凍結する世界
いつものように俺は目覚める。
時計を見ると午前6時30分。
いつものように、
父と母は朝ご飯を食べている。
今日もテレビがついていない。
「おはよう」
と俺が言うと、
二人ともニコッと笑った。
そして……、
そのまま止まった。
「父さん、母さん」
と俺は言った。
何も反応しない。
テレビの電源を入れる。
動かない。
リモコンを使う。
動かない。
電池を変える。
動かない。
父さんをくすぐっても、こついても動かない。
瞬きすらしない。
俺は外に出る。
外も静まり切ったまま、動きを止めている。
世界は静止した。
風も、
水の流れも、
すべては止まったままだった。
いったい何が起こっているのか?
理解できなかった。
スマホを操作する。
スマホは何の反応もしない。
俺は街を歩きまくる。
何も動いちゃいない。
蝶々も飛んでいない。
鳥も飛んでいない。
ただ全てが静止している。
俺は疲れているのかもしれないと、家に戻り睡眠をとった。
そして目覚めた。
何時間寝たのかわからない。
でも時計は午前6時30分のまま、動いていない。
俺はスタンドに行く。
この時間はまだ開いていない。
俺はスタンドの自動販売機に硬貨を入れる。
何も反応しない。
お金を入れても、動かない。
戻っても来ない。
俺はオーナーの家に行く。
呼び鈴を鳴らす。
音が鳴らない。
俺は窓から家の中を覗く。
オーナーは朝ごはんの途中で静止していた。
俺は知り合いのところをあちこち回った。
全員静止していた。
ネットカフェに忍び込み、インターネットをしようとしたが、電源が入らなかった。
そして、どこの家のテレビも映らなかった。
暇なので、父の顔にマジックで落書きをしてみた。
やりたかったことだが、ただ虚しいだけだった。
人は、
『世界が静止したらやりたい放題』だという妄想を持つ。
しかし、本当に世界が静止した時、
すべてが虚無になる。
少なくとも俺はそう思った。
全ては、
なんらかの反応があるからこそ、楽しいのだ。
落書きをして、怒られたり、消されたりするから、
きっと楽しいのだ。
自分がやることに、世界が反応しなければ、
それは、きっと苦痛なだけだ。
仕事でも、
「ありがとう」
というお客さんの一言があるから、
頑張れる。
「ありがとう」
というのは義務ではない。
みんなが言える事ではない。
しかし、
それこそが人間らしい、
当たり前の行為なのだと、
はじめて気が付いた。
俺はそれからも、動いている人を探し続けた。
高校時代に使っていた自転車を修理して、
街のあちこちを尋ねた。
午前6時30分という時間が悪かったのか。
どこも人自体が少なかった。
寝ている人も多いのだろう。
俺には永遠の眠りに感じた。
毎日毎日、あちこちを回った。
自転車で何十時間走っても、疲れすらしない。
疲れないという事に、自分が人間でなくなった可能性すら感じた。
俺は時々、自分を鏡に映して確認した。
時間という概念は、走っている距離から推測した。
自転車は動くが、車は動かなかった。
これはきつかった。
ただ自転車はパンクも故障もしなかった。
これはありがたかった。
俺はひたすら自転車であちこちに行った。
全ての都道府県を回った。
でも、
どこにも動いている人や物はなかった。
俺は何の反応もない世界で、
たぶん10年間くらい生き続けた。
腹も空かなければ、
眠たくもならない。
そして、
トイレすらも行っていない。
俺はただどこかに行けば、
動いているモノに出会えると思って、
歩き続けた。
歩いても歩いても、疲れもしない。
自転車であちこち回った。
腹が空かない。
眠たくならない。
睡眠欲も食欲もなかった。
俺は生きているのか、疑問に感じた。
自分が存在しているのかすら、疑問に感じた。
俺は診断メッセージを見たくなった。
あれを見たら、
きっと答えが、
そう思った。
しかしスマホは動かない。
そして今、俺の目の前に、俺と同じ顔をした男が立っている。
彼は俺に話しかけてきた。
「君は自分を見つけられたかい?」
「この世界はどうなっている?」
と俺は言った。
「本当の自分は、ふとした午後のティータイム、勉強や労働のあとの風呂、歯磨きをしている時……、
そんな時にふと現れる」
と彼は言った。
「俺は本当の自分なんて、もう探しちゃいない」
と俺は言った。
「あぁ、こんな人生も悪くない。
そう思っている。
それが本当の自分なのではないだろうか」
と彼は言った。
「俺の話を聞け」
と俺は言った。
「君が思っているより、君は君らしく生きているだろう」
と彼は言った。
「少しでもいいんだ。コミュニケーションが取りたいんだ」
と俺は言った。
「しかし君が本当の自分ではない。そう感じれば感じるほど、本当の自分が見えなくなる」
と彼は言った。
「本当の自分なんて……、
もういいんだ」
と俺は言った。
「そう……
本当の自分は隠れているのではない。
君自身が隠しているのだ」
と彼は言った。
「俺が隠している?」
と俺は言った。
「そして君の人生は、本当の君が選んだものだ。
偽者の君が選んだものではない」
と彼は言った。
「本当の俺が選んだもの……」
と俺は言った。
「だから、ただ一つ。
君を肯定して欲しい」
と彼は言った。
「なにを……」
と俺は言った。
「俺の人生は悪くなかったのだと。
後悔などする必要はなかったのだと」
と彼は言った。
「後悔していたのか……」
と俺は言った。
「そう思った瞬間、
君にかけられた呪いは解ける」
と彼は言った。
(ぱちん……)
世界には、前に見たあの粒子が流れ込んできた。
「これは……、あの時の」
と俺は言った。
「そして、そこに小さく、脆弱で臆病で繊細な君がいる。
しかし、その君は、誰よりも大きく、頑強で力強い。
本当の君なのだと、きっと理解できるだろう」
と彼は言った。
「本当の俺……」
と俺は言った。
「ようこそ。君の本当の世界へ……」
と彼は言った。
止まっていた時刻は1分だけ進んだ。
他は何も変わってはいない。
しかし、
俺の人生は悪くなかったのかもしれない……。
END




