第11話 揺れる距離と、知られざる才能
翌日の放課後。
教室には静けさが戻り、部活の声もまだ響かない。
彩花は心臓を押さえながら、東雲悠真の机の近くで立ち止まった。
目線を伏せ、言葉を探す。
(……やっぱり、昨日の写真……
本当にあの人……東雲くん……?)
しかし、目の前の悠真はいつも通り地味で、
クラスでは存在薄めの普通の男子だ。
「ねぇ、悠真くん」
彩花の呼びかけに、悠真は顔を上げる。
「ん?どうしたの?」
その笑顔に、彩花は心臓を跳ねさせる。
(……やっぱり……普通……
でも……なんか……違う……)
彩花は咳をしてごまかした。
「えっと……その……ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
悠真は首を傾げ、ゆるく椅子にもたれる。
その無防備な姿が、彩花の胸をざわつかせる。
「昨日の……写真、見たの。
えっと……あの……」
彩花の言葉は途中で止まる。
何を言えばいいのか、どう伝えればいいのか、迷った。
悠真はにこやかに待っていた。
(無自覚に天才で、無自覚に優しい)
その雰囲気が彩花をさらに混乱させる。
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◆揺れる距離
一歩前に出ようとした彩花。
しかし、心の奥で冷静な自分が囁く。
(……やめて……私が振ったんだから……
変なこと考えちゃダメ……)
でももう、目を逸らせなかった。
胸の奥の熱が、理性を少しずつ溶かしていく。
「その……あの……私……昨日の写真を見て……」
彩花は声を小さくして言う。
しかし悠真にはまだ意味が伝わらない。
「写真……?」
「ううん、なんでもない……」
彩花はぎゅっと握りしめた鞄を胸に当て、
小さく息を吐く。
(……違うの。悠真くんは普通だけど、
でも私が尊敬してる人と……どこか似てるの……)
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◆偶然の接点
その時、教室のドアが開く音。
朝陽が教室に入ってきた。
「おっと……今日はまだ残ってるんですか?」
悠真は軽く頭を下げる。
彩花も少し身を引く。
朝陽はふと彩花に目を向けた。
「彩花さん、興味ありそうですね。
作品に関わる人のこと……」
「えっ!? な、ない……そんなことないです」
彩花の頬が赤くなる。
悠真はただ首を傾げ、無邪気に笑う。
「……どうしたの?」
彩花は言葉に詰まり、俯く。
胸の中で、理想の作家像と現実の地味男子が入り混じる。
(……あの人……作家……なの……?
まさか……悠真くんが……!?)
胸が高鳴り、理性が少しずつ揺れる。
彩花はまだ知らない。
これから彼女の視界に入るのは――
“無自覚天才の正体”そのものだった。




