51.光の目覚め
アゼルは目を見開き、頭を垂れ、震える声で言葉を紡ぐ。
「――星永の乙女よ……アステリアの聖女よ……! この光に触れられる日が来ようとは……!」
その声は感極まり、涙に濡れていた。
澪は思わず一歩あとずさる。
「アゼルさん……? え、ちょっと待って……もしかして、本当に私が……?」
アゼルはゆっくりと顔を上げ、息を整える。
「正直、カイ殿が“否”と報告していた以上、私もあなたを星永の乙女ではないと考えていました。
ですが――白月花たちは、あなたを前に黄金へと咲き誇った。
理を超えた事実です。あなたは……確かに花に選ばれたのです」
澪は呆然とその言葉を聞き、しばらく黙っていた。
やがて、小さく息を呑む。
「……じゃあ、私って、その……アストラリオス? の生贄にされちゃうってこと、なんですよね?」
アゼルははっと目を見開き、強く首を振った。
「いえ、それだけはさせません!
あなたを守るために、私はここにいるのです!」
「……じゃあ!」
澪は思いついたように顔を上げた。
「モルフェウスって人に――“私、やっぱり星永の乙女じゃありませんでした”って言ってください! それで全部丸くおさまるじゃないですか!」
アゼルは困ったように目を伏せた。
「……それは、難しいですね」
「え? なんでですか?」
「星永の乙女として覚醒したあなたの瞳には――その証が刻まれています。
モルフェウス殿なら、ひと目で見抜くでしょう」
「……瞳に、証?」
澪が瞬きをする。
アゼルが静かに手を掲げると、空中に淡い光が集まり、鏡のような水面が現れた。
「ご覧なさい」
澪はおそるおそる覗き込む。
次の瞬間、息を呑んだ。
瞳の奥で、星の粒のような光が瞬いている。
夜空を閉じ込めたみたいな輝き――確かに、普通じゃない。
「……なにこれ。
やだ、カラコン入れてるみたいになってる……校則違反じゃん」
アゼルは思わず瞬きをし、言葉に詰まった。
けれどすぐに表情を引き締める。
「落ち着いて聞いてください。白月花の儀を終えた今――あなたには“星永の乙女”としての力が宿っている」
「……星永の乙女の力?」
澪は戸惑ったように眉をひそめる。
「それって、さっきの……時の癒しっていう……?」
アゼルはゆるやかに頷いた。
「“時の癒し”とは、傷や苦しみを癒すのではなく――それが起こる前の“時間”へと還すことです。
星永の乙女は、時の流れそのものに触れ、傷ついた者を“傷つく前の在り方”へ導くことができる。
命がこの世に留まる限り、その力で失われたものを取り戻すことができるのです。
――それが、星永の乙女に与えられた“時の癒し”の力なのです」
澪は息を呑み、手を握りしめる。
アゼルはその様子を見つめ、低く続けた。
「……あなたを完全に隠すのは、もはや不可能です。
モルフェウス殿はあなたの証を知れば――即座に拘束し、アストラリオスの贄とするための準備を始めるでしょう」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、拘束って……え、私、捕まるの!?」
アゼルはかぶりを振った。
「もちろん、あなたがみすみすアストラリオスの贄にされるのを黙って見ているつもりはありません。
――ですが、今の帝国の目から逃れるには、慎重に動く必要があります」
「じゃあ……どうしたらいいんですか?」
澪の声が揺れる。
アゼルはしばらく黙考し、静かに息を吐いた。
「……私に、考えがあります。」
その言葉の直後――
空気が、ふっと重くなった。
扉が開く音。
薄闇の中から、長い外套をまとった男が姿を現した。
彼の瞳が澪をとらえた瞬間、部屋の金の光がざわめいた。
モルフェウスはゆっくりと歩み寄る。
その足音が、石の床を鳴らすたびに、空気が重く沈んでいく。
目の前まで来ると、彼は手を伸ばした。
白く長い指が、澪の顎に触れる。
抵抗も許さぬ仕草で、顔を持ち上げた。
「くっ……」
澪が顔を背けようとするが、強くつかんだ指がそれを許さない。
瞳の奥に刻まれた星の輝きを見て――モルフェウスは、微笑む。
それは喜びとも、狂気ともつかぬ歪んだ笑みだった。
「おお……おお……カイめ、やはり私を欺いていたか……。
この瞳……この娘こそ――“星永の乙女”!」
喜びとも狂気ともつかぬ声が、石の壁に反響した。
「やっとだ……やっと見つけたぞ!これでアストラリオスは再び動き出す!」
その声に応じるように、扉が開き、黒衣の従者たちが一斉に入ってくる。
重い足音が、石の床に響いた。
「――連れて行け」
モルフェウスの一言で、黒衣の従者たちが一斉に澪を取り囲んだ。
「ま、待って! 離して!」
澪の声が石壁に響くが、掴んだ腕は容赦なく離れない。
モルフェウスはゆるやかに視線を動かし、背後に控えるアゼルを見た。
「……ご苦労だったな、アゼル大神官」
アゼルは深く頭を下げ、静かに言葉を返す。
「いえ。このあと陛下にご報告なさるのでしたら、私も同行いたします」
モルフェウスの唇が、わずかに歪んだ。
「いや――その必要はない。陛下への報告は、私の方から行おう」
アゼルは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに静かにうなずいた。
「……そうですか。しかし、星永の乙女の件について一つご提案がございます」
モルフェウスの目が細められる。
「提案?」
「はい。乙女は先ほど《白月花の儀》で花に選ばれし存在と判明しましたが――まだ“真の覚醒”には至っておりません。
星永の乙女としての力を引き出すためには、満月の夜に“覚醒の儀”を行う必要があるのです。
今は新月……ですから、満月までの二週間ほど、アステリア神殿で身を清めながら儀式の準備を進めさせていただきたいのです」
モルフェウスの眉がわずかに動いた。
「……覚醒の儀、だと? 白月花の儀で十分ではないのか?」
アゼルは一歩前に出て、真摯な声で続けた。
「ええ、確かに白月花の儀によって乙女が選ばれたことは確かです。
ですが、真なる“星永の乙女”として覚醒しなければ、その魂は未成熟のまま。
もし覚醒前にアストラリオスの贄とした場合――魂が耐えきれず、砕け散る恐れがあります。
それでは、せっかくの乙女を失うことになりましょう」
沈黙が落ちた。
モルフェウスはしばし考え込むように視線を伏せ、やがてゆっくりと頷いた。
「……なるほど。確かに長き年月を経てようやく見つけた星永の乙女だ。
粗末に扱うわけにはいかぬ。よかろう――娘を神殿に預けよう」
モルフェウスは冷ややかに笑い、指を一つ立てた。
「だが、決して逃がすな。
もし乙女を逃がしたなら、どうなるか……わかっているな、アゼル」
アゼルは深く頭を垂れた。
「もちろんです。乙女は必ずこの手で守り抜きます」
モルフェウスは満足げに頷き、くるりと背を向けた。
「……ああ、それとだが。」
足を止めたまま、低く言葉を落とす。
「乙女が神殿にいることは、誰にも知られるな。
陛下には――私の方から伝えておこう」
その声音には、甘く湿った笑みが滲んでいた。
振り返ったとき、モルフェウスの唇に浮かぶのは、どこまでも冷たい笑み。
「――星は、ようやく地上に堕ちたのだ」




