤツがいると、少しずつ浮き彫りになるのだ。以前俺はこれを応用して同じようなヤツを探しだしたことがある。
これが出たということは近くに龍化者が……と思ったときだった
ゴガァァァァァァァーーーーン!!!!
目の前のコンクリートの壁をぶち破って人が飛んできた。飛ばされてきた人はもはや肉塊と化している
「あーあ、やりすぎちゃった」
舞い上がる土煙に、人の形をした人でなしの影が映っていた
「人がいたのか。まぁいいや。そこの貴様、とっとと消えてくれないかな。そこに転がってる挽肉みたいになりたくなければね」
ぶち抜かれた壁の向こうから姿を現したのは、俺と同じくらいの年の青年だった。短髪、細マッチョっぽく、悪い目つきに、目が釣りられて数時間たった魚のように淀んでいる
だがその淀んだ目は何か揺ぎ無いものが揺らめいている。良くも悪くも、真っ直ぐな眼だ
「……お前がここのところの騒動の犯人か」
「ん? あぁ、学校のゴミクズ掃除のことか。まぁね。俺は陰湿なことが反吐が出るほど嫌いでね。少しばかり粛清させてもらった」
「少しどころですむ問題ならよかったんだがな。さすがにあれはやりすぎだ。オーバオーキル甚だしい」
「だろうね。でもボクは後悔してない。ボクはボクの義を貫いたまでだよ」
「ギはギでも偽善の偽だろ。ここまでする必要はない。たとえそれが社会のクズでもだ」
「へぇ、庇うのか」
「勘違いするなよショタ声。オーバーキルは控えろってだけだ」
「ボクをッ…!」
空気にざわりと殺気が混じる。
次の瞬間だった。俺の目の前に拳が迫ってきているのに気づいたのは。そして次に気がついたとき、俺は顔面に激痛を覚え、そして背中が地面と擦れ合い、激しい摩擦熱を起こしているのに気づいた
ミシィ ゴキィ!! ドシャァァァ!!
「ショタ声と呼ぶなッ!!」
どうやらこの男にしては高い声がコンプレックスらしい。しかし驚いた。殴られたときの衝撃、前にある友人と渡り合ったときよりも強い。あの時は自身の能力で防御したので通じなかったものの、今回はモロに顔面に食らった。
赤い水滴が地面に大きなシミを作っていく。これほど大量に流れ出していると体の自己修復機能だけでは間に合わない
俺だって男だ。力を身につけたのなら試したくもなるし、使いこなしたくもなる。ということで修行の末身につけた能力の応用
「ふぅ~~~~……」
自分の体と影が一体化するようなイメージ……影は俺であり、俺は影でもある。そんなイメージ。鼻の出血している部分に能力の影を貼り付ける。血は止まった。簡易絆創膏
「へぇ、お前も龍化者か。自己再生……でもなさそうだな」
「へへ、ただアドレナリンを大量分泌しているだけだ」
「面白そうだ、正直クズの相手ばかりで体が鈍っててね。ホンキで戦えるヤツを探してたとこなんだッ!!」
ヒュゴっ!
「(速ぇッ!)」
アスファルトを踏み砕きながら拳が黄泉川めがけて一直線に振るわれた
~~~~
姿勢を低くし猛烈にダッシュ、ヤツの懐にもぐりこみアッパーを繰り出してきた。ヤツはそれを思い切り体を仰け反らせて避ける。バランスを崩して転倒パターンだ
「(掛かった!)」
相手が反応できないような速度での攻撃で意表をつく。避けられたとしても、回避行動でバランスを崩している相手にとどめの一撃、当たれば即終了。
のはずだった
こいつは地面に倒れず、沈み込むようにそのまま己の影の中に消えた
「影扉……うはwww厨2臭せぇwww」
数秒後、そいつは俺の背後に現れた。地面に現れた不自然な影から、ゆらり、と。
「フン、属性持ちか……くだらねぇ。漢なら拳で語ってみろよ」
「まぁ言わんとしていることはわからんでもない。近接格闘ではお前に勝てそうにねーからな、しゃーねーだろ」
「ほう、自分の弱点を認めるのか」
「自分の短所を見極め、改善する。それが俺のポリシー(キリッ)ww そういや、名乗りがまだだったな」
今まで自分が屠ってきたやつらとは全く違う、初めて出会うタイプの男。
「そうだな、これも戦いの礼節のひとつだ。俺の名は玄夢 刃流。黒拳龍、とでもいっておこうか」
「かっけぇww 俺の名は黄泉川 堺人。黒冥龍……みたいな? んじゃま、始めるとしますかね」
属性持ちなら厄介だ。それも単純な能力ではない、面倒この上なさそうな属性。闇。どう転ぶ?
「来たれ! 龍鎌・ジャグラヴィーン!」
黄泉川が空間に手を突っ込み、巨大で禍々しい造詣の大鎌を取り出した。属性にますます見当がつかない。汎用性も広そうだ。
比べて俺は近接格闘術しか能がない。身体能力はこいつよりも上らしいが。
『拳は極めればどんなものにも負けない巨大な武器となる』
恩師もあり父でもある師範の口癖だ。幼少よりずっと鍛えられてきた。周囲がドン引きするくらいの修行をずっと続けてきた。
父さんは、今の俺を見てどう思うだろうか。きっと、修行不足だ、とかいうんだろうな
『お前はその拳で何をなす? 弱いものを虐げる? それとも弱きを助け、強きをくじく? 否ッッ!! 自分の信じるギを貫くためだけに、振るえ』
ブゥン! という巨大な刃が空を切る音。俺はそれを先ほどこいつがやったように、上体を大きくそらせてよける。そして地面に手をつき、ブリッジする形に。足を振り上げ、相手の鎌を持っている手をサマーソルトキックで蹴り上げる
「痛ってぇ!!」
大鎌だけでなく大剣などの大型の武器はその大きさと重さゆえにとり回しが異常に難しい。大鎌ならなおさらだ。小回りの利く武器に苦戦を強いられるのは必死。
大きな武器は少し軌道をそらしてやるだけで使い手はおおきくバランスを崩す。むき出しのボディに渾身の一撃をブチ込む
「がふ……あぁぁぁぁあああぁぁ!!」
カルシウム質のものが砕ける音が音が俺の腹の中で響いた。あぁ、2~3本イッたかな……いや、そんなんじゃ済まないよな。だってコイツのパンチだもんな。
たくさんのクソ外道を食らってきた、こいつの
いじめっ子狩り。恐ろしいことだ、体を壊そうとするもの、心を壊そうとするもの。またはその両方。ひとつが消えればまたひとつが報復に。そうでなくとも新しいひとつが襲い来る。
力を手に入れたのならどうする? やり返す? 否、これは使命だ。虐げられてきた者たちへの手向け、とでも考えているのだろうか。どれにしろこいつの心は一つだろう
自分のギを、貫き通す
~~
「フン、案外脆かったな」
黄泉川と名乗った男は遠くブロック塀に飲み込まれ姿を消した。終わった。踵を返し、立ち去ろうとする玄夢。少々やりすぎたか。龍化者とはいえ、おそらくこいつはいじめとは無関係そうだし。そのとき玄夢は気づいた。自分が闘争心で目が曇り、暴走していたことに。激しい自己嫌悪の波に呑まれそうになったとき。背後で声がした
「ゲッホゲッホ……あぁーいてぇ……」
舞い上がる砂煙が少しおさまる。膝をつき、やっとこさ立ち上がる黄泉川の姿があった。来ていた制服は破け、丈夫な学ランが見るも絶えないボロ雑巾同然。
「ほう、案外丈夫なんだな」
「いやいや、今でもまだアタマクラックラするわ。腹ン中ぐっちゃぐっちゃいってるし………ゲホッ、ゴボッ」
口から大量の血液を吐く黄泉川。だが眼は死んでいない。まだやる気のようだ。冷たいながらも、激しい感情が蠢いている
「よーやく温まってきた。こっからはガチで行くぜ。歯ぁ喰いしばりやがれ偽善者め」
にぃ、と口角をあげられるだけあげて黄泉川が笑う。と、黄泉川の背中の黒い片翼が大きく広がる。まるで辺りに夜を齎さんとするように
「神々の黄昏 (ラグナロク)にゃちょっと早いが、飛ぶとしますかね」
「いいね。退屈は嫌いだし。じゃ、第2ラウンド行くとするか」
ヒビが入るほど強く地面を蹴りだす。懐に潜り込み、黄泉川の顎を狙う強烈なアッパー。玄夢の拳が黄泉川の顎の下にある影まで差し掛かったその時
「魔影之棘!」
黄泉川の顎下の影から棘が出現、玄夢の拳に深々と突き刺さる
「ぐ?!」
素早く棘から拳を引き抜き、バックステップで距離をとる。中指の拳骨からおびただしい量の血が流れ出す。どうやら思ったより深く突き刺さったようだ。手首のあたりまで痛みが響く
「影をある程度物質化することができる、硬度も龍化者の皮膚くらいは貫ける、か。悪いな、俺とお前じゃ相性が悪いようだ」
「それがどうした……今更もう戻れんぞ、どちらかが死ぬまでな」
「止めろとは言わねぇ。だがな、死なれちゃ困る。こんなくだらねぇことでお互い死にたくはないし」
「下らないだと?! ふざけるな!!」
玄夢のやってきたことを一言で全否定する黄泉川。冷たく辛辣な言葉の裏には、諦めすら感じる
「下らないね、そしてふざけてなんていないし。お前や俺のやってることは所詮は児戯だ。だが俺は児戯でもなんでも全力で取り組みたいタチでな。お前が泣いて謝るまで戦う」
鎌を低く持ち、ダッシュで接近。直前で鎌の柄を地面に突き刺し、それを支柱にして横蹴りを食らわす
足に影の刃を張り付け、玄夢の腕にめり込ませる
「影脚刃!」
斬打一体のその一撃は玄夢の左腕の皮膚を切り裂き、骨を砕き、本体を遠くブロック塀へ吹き飛ばす
ガゴォォォーーーン!! バヒュッ!!
立ち込める砂煙が晴れる間もなくそこから玄夢がロケットダッシュで飛び出してくる。片足になってもなお、闘争心は全く鈍っていない
黄泉川は背中の影の片翼を前方に展開、玄夢を防ぐ。玄夢の拳に伝わるは奇妙な感覚。柔らかいでも固いわけでもない、だが超えることのできない、本当に奇妙な感覚。あまりにも意味が分からな過ぎて、玄夢は叫んだ
「なんなんだよその黒いのはッ?!」
「俺の力の本質だ。なんて言ってみたが、自分でも訳分からんと思うよ」
その黒いのを突き破って黄泉川の手が玄夢の首を掴む。
「っは?!」
「俺の勝ちだ。圧影」
黒い片翼が玄夢を包む。感触は何もない。だが、身動きも、呼吸すらできない。冷たい闇の中で、やがて玄夢は意識を失った
「あら? もう終わったの」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。どこで聞いたのだったか……あ、そうだ。ひと時だけいたアウターヘイヴンで聞いたのだったか。
「お久しぶり、元気してた?」
江瑠弩荘住民、如月 舞奈が佇んでいた