3.空は眩しく
学校までの道は、いつもよりずっと眩しく感じた。
まるで、澪の平凡だった日常をあざ笑うかのように。
「あのさ、制服着てたけど……入学手続きとかどうしたの? 本当に通えるの? 戸籍とか、書類とか、普通に必要だよね?」
「うん、それは大丈夫。僕、こう見えて手回しはいいから」
「手回しってレベルじゃない……。ていうか、ほんと何者?」
「魔法使いだよ?」
「いや、そこはまだ信じてないんだけど」
澪は眉をしかめながら歩きつづける。
でも、横に並ぶ少年の姿は、夢でも幻でもなく、朝日をちゃんと浴びて影を落としていた。
「まあ、話を戻すね。自己紹介って言ったでしょ?」
「うん……一応、聞くだけは聞いてあげる」
カイは満面の笑顔で澪のほうを向いて、両手を広げるようにして言った。
「僕はね、この世界とは別の世界から来た、ものすごーく強い魔法使いなんだ。でもある日、とっても意地悪な魔法使いに呪いをかけられて、流れ星にされちゃったんだよね」
「あ、昨日も言ってましたよね……うん?」
「で、宇宙をさまよって、地上から誰かが願い事をしてくれると、そこに降りられる。
地上に降りたら、百日間で百個の願いを叶えないといけないっていう、そういう決まりなの」
「百日で、百個の願い?」
「うん。全部叶えられたら、僕の呪いは解けて、自由になれる。だから――」
カイはウインクして、指先で空を指した。
「澪の願いも、ちゃんと叶えなきゃいけないんだよね。僕がこの世界にいられる間に」
「……なんか、設定がソシャゲっぽい」
「えっ、それ褒めてる?」
「褒めてない」
そうは言いながらも、澪の頭の中で考えていた。
百日で百個――つまり、毎日一個ずつお願いすれば……
「……もし本当にあんたが魔法使いだとして、願いを叶えてくれるんだったら、こっちも都合いいじゃん」
澪はリュックの紐をぐっと引き直して言う。
「願い事を百個叶えれば、あんたは呪いが解けて元の世界に戻れる。私は――」
「うん?」
「私は、家に居候がいるストレスから解放されて自由になれる。……win-winじゃん」
「澪ちゃんに、そんなに嫌われてるとは思わなかったなあー」
カイは楽しそうに笑って、歩幅を合わせた。
「あ!それならさ」
澪が顔をしかめるように振り向く。
「一日で百個まとめてお願いしたらいいじゃん。 一気に叶えて終わらせてくれたら助かるんだけど?」
「うーん、それがね――」
カイは首を傾げて、指を一本立てた。
「ルール上、一日にカウントできる願いは一個だけなんだよ」
「……は? なんで」
「知らないよ、僕が決めたわけじゃないし」
カイは笑って肩をすくめた。
「どれだけまとめて叶えても、“今日の分”はひとつ。だから、どうしても百日はかかっちゃうの」
「……非効率にもほどがある……」
「ホントに。でもそういう仕様なんだよね。
というわけで、しばらく――よろしくね? 澪ちゃん」
「百日……」
澪は天を仰いで、深く長いため息を吐いた。
「なんで……なんで私の大事なこの時期に、こんなややこしいこと降ってくるの……」
「この時期って?」
「あと約二週間後。
部活の……ソフトテニスの団体戦のインターハイ予選があるの。個人戦では負けたけど、団体戦でまだ全国に行ける可能性は残ってる。
去年は、ほんのちょっとの差で逃したから……今年は、絶対に行きたいの」
カイは隣で小さく「へえ」と呟いた。
「そっか、ラケットケースもってるもんね、それソフトテニス用のラケットなんだ」
「……ん?」
違和感が、足を止めさせた。
「今、なんて言った?」
「え? ソフトテニスやってるんでしょ?」
「……ソフトテニス、分かるの? あんた、自分で“異世界から来た”って言ったよね? ソフトテニスなんて、この世界のスポーツでしょ?」
カイは悪びれもせず、にこりと笑った。
「僕、いろんな願いを叶えながら、この世界を100年くらい流星として飛び回ってるからさ。だから、意外とこの世界のこと、詳しいんだよね。てへ。」
澪は無言でジト目を向けた。
「うさんくさ……」
「え、ひどいなあ。実績はあるよ? この世界のあっちこっちで、いろんな願いを叶えてきたんだから」
「じゃあさ――」
澪はふいに歩みを止め、腕を組んでカイを見上げた。
「なんでその呪い、まだ解けてないの? 百年も願い叶えて回ってて、まだ足りないってどういうこと?」
カイはほんの一瞬だけ、視線を外した。
すぐにいつもの調子で笑うけど、そのまなざしの奥に、ふっと影が差す。
「うーん……まあ、いろいろあるんだよ。ルールが細かくて。
ただ願えばいいってものでもなくてさ」
「曖昧すぎ。怪しすぎ。そんなんでよく今まで信じてもらえたね?」
「いや、信じてもらえたことは一度もないけどね?」
「信じてもらえてないのに、願いだけ叶えたってこと? 謎……」
「それと――」
カイはふと、真顔になる。
「僕のいた世界と、ここの世界では、時間の流れが違うんだよね」
「……は?」
「こっちで百年経ってても、あっちじゃまだ数年しか経ってない。
本当は、わりと最近のことのはずなんだ。
けど……僕にとっては、もう遠い昔の出来事みたいに思える。
呪いをかけられたことも、あの世界での全部も――百年、独りでさまよった分だけね」
「……ちょっと待って」
澪はじっとカイの顔を見つめた。
「もしかしてあんた、見た目こんなだけど――中身、けっこう歳いってたりする?」
カイは一瞬だけ、いたずらっぽく笑うと、人差し指を口元に立てた。
「さあ、どうだろう? 年齢なんて、見た目がすべてじゃない?」
「こわ……。中身が百歳のイケメンとか、ホラーでしょ……」
「ちょっと傷つくなあ」
「いやだって現実問題で――」
それ以上は言えなかった。
角を曲がった先に、学校の門が見えてきたから。
制服を着た生徒たちがちらほら歩いていて、日常がその先に続いていることを思い出させてくる。
……でも。
澪のとなりには、“非日常”の象徴みたいな存在が、当たり前の顔で歩いていた。




