幼馴染
PM16:00
私は目覚ましの音で目を覚ました。
私はシャワーを浴びるためにバスルームに行く。ホテルと違ってせまいユニットバス。それが現実。
私は頭からお湯をあび、寝癖のついた髪をぬらした。
バスタオルをはおり、新しい下着を出し身に着けてからクローゼットを開ける。
「いったいどこに連れて行ってくれるのやら。」
臨時収入が入ったからと言って高級レストランに連れて行ってもらえるとも思わないが、いつもみたいに居酒屋ってわけでもないかもしれない。
悩んだあげく、私はタートルの黒の半袖に気に入ってる白のレースのスカートをはくことにした。
肩より伸びた髪をドライヤーで乾かし鏡に向かい化粧を始める。いまだに自分の顔を直視し目にライナーをいれて目を少しでも大きくする作業にはなれない。ライナーがはみ出すこともしばしば。電車で化粧できる人をみっともないと思うが尊敬もする。
相手はハルキだ。スッピン姿で接してきていた期間が長いんだし、あんまり気にしなくてもいいだろう。そう思っていても自分自身が気に入るまで時間をかける。
なんとか自分が認めるレベルに達し(きっとまわりからはかわってないと言われるレベル)時計を見ると15:30になっていた。
何か忘れていないかを考え、見たいドラマが今日であることに気付いて急いでビデオ予約をする。
ビデオの山から新しいのを取り出しビデオデッキにいれ時間を予約する。
「DVDレコーダー欲しいなぁ。」
ビデオの画質が悪くなっているのと、部屋を占領するビデオの山をみて、私はつぶやく。
「長塚さんに頼もうかな。」
本気じゃない言葉を言い、一人でクスっと笑う。
きっと長塚は言えば買ってくれる。でも、本当に欲しいものは頼まない。それが私の中にある勝手なルール。理由は実用的なものはすぐに処分できないから。私と長塚の関係は長く続くものじゃないし、いつ終ってもいいように。終った瞬間に未練も何もなく終われるように。
ビデオの予約を終え私は鏡で全体を確認し鞄に必要最低限なものをいれて部屋を後にした。
時間は15時45分。待ち合わせ時間までギリギリといったとこ。私は小走りで駅まで急いだ。
駅まであとちょっとの距離になるとハルキの姿が見えた。スピードをあげようとすると、私に気付いたハルキが先に走って私のもとに着てくれた。
「またヒールの高いミュール履いて、転ぶぞ。」
あきれ顔でハルキが言う。そう言って私が走らないようにしてくれる、そういうさり気ない優しさが計算なしでできるのがハルキのすごいところだ。でも素直にお礼はいいたくないので、私は嫌味っぽく学校の友達から聞いた情報を言う。
「そういう優しさを誰にでも見せるから違う学科の子にまで告白されるのよ。」
ハルキはなんで知ってる!?といった驚き顔で私を見た。
「で、付き合うことにしたの?」
「断ったよ。」
ハルキのこの手の話題はよく聞くがいつも答えは一緒。理由はいつも聞かないけど、たぶん「なんとなく」とかそういうので付き合うことができない真面目な性格だからだ。なんとなくで長塚との関係を続けてる私とは大違い。
「ほら、行くぞ。」
少しぼーっとしていたのかいつのまにかハルキは少し前のほうで振り返る私を待っていた。
私は思いっきりハルキの腕にしがみつき、どこに行くのかを聞いた。
「まだ決めてない。お前何食べたい?」
高級なものは昨日食べたし、ハルキと食べるなら気を使わないで好きなものをおいしく食べたい。
「焼き鳥!!」
「本当に好きな、鶏肉。」
ハルキは苦笑して、ちょっと高めな焼き鳥屋に行くかと言って、そのまま歩き出した。私はハルキの腕を放さずそのままハルキの横を歩く。これはいつものことで、それが私とハルキの距離。
「そういえば、また聞かれたぞ。いつも一緒にいる子は彼女ですか?って。お前がいっつもこうやってひっつくから誤解が生まれるんだよ。」
「いいじゃん、こんなかわいい子がタダで抱き付いてくれるんだから。」
私が笑いながら言うとよく言うよっと言って私のおでこを軽く叩く。
ハルキの側は落ち着く。
それだけ、ハルキと私の一緒にいた時間が永いことの証明。
店に着き禁煙席を選び私たちは向かい合わせに座った。店員が飲み物の注文を聞いたので私はカシスオレンジを、ハルキはビールを頼んだ。
しばらくたち飲み物がきたので私たちは乾杯した。
「で、何の乾杯?」
疑問を口にすると、そういうことは先に言えよとハルキが苦笑する。
「んじゃあ、ハルの臨時収入に乾杯で☆★で、臨時収入って何の?」
私が自分のペースで話すとハルキは照れくさそうに私から視線をはずす。
「ハル?」
「お前、笑わない?」
横目でジロリと私を見てハルキが言う。笑えることなの?とも聞こうとおもったが、目の奥が真剣だったので、黙ってうなずくことにした。
「俺の書いた小説が授賞したんだよ。で、臨時収入が入ったの。」
「へ…?」
小説…?
授賞…??
何ソレ………
今までハルキが小説を書くなんて聞いたことがなかった。笑うより何より黙っていたことにショックをうけた。
「菜々穂?」
私が黙っているのでハルキは心配そうに私の名前を呼ぶ。」
「なんで黙ってたの…?」
自分でも驚くほど怒っている声で私は聞いた。
「ちゃんと電話であとで言うって言っただろ?」
「そうじゃなくて、小説を書いてるってこと!!隠すことないじゃない…。何年一緒にいると思ってるの!?」
責める口調で言うとハルキは落ち着いた口調で私を諭すように話す。
「別にわざと隠してたわけじゃなくて、言うタイミングとかなかったし、俺のことよく知ってるやつに小説見せるのとか恥ずかしかったんだよ。ごめん。」
「それでも言って欲しかった…」
寂しい気持ちになりつぶやくとハルキは小さく溜め息をついた。
「お前だって俺に隠してることとかあるだろ?」
「ないよ!」
私は咄嗟に叫んだ。
「私、ハルキに大事なこととか隠してない!長塚さんとのことだって…」
言って私ははっとする。おそるおそるハルキを見ると、ハルキの表情は不愉快と書かれていた。
「まだ続いてるのか、アイツと?」
私は黙ってうなずいた。
ハルキには長塚とのことを話している。というより、車で家まで送ってもらい別れのキスをしているところを、偶然私に会いにきたハルキに目撃されたのがきっかけでバレた。
ハルキは大きく溜め息をついて、ビールをジョッキ半分ほどいっきに飲んだ。飲んだあと再び大きく溜め息をついてしばらくたってから、ハルキは私の方を見た。
「授賞した作品、本になるから。発売される前に何冊か俺のとこ送られてくる予定だから、お前に一番にやる。」
「ありがとう…。」
まだ怒っているだろけどハルキは少しでも普通に私と話そうと気を使ってくれる。
その優しさが私の心に突き刺さる。
わかっている。ハルキが私のことを思って怒っていることくらい。
でも、私は長塚との関係を終わらそうとは思わない。
まだ…、まだ終わらせない。
「ほら、せっかくおごってやるんだから好きなもの頼めよ。」
「ねぎみ、ずり、つくねがいい。」
ハルキが話題を代えようとする。私はそれに便乗するしかない。だから、何もなかったかのように好きなものを注文する。ハルキはメニューをみながら何にするか悩んでいる。でも、メニューの向こうで本当は怒ってる。わかってしまう。
だってそれが私とハルキの距離だから…
『ごめんね』
この言葉が言えたらどれだけ楽か…
でも、自分が楽になるためにハルキを使ってはいけない。私がハルキに許してもらえるには長塚との関係を終わらすこと、ただそれだけ。
しばらくは少しぎこちなかったが、お酒の力もありいつものように楽しくハルキと話した。