第7話:静かな日常と、勝手に燃える男
放課後、東雲悠真は大通りから少し外れた小さなカフェにいた。
学校では机の上に物をほとんど出さないが、ここではノート、タブレット、資料が広げられている。
落ち着いた空間と甘いコーヒーの香りが、彼の創作スイッチを自然に入れていた。
そこへ、出版社の編集者・ 朝陽 がやってくる。
東雲担当の若手だが、優秀なことで知られている。
「東雲さん、お待たせしました。今日の企画なんですが――」
資料を広げる朝陽。
だが東雲は話を聞きながら、すでにノートの端に何かを書き出している。
「こういう二作品同時企画をお願いしたいんです」
「うん、こうすれば大丈夫だと思うよ」
ペンを止めることなく自然に構成が浮かび上がる。
朝陽はそのスピードに息を呑む。
「……早い。というか、もう完成レベルですよ、それ……」
東雲は首を傾げる。
「え?普通だよ。浮かんできたまま書いただけだから」
朝陽は思わず笑ってしまう。
天才を担当するとはこういうことなのかと実感しつつ、同時に「これを新人が自然体でやるのは反則だ」と心の中で嘆いた。
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すぐ近くの席には、別の人物が座っていた。
サングラスに帽子という、やや不審な格好―― 桐谷 海斗、中堅ライトノベル作家だ。
(……まただ。東雲、なんでそんな自然体で作品ができてるんだよ……)
勝手にライバル視している桐谷は、東雲の創作スピードを目の前で見せつけられ落ち込む。
「さすが……僕のライバル……だ……」
言いながらテーブルに突っ伏した。
朝陽は気づいて苦笑する。
「桐谷さん、また盗み見してるんですか」
「ち、違う……偶然だ……偶然、同じ店に……!」
東雲は特に気にしていない。
「桐谷さん、こんにちは」
「うう……なんでそんな爽やかなんだよ……!」
この日も、東雲は天才ぶりを無自覚に発揮し、桐谷は勝手にライバルとして燃え、そして沈むのであった。
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一方その頃――彩花は自宅でスマホを手に、「覆面作家・黎明」の最新更新を読んでいた。
(……やっぱりすごい。この人みたいな人、現実にいたら……)
胸を高鳴らせながら、現実の東雲とはまったく結びつけていない。
舞台裏では天才が動き、
学校では地味キャラとして存在し、
それらはまだひとつの線には繋がっていない。
だが、それも長くは続かない。
早くも「作者バレ」への伏線は、静かに積み重なり始めていた――。




