7.初めての願い事
ひとしきり騒いだあと、部活仲間たちとコンビニ前で別れた。
「じゃ、また明日ねー!」
「カイ先輩、またお会いしましょ~♡」
「澪先輩、マジで羨ましいっす……!」
手を振る仲間たちを見送りながら、澪は「頼むから勘弁して」と心の中でつぶやく。
カイは、というと――
「ふふ、澪の友達って、みんな元気いーねー」
と、まるで観光客みたいな笑顔で言ってくる。
「……まあ、そうなんだけどさ」
校門を抜け、住宅街へ続く坂道に差し掛かる。
夕暮れの光が二人の影を長く伸ばしていた。
「でもさ、頼むからインハイ予選前に、うちのチームに恋愛関係のいざこざとか、持ち込まないでよね」
「えー?何その警戒心。僕が澪ちゃんのお友達に手を出すとでも?」
「思う」
「ひどっ!」
カイはわざとらしく肩をすくめ、笑ってみせた。
「信用ないなー、僕、そんなチャラく見える?」
「見える。てか出会って二日目のあんたに、信用なんて微塵もないから」
「つれないなぁ……」
とカイがぼやいたその時、不意に思い出したように顔を上げた。
「あ、でもね?今日、クラスの女の子三人から付き合ってって言われたんだよね〜。
誰と付き合おうかなーって、迷ってるとこなんだ〜」
にこにこと、どこまでも軽やかに。
「うげっ……初対面で告白って、マジで信じられない。
……まあ、好きにすればいいんじゃない?」
澪は腕を組み、素っ気なくそう返す。
けれどその胸の奥には、ひなたとりりあが「カイ推し♡」とか言い合っていたのを思い出して、なんとなく嫌な予感がもやもやと渦巻いていた。
(絶対、面倒くさいことになりそうな予感しかしない……)
そのとき、ふと気をそらすように澪が口を開いた。
「――あ、そういえばさ。今日の“お願い”、まだ叶えてなかったよね?」
「……あっ!」
カイがぱちくりと目を瞬かせる。
「忘れてた!そうだそうだ、今日の分まだだった!」
「忘れてたって……あんた、それ、自分の呪い解くためなんでしょ?」
「うーん、それもそうなんだけどさ……」
「ほんとに魔法なんて使えるの? 実はただの手品とか、洗脳とかじゃないの」
澪がじと目を向けると、カイは胸に手を当てて大げさにため息をついた。
「やだなあ。澪ちゃん、まだ疑ってるの? じゃあ――証拠、見せてあげる」
カイが軽く手を掲げると、一陣の風が街路を駆け抜けた。
ヒトツバタゴの白い花が枝から溢れるように散り、季節外れの雪のように空へ舞い上がる。
やがて渦は澪の頭上へと広がり、花片がひとひらずつ降り注いで、夕暮れの空気を白く染めていった。
澪は思わず息をのんだ。
(……きれい……)
胸の奥でそう思いながらも、すぐに眉をひそめる。
「……でも、風でも起こるよね。魔法、なのかな……」
呟きは強がりのようで、自分自身への問いかけのようでもあった。
カイが悪戯っぽく笑う。
「さて、どっちだと思う?」
散る白い花片を見上げながら、澪は心のどこかで――もう答えを知っている気がした。
「……それよりさ、昨日の“お願い”だって、まだ叶えてもらってないからね」
「え? 昨日の? ちゃんと叶えたよ?」
カイはくすっと笑い、わざとらしく肩を竦める。
「夕飯のあと、僕のこと色々話そうとしたら、『何も聞きたくないから寝かせて!』って澪が言ったでしょ? だから――朝までぐっすり眠れる魔法、かけといたんだ♡」
「……あー」
確かに、昨夜のことを思い出す。
カイがあれこれ話し始める前に、ベッドにダイブして――そのまま、朝だった。
(……本当に、ぐっすりだったな、でもあれ魔法?)
そのとき、カイがすっと歩みを早め、澪の前に回り込んだ。
夕暮れの光を背に、真っ直ぐな瞳で問いかけてくる。
「で、今日の願い事は?何にしようか?」
その顔を見て、澪はほんの少しだけ考えて――ぴんと指を立てる。
「じゃあ、今日の夕飯。カイが作って」
「えっ」
「よろしく!」
そのまま、スタスタと歩き出す。
「……夕飯って……それ、魔法いらないやつじゃん」
「今日お父さん残業って言ってたし。チャチャっと魔法で作ってよ」
「いやいや、僕はね、料理は心を込めて手作り派なの。魔法で済ませるなんて、味気ないよー」
「何そのこだわり。めんどくさっ」
「ひどー! 澪ちゃんってば!」
そんなふたりの掛け合いが、夕暮れの街に溶けていった。




