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『だせぇ子供服に挟みやがって!』
『着古したパジャマなんか好みじゃねぇ!』
『タオルなんてやつ挟んでられっか!』
「――うるさいうるさいうるさい! 少しは黙れお前たち!」
あまりの罵詈雑言具合に――怜は思わず叫んでしまう。
『うるさい? なんだてめぇこっちの話が聞こえんのか』
『なら代わりに言ってくれよ。こんなしけた服に挟むな、って』
『そもそも俺たちが挟みたいのはもっとひらひら〜っとした可愛いワンピースで』
「う! る! さ! い! わかったから落ち着け! 自分らの主張ばかりするな! こっちの話も聞け!」
ぜえぜえと肩で息をしながら、怜は改めて「それ」を見る。
彼女に罵詈雑言を浴びせたのは他ならぬ洗濯バサミだ。それも結構な数の洗濯バサミ。服が飛ばされないように、と使用されている洗濯バサミの数は、それは結構なものだった。
「……なんです、怜さん。もしかしてなにか声が聞こえたんです?」
「……その通りだ。洗濯バサミがな、こう、うるさい」
『うるさいとはなんだうるさいとは!』
「そういうのをうるさいって言うんだ!」
*
「……つまり、お前たちの売られていた、なんだ、……百均の隣にあった服屋みたいな服を挟みたかった、と」
『おうよ。ひらひらっとしたワンピース!』
『可愛い襟付きのシャツ!』
『フレア素材のトップス!』
『細けぇリボンが装飾され』
「わかったわかった。お前たちの言いたいことはわかった。だがな、単刀直入に言おう。お前たちの望む服、洗濯バサミは使えんぞ!」
服が飛ばされても困る。洗濯バサミを集めることはできない。なのでベランダの真ん中で、より多くの洗濯バサミ達に声が届くように怜は言葉を続ける。
「そもおしゃれ着は外で干さないことがほとんど! それゆえ風で飛ばされる心配もない! あと服によっては洗濯バサミの跡がついてはならぬと忌避される!」
『『『『嘘だろ!?』』』』
「嘘を言ってどうする。大体なんでそんなおしゃれ着に目覚めてるんだお前たちは」
『そりゃあよぉ……』
もごもごと話し出したのは透明な洗濯バサミだ。
曰く、自分たちが売られていた隣のテナントが、女性向けファストファッションの店だった。キラキラした服に憧れ、いつか自分たちもああいう服を挟めたら――と盛り上がっていたらしい。
「……なんだそれは。それなら…….あ〜……、……お前たち、同じロット……、……同期の数がどれぐらいいるかは知ってるか?」
『知るかよ。でもまぁでけぇ箱にたくさん入ってたからそこそこいたんじゃねぇの?』
「あ〜……。……え〜っと……ついでに聞くが、まぁなんだ、おしゃれ着を挟めないストレスはあったのか?」
『もちろん』
「それで人間に八つ当たりした覚えは?」
『正直やったな』
「……一応聞くが、やり方は?」
『んなの簡単だよ。人間の寝る部屋のドアノブ。あそこをこう、タオルで引っ掛けて回すんだな』
「……自律できるのかお前たちは」
『めちゃくちゃに頑張ればな。でももうあれっきりだろうなぁ。想像以上に疲れちまった。あぁそれでな、いっつも俺たちを使ってる人間の手! 憎っきあの手! あの手にダイレクトアタックかましたり挟んだりしたってわけよ!』
――つまるところ。
おしゃれ着を挟みたかった洗濯バサミたちが、自分たちの望まぬ布を挟む仕事に従事するハメになった。その鬱憤を晴らすために洗濯物をよく干す人間たちに当たり散らしていた。
この地域でしか起きないのは、多分だが「おしゃれ着に対する憧れ」を持つ洗濯バサミが、特定ロットの、この地域の百均で販売されたものだから。
乳幼児の被害者がいなかったのは、そこまで小さいと洗濯物を干すことなどできないから。だからこそ大人ばかり被害にあっていた……ということなのだろう。
「ダイレクトアタックかますのも結構だがなあ、そいつらが手を負傷したら、誰が洗濯バサミを使ってくれると思うんだ? 手が使えないとお前たちを扱うのはなかなか難しいはずだが」
『うっ……』
「それにだ。確かに望む服を挟めず不服だろうが、お前たちが今挟んでる物だって立派な服だろうが。見てみろそのクマさんを。あとなんだ、……タコさんウインナーとか……、憶測でしかないが、きっとあの子供のお気に入りのものばかりのはずだ」
怜が指差すのは赤ちゃんの服たちだ。
大人向けには決してあり得ない柄の服たち。風になびく彼らは、とても気持ちよさそうにしている。
「偉いと思うぞ。不満を抱えながらも、仕事を放棄せずちゃんと洗濯バサミとしての仕事を全うしている。お前たちは偉い。お前たちのおかげで、あの可愛い赤ちゃんの服を綺麗に乾かすことができるんだ」
『……本当に偉いと思うか?』
「もちろんだとも。赤ちゃんの服だけじゃない。お前たちがいなければ風で服があちこちに飛んで、みんな困り果てていることだろうよ」
『……服が飛んで困ることなんざ……』
「ここは全裸で生活できる国じゃない。だから服は必須なんだ。絶対洗濯する必要がある。それにだ、服が飛んで電車の架線にでも引っかかってみろ。それこそ何十万人規模の暮らしに影響するんだ。お前たちはそれを未然に塞いでいる。挟む服に不満はあるかもしれないが……、誇っていい仕事だ」
そこまで話したところで、洗濯バサミたちは一斉に沈黙した。
「……そういうわけだ。人間に八つ当たりはやめてもらえるも助かるんだが」
『……まぁ……別に……あれ一回しかできないのはわかってたしよぉ……やることもねぇけど……』
ぼそぼそとバツが悪そうに話す洗濯バサミに、この調子ならもう大丈夫かな、と怜は思う。
「ところでなんだが……、……他の洗濯バサミもお前たちのような挙動をしているらしくてな。こう、なんだ、洗濯バサミ同士で意思疎通というのか。離れた場所にいる奴らと会話することは可能なのか?」
『そりゃあもちろん。だって同じ種族、むしろなんでできねぇと思ったんだよ』
「人間はそういうわけにもいかないんだよ。ならこう、どうにかして他の仲間にも伝えてくれないか。お前たちなりに不満はあるだろうが、それでもそれは誇るべき仕事だと」
『……まぁ……本当はかな〜り嫌ですけど……あそこまで俺たちを褒めてくれたお前さんが言うなら』
「ありがとう。こちらとしても助かるよ」
さて、と怜は振り返る。
そこに佇むのは暇そうな様子で腕組みをする藤原の姿だ。
「終わりましたぁ? ほんっとに側から見てると大きいひとりごと言ってるみたいですね」
「うるさい。……しばらくは様子見が必要だろうが……まぁ大丈夫なはずだ」




