6.帰り道の魔法
部活が終わる頃には、空がほんのり茜色に染まりはじめていた。
初夏の風がまだやさしいこの日、澪は学校指定のハーフパンツと体操服姿で練習に打ち込んでいた。
汗ばんだ額をタオルでぬぐいながら、体育館裏の水飲み場で水を飲む。
(……あれから、学校でカイと会うことはなかったけど)
銀髪の少年――初登校の日、隣のクラスに現れたその姿は、あっという間に澪のクラスでも話題をさらっていった。
3年生だけでなく、他の学年にも噂は広がっていたようで、今日の練習中、1年生のマネージャー・小鳥遊りりあと、ひなたが、やけにフワフワした様子で話していたのを思い出す。
「ねえねえ、ひなたってば……3年に、ハーフのイケメンが転校してきたって噂聞いた??」
「知ってる、知ってる! 私、朝会ったもん。ほんと、王子様みたいだったよ……! しかも、ここだけの話、澪先輩のいとこなんだって!」
「え!? マジで? 澪先輩、紹介してくんないかな?」
(……まったく、あんな騒がれ方するなんて)
呆れ半分、ため息混じりの気持ちを抱きつつ、制服に着替えた澪は、ラケットバッグを肩にかけ、仲間たちと昇降口を出た。
せっかく着替えたのに、リュックを背負った背中が、汗でじんわりと濡れてくる。
夏が近づいていることを、肌で感じる季節だった。
「ねえ、杏、さっきのボレー、すっごかったよね〜」
「やだー優理のおかげだってば〜!」
「ひなたも上達してきたよな。明日からまた気合入れよ!」
そんな和気あいあいとした声の中、澪もふっと笑みを浮かべた。
やっぱり、テニスをしている時間が、一番落ち着く。
――けれど。
校門が見えた瞬間、澪の足が止まった。
「……えっ」
門のすぐ外。街灯の下、夕陽を背に受けて佇むひとつの影。
銀の髪が風に揺れている。制服姿のまま、涼しい顔で立っていたのは――カイだった。
「あ、澪! 待ってたよー」
手をひらひらと振るその笑顔に、すぐ後ろを歩いていた、ひなたとりりあが同時に絶叫した。
「ひゃああああ!? イケメン! え! あれって例の転校生!? なんでここに!?」
「ま、待ってたって……え、え、え!? 澪先輩のこと待ってたって事!?」
瞳をきらっきらさせながら詰め寄るりりあ。
それはもう嬉しそうなテンションで、澪の目の前で名乗り出た。
「カイ先輩、はじめまして! 私、ソフトテニス部マネージャーの一年一組、小鳥遊りりあっていいますっ!
今日、カイさんの噂、色んなところから聞いてて……本当にその、想像以上にイケメンですね……!」
「うん、ありがとう。君の名前、可愛いね。りりあちゃん?」
にこりと笑ったカイの一言で、りりあは完全にフリーズした。
頬を真っ赤に染めて口元を押さえたまま、震えている。
「ひ、ひなた……どうしよう、名前呼ばれた……好きかもしれない……」
「待ってりりあ落ち着いて、わたしだって今、心臓止まりかけてるから……!」
そんなふたりを横目に、澪は思わずカイに詰め寄った。
「……なんで、ここにいんの?」
問いかける声に、カイは無邪気な顔で答える。
「だって、帰り道がわからないんだもん。澪と帰れるかなって思って、ここで待ってた」
「……あんたねぇ……」
嘘だ。絶対わかってる。
そう思いながらも、どこか自然体でそこにいるカイに、何も言い返せなくなってしまう。
「ね、ねえ!カイ先輩も一緒に帰りましょ? 途中まででいいから!」
「コンビニ寄って、アイス買いましょー、ね?」
1年生コンビはもうカイの隣にぴたりと並び、歩幅まで合わせようとしている。
カイは「うん、いいよ」と笑い、自然に澪の隣に立った。
タオルを首に掛け、汗を拭きながら歩く澪、制服姿で風を受けながら歩くカイ。
不思議な対比が、夕焼けに映えていた。
歩きながら、前方の仲間が振り返る。
琴羽が目を丸くして、にやりと笑った。
「澪〜! その人が噂のいとこ? やば、ほんとイケメンじゃん!」
続いて、杏が声を上げる。
「え、マジ? うちらもコンビニ行っていい? 澪先輩、アイスおごって〜」
すると、すかさず詩音が肩をすくめながら割り込んだ。
「こらこら、どさくさに紛れて先輩にたかるな!」
杏は
「え〜いいじゃん、先輩の奢りって美味しさ倍増するんだよ〜」と笑い、
優理も「それな〜」とちゃっかり便乗。
皆の笑い声が夕暮れに溶けていった。
そのまま皆で歩き出す。
部活の帰り道が、いつもよりちょっと――浮かれて見えた。
自分は何も変わってないのに、隣に“あの転校生”がいるってだけで、まわりの空気が勝手にきらめいてる気がする。
……誰かの魔法でもかかってるんじゃないの?




