第50話 昨日の続き。彩花は、まだ知らない自分の感情に触れる
放課後。
西日に照らされた廊下は、人影もまばらで静かだった。
東雲悠真は、教室の前で彩花を待っていた。
彩花は胸を押さえながら、ゆっくりと近づいていく。
(……なんでだろう……
ただ“話がある”って言われただけなのに……
こんなに心臓が……)
昨日、東雲に告白されて――
言葉が怖くて逃げ出してしまった。
その続きを、今日は逃げずに聞かなければ。
深呼吸して、彩花は静かに声を出した。
「……悠真くん。ごめんね、待たせて」
東雲は微笑む。
「ううん。来てくれてありがとう」
その自然すぎる優しさに、彩花は胸を少し痛めた。
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◆夕陽の階段で向き合う二人
二人は人の少ない階段へ移動し、腰を下ろす。
軽い沈黙が落ちた。
東雲が口を開く。
「昨日のこと、ちゃんと伝えようと思って」
彩花は唇を噛む。
「……うん」
「僕が急に言っちゃったから、驚いたよね」
「……驚いたよ」
彩花は正直に言った。
けれど――
その続きが言えない。
(驚いた理由は……
“好かれる覚えなんてないから”で……
それに……)
心の奥で、生まれたくない感情がざわつく。
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◆東雲の“答え合わせ”
東雲は柔らかい声で続けた。
「昨日……僕は、桐谷の励ましとか、色んな気持ちも混ざってて……
勢いで告白しちゃったのかもしれない」
彩花の瞳が揺れる。
東雲はまっすぐ彩花を見た。
「でも、その気持ちが本物じゃなかったわけじゃない。
ちゃんと……彩花さんを好きだって思ってる」
心臓が跳ねる。
彩花は俯いた。
「……そんな……」
思わず、声が弱く震えた。
(……なんで……
こんな、私なんかに……)
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◆彩花の“拒絶”の奥にある本音
彩花は勇気を振り絞るように顔を上げた。
「悠真くん……昨日言ったよね。
私が好きなのは……あの作品の作者みたいな人で……
悠真くんみたいに……普通で……パッとしない人じゃないって」
言葉が刺さるように響く。
東雲は微笑むだけ。
「うん。覚えてるよ」
彩花は胸の奥が痛んだ。
(こんな言い方……本当に酷い……
なのに、どうして悠真くんは怒らないの……?)
彼女自身、理由が分からないまま言葉を続けた。
「……だから、悠真くんの気持ちには……応えられないよ」
はっきり口にすると、胸がぎゅっと締めつけられる。
拒絶の言葉なのに、なぜか涙が出そうになる。
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◆東雲の返答は、予想外に優しかった
「うん。ありがとう。
ちゃんと答えてくれて」
彩花は、顔を上げたまま固まる。
(なんで……そんなふうに言えるの……?)
悠真は続けた。
「断ってくれてよかったよ。
無理に受け取られても困るし……
“今の気持ち”を言ってくれたほうが嬉しい」
その優しさが胸に突き刺さる。
彩花の心の奥で、何かが揺らぐ。
――私が好きな人は“ああいう作者みたいな人”で、
――悠真くんみたいな普通の人じゃない。
そう言い切ったはずなのに。
「……ねえ、彩花さん」
東雲が静かに言う。
「でも、これで終わりじゃないから」
「……え?」
彩花は目を見開く。
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◆無自覚天才の“追撃宣言”
「好きって気持ちは……そんな簡単に消せないから。
うまく伝えられるようになるまでは……
また、話したい」
彩花の胸が跳ねる。
(なんで……
そんなふうに言うの……)
東雲の表情は穏やかで、でもどこか真っ直ぐだった。
「無理に距離を縮めるつもりはないよ。
でも……ちゃんと好きだって言い続けるから」
彩花は息を呑む。
昨日と違う。
これは――逃げられない告白だ。
「だから……彩花さん」
東雲は優しく微笑んだ。
「また明日、話そうね」
彩花は答えられなかった。
ただ胸の奥が熱くなり、息が苦しくなっていた。
(……なんで……こんなに……)
東雲が教室に戻っていく。
その背中を見送りながら、彩花はぽつりと呟いた。
「……私……なんか……変だよ……」
夕暮れの階段に、揺れる胸の音だけが響いていた。




