4.非日常は校門から
鳴海学園高等学校の門をくぐった瞬間、朝の空気に小さな声が混じった。
「澪先輩! おはようございま──」
声の主は、ソフトテニス部の1年生、吉岡ひなた。
制服姿のままラケットケースを肩にかけ、すでにアップを終えたような息づかいだった。
けれど、彼女の目はすぐに澪の隣にいた人物――白銀の髪と非現実的な美貌を持つ少年に吸い寄せられる。
「……だ、だだだ誰すか、そのイケメン!? ていうか、美形すぎて逆にこわいんだけど……!」
完全に動揺しきったひなたの声に、カイはどこか愉快そうに、にこりと笑って応じた。
「はじめまして。白川澪のいとこで、今日からこの学校に通う、カイ・ルクレシオって言うんだ。よろしくね、かわいい後輩ちゃん」
「か、かわいい!? 後輩ちゃん……っ!? は……はいっ!」
あまりに自然で堂々とした自己紹介に、ひなたは小さく身をすくめた。
まるで漫画の中から飛び出してきたかのような容姿と落ち着きに、現実が追いついていないのだろう。
「……見た目通り、そういうの慣れてるんだね」
澪はため息をひとつついて、肩からずれかけたラケットケースの持ち手を握り直した。
「カイ、私、朝練あるからここでバイバイ。何年何組か知らないけど、まずは職員室に行った方がいいと思うよ」
「えー、そんな冷たい。初登校なんだから、職員室まで案内してくれてもいいじゃない?」
「却下。これ以上騒がれたら困るから」
ピシャリと切って捨てると、澪は踵を返して歩き出す。
驚いたようなひなたの視線を受けながら、カイは肩をすくめて見せた。
「意外と照れ屋なんだよね、澪って。じゃあ、またあとで」
その言葉を背中で聞きながら、澪はわずかに眉を寄せる。
「……誰が照れ屋よ。ほんと、朝から調子狂うんだから」
そう呟いた声に、ひなたの笑い声が重なる。
テニスコートへ向かう足取りの先、朝日はもう高く、校庭をまぶしく照らしていた。
***
「先輩方、あのっ……! 今朝、澪先輩と一緒に歩いてた人、見ましたか?」
朝のコートに、ラケットを持った吉岡ひなたの声が響いた。
アップを終えたばかりで頬が紅潮しているが、それよりも興奮した表情の方が目を引いた。
「ん? 誰かと一緒にいたの?」
3年の神崎琴羽がネット越しに問いかけると、ひなたは勢いよく頷いた。
「はい! すっごいイケメンで……銀色の髪に、青い瞳で、しかもめっちゃスタイル良くて……あれ、絶対ハーフです!」
「ハーフ……って、マジ? そんな生徒、この学校に居ないよね? 澪先輩の知り合い?」
2年の中原 杏と木瀬優理が驚いたようにラケットを持ち直す。
「それがですね、そのイケメン、澪先輩のいとこで、今日からこの学校に転校してくるらしいんですよー!」
「いとこ? 澪からハーフのいとこがいるなんて、聞いたことないなあ」
琴羽が、少し首をかしげた。
「でも、いとこって言ってました! 名前はカイって名乗ってて、 “よろしくね、かわいい後輩ちゃん”って…………か、かわいいなんて言われちゃって私! もう漫画から出てきた王子様みたいにキラキラでした……!」
ひなたの力説に、3年の佐伯詩音が苦笑まじりにタオルを肩にかけながら言った。
「それ、ひなたが寝ぼけてただけじゃない?」
「い、いえ! ほんとなんですっ!」
その時。
「はい注目ー!」
白川澪が手をパチンと鳴らした。
「インハイ予選まで、あと二週間だよ? 使える時間は全部使って、練習、練習!」
「はーいっ!」
「やりまーすっ!」
ひなたも慌てて返事をして走り出す。
やがて、コート脇から顧問の桐谷悠真が顔を出した。
ジャージ姿で腕を組み、柔らかい笑みを浮かべる。
「おー、いい返事だな。ひなた、声が響きすぎて隣の野球部に届いてたぞ」
「す、すみません!」
真っ赤になったひなたに、桐谷は苦笑して肩をすくめる。
「まあ元気があるのは悪いことじゃない。さ、基礎からいくぞ。澪、号令頼む」
「はい!」
ラケットを掲げて返事をする澪の姿に、部員たちの表情が一気に引き締まった。
――そんな空気の端で、ひなたの胸の奥には、まだ朝の白銀の記憶がちらついていた。




