表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

君だけが理解していない真実があるのではないか?

うなされた。

夢でうなされた。

何があったかは覚えていない。

しかし、恐怖だけが残った。

寝巻きのスウェットはずいぶん湿っていた。


6日目

「君だけが理解していない真実があるのではないか?」

というメッセージが届く。

昨日同様これ以外には、何もない。

ただこれだけのメッセージ。


今回のメッセージは……、

なんだろう。


とても不気味に感じた。


時計を見る。午前6時30分。

いつものように、

父と母は朝ご飯を食べている。


今日もテレビがついていない。


「おはよう」

と俺が言うと、

二人ともニコッと笑った。


「あのさ。父さんと母さんは知ってるけど、俺は知らないことってある」

と俺は言った。


「そりゃあるさ。お前が生まれる前のことなんて、お前は知らないだろう」

と父さんは言った。


「そうだね」

と俺は言った。


「でもな。それは俺も同じだ。お前が普段何をしているかとか、まったく知らん。ガソリンスタンドで働いてる。窓ガラス拭いてる。ガソリンを入れてる。灰皿を交換している。オイル交換も洗車もできる。それぐらいだ」

と父さんは言った。


「結構知ってるね」

と俺は言った。


「バカ。こんなの知っているうちに入らないわ。もっと色々あるだろ。人間関係とかな。昼飯は何食ってるとか。そういうのがないと理解はできないわ」

と父さんは言った。


俺は納豆をかき混ぜながら、考えた。

「君だけが理解していない真実があるのではないか?」

とは何だろう。


「あのさ。俺だけが理解していない真実があるとしたら、何だろう?」

と俺は言った。


二人とも考え込む。

「わかんねぇな。そもそもお前が理解している真実が、どの程度あるかもわからないし、そんなことわかるわけがねぇだろう」

と父さんは言った。

母さんもうなづいている。


「そうか……、たしかにそうだね。

俺も逆に質問されたら、難しいわ」

と俺は言った。


「だろ。あんまり面倒なこと考えるな。いいか。飯食って、仕事して、寝る。人間ってのは、それで幸せだ」

と父さんは言った。


父さんの言葉は真理をついていた。

まったくもってその通りだ。

しかし、

心には波紋一つ起きていない。

これほどまでに空虚な瞬間ははじめてだったかもしれない。


パスカルという人物は、

『人間は考える葦である』と言った。


意味的には、人は葦という弱々しい植物のように脆弱であるが、考えることで偉大になったというような意味らしい。


パスカル的に言えば、父の今の状況は考えることを放棄した葦。

ただの弱々しい脆弱なだけの存在ではないのか?


しかし……

ちょっと待てよ。

座禅を組む時、考えるなと。

思考が入ってきても、ただ観察して流すように勧められた。


パスカルは考えることを勧め、

禅と父さんは考えないことを勧める。


いや少し待て……、

禅には問答というものがある。

問いに対して、答えを出す、質問形式の修行のようなものだ。


ということは、禅は考えることを否定はしていない。

では何を否定している。

あぁそうか……。

雑念か。

雑念はノイズのようなもの。

ラジオにノイズが入れば、聞きづらい。

これは本当はクリアに見えるはずの世界も、

ノイズが入れば見えづらいということなのではないか?


ではノイズとは……、

そうか、

焦りとか、執着とか……、

まさにそういうのだ。

うん。本当にそうか?


たしかに、焦りや、執着は悪いものとして扱われる。

しかし、焦りがなければ行動しない。

執着がなければ行動はしない。

つまり焦りも執着も行動させるエネルギーのような役割は果たす。

行動させるエネルギー?

そうか……、

焦りも執着も行動させるエネルギーの状態でとどまれば良し。

その状況を超して、精神を侵食しだせば悪し。

ということなのではないか?


そうか……。

全てはエネルギーをどう使うかなのではないだろうか。

人生におけるレールでさえ……。


あらかじめ、レールの敷かれた人生は、

レールを敷く側のエゴでもあるが、

同時に優しさでもあり、

同時に傲慢さでもある。

レールというものは、表面上安全に見えて、

時間という残酷な経過年数という変数を加えた時、

残酷なトラップにもなりうる。


俺の父さんはレールを敷かなかった。

自分の人生にYesという感覚がなかったのだろう。

代わりに、父の人生というルートには進ませなかった。

ある意味、わかりやすい逃げ道を絶たれてしまったのだ。

レールを敷く、レールを敷かない。

どちらの人生も残酷だ。

片方は強制。

片方は見捨てられ、退路を断たれる。

そんな錯覚を子に与えるかもしれない。

つまり、そもそもレールなど存在しないということなのだろう。


レールに乗り、サラリーマンという人生の安全域を謳歌していた者は、

不祥事という落雷を受け、リストラされ路頭に迷う。


レールの上でさえ、運ゲーだ。


そもそもレールという観念さえも、幻想なのだろう。

雑に書かれた仕様書のようなものだ。


しかし……、

「君だけが理解していない真実があるのではないか?」

答えが出せるとしたら『わからない』だ。


おや……、ちょっと待てよ。

『わからない』

ということは世界には多い。

いや逆説的に言うと、わかっていることより、わかっていないことのほうが多い。

しかし、

俺はわからないことを許していたか?

もしかすると、理解していない真実は、わからないへの寛容な態度なのかもしれない。


俺はスタンドに向かう。

いつものようにスタンドの自動販売機で缶コーヒーを買う。

何も変わらない日常。

しかし、座禅の究極系が日々の仕事だという認識を持つと、少し明るく見えた。

そういえば、禅寺では、日々の雑務を作務といい、修行の一環だと言っていたな。


仕事をパーツだと思う人生、

仕事を修行の一環だと思う人生、

仕事を悟りの一形態だと思う人生、

全然違う気がする。

少なくとも、俺は仕事を悟りの一形態だと思えるようになれば、救われる気がする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ