表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/42

第8話 声優と、作者と、弟と。

週末。

出版社が借りているアニメ収録スタジオの一角に、東雲悠真は立っていた。


隣には担当編集の朝陽。

場慣れしている彼女とは対照的に、悠真はどこか落ち着かない。


「本当に来てくれて助かりますよ。

 原作者チェックがあると、現場の動きが全然違うので」


「僕なんかが来て意味あるのかな……」


「あります。めちゃくちゃあります」


朝陽は苦笑しながらも、強く言い切った。

(※業界全員が“天才新人”扱いしている本人だけが理解していない)


その時、スタジオの扉が勢いよく開いた。


「おはようございます! “黎明先生”はもう来ていますか?」


鈴のような明るい声が響く。

入ってきたのは――

人気声優・白鷺ゆり。


彩花の姉にして、東雲作品の熱狂的ファン。


白いカーディガンに淡いピンクのワンピース。

小柄なのにステージ映えする“華”のある女性だ。


朝陽が挨拶する。


「白鷺さん。今日は原作者さんが視察に来ています」


「え!? 会えるんですか!」

ゆりの瞳が一瞬で輝き、空気がぱぁっと明るくなる。


(※もちろん“地味男子=黎明先生”とは思っていない)


「どんな方なんですか!? 文章があんなに繊細で……

 絶対、雰囲気のあるクリエイターって感じですよね!」


「……紹介しますね」


朝陽は横に立つ東雲を軽く押す。

ゆりが振り返った。


「――あれ?」


ゆりの足が止まった。


そこにいたのは、

学校にいたら間違いなく“普通の男子”に分類される――

いや、やや地味寄りの青年。


「こちらが原作者の東雲悠真くんです」


「ど、ど……どっ、どうも……白鷺ゆりです……」


顔が一瞬で真っ赤に染まっていく。


「ほんとに……普通の人なんだ……っ」


「普通でごめんね……」


「いえ! すごくいいです!!!(何が!?)」


ゆりは慌てて台本を取り出し、誤魔化すようにめくった。


「こ、このシーン!

 “……ありがとう”のセリフの“間”がすごく好きなんです!」


「間?」


「はい! 先生の文は、言葉の後に“3文字くらいの沈黙”があるんです!

 それが自然で、温かくて……!」


東雲はきょとんとする。


「そんなふうに考えて書いたことないけど……」


「えっ……無意識で……?」


ゆりは衝撃で台本を落とした。


朝陽も苦笑しつつ呆れている。


「白鷺さん、先生は全部“無意識の天才”なので」


「……天才……」


ゆりは東雲の横顔を見つめ、胸を押さえた。

気づいてしまった。

地味なのに、普通なのに、

“作品だけで世界を動かす人”だと。


――その時だった。


壁の向こうから妙な物音。


「うぅ……また……東雲……姉貴と仲良くしてる……

 僕のライバル……敵わない……」


朝陽はため息をつき、壁を開けた。


「桐谷さん、何してるんですか」


出てきたのは新人作家・桐谷海斗。

ゆりの弟。

そして東雲の才能に勝手に燃えて勝手に負けて勝手に落ち込む男。


「ぼ、僕はただ……原作者の視察に来て……

 姉貴がまた才能ある男にときめいてて……

 東雲がまた一歩先にいて……

 ぐぬぬぬぬ……!」


「帰ってください」


「わかったよ!!」


泣きそうな顔で去っていった。


東雲は困ったように笑う。


「桐谷くん、いつもあんな感じなの?」


「はい。先生のファン兼ライバル兼めんどくさい弟です」


ゆりが少し照れながら東雲に近づいた。


「せ、先生……

 よかったらこの後、キャラの心情についてお話ししたいです。

 私、先生の書く“温度”をもっと知りたくて」


東雲は自然体のまま微笑んだ。


「うん。僕でよければ」


ゆりの心臓が跳ねた。


(……こんなはずじゃなかったのに……

 私、作品のファンだっただけなのに……

 なんで……この人、こんなに……)


距離はほんの少しだけ縮まる。

だが、ゆりはまだ知らない。


――目の前の“普通の男子”が、

自分の妹・彩花が崇拝している“作者そのもの”であることを。


そして彩花は

“この男を告白で振ったばかり”であることも。


物語は、三人の運命をゆっくり絡ませ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ