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16.灯の夏

 カイに振り回されながら、澪の日常は少しずつ非日常の色を帯びていく。

 そして迎えた、県大会前日の木曜日、夕方。


 テニスコートに集まった部員たちの前で、桐谷先生が声を張った。

 「よし、みんな。いよいよ明日からインターハイ予選だ」

 西日に照らされ、先生の声がコートに響く。


 「まずは、改めてメンバーを伝えるぞ」

 手元のメモを見ながら、先生が読み上げていく。

 「――明日の個人戦、出場は神崎琴羽と、高宮灯」


 名前を呼ばれた二人が前に出る。

 琴羽は落ち着いた笑みで一礼し、灯はまっすぐな瞳で頷いた。


 「そして翌日からの団体戦。ダブルスは、中原杏・木瀬優理、白川澪・神崎琴羽。シングルスは、高宮灯だ」

 「はい!」

 メンバーが声を揃え、力強く返事をする。


 「補欠として吉岡と佐伯も控えている。だが、全員で戦うつもりでいけ」

 桐谷先生の目が、部員ひとりひとりを確かめるように光った。

 「このチームで、必ずインターハイの切符を勝ち取るぞ!」


 「「おーっ!!!」」

 夕焼け空の下、部員たちの声がコートに響き渡る。


 杏がにっと笑い、優理と手を合わせる。

 「やっとだね、優理! 明日は全力でぶちかますよ!」

 「うん! 絶対に勝とう」


 澪もラケットを握り直し、琴羽と視線を交わす。

 「……琴羽、明日も明後日も、よろしく」

 「もちろん。二人で勝ち切ろう」


 りりあが大きな声で叫ぶ。

 「先輩たち、頑張ってください! 私も全力でサポートします!」

 

 ひなたも負けじと声を張り上げる。

 「気合いれて行きましょう! 鳴海学園高等学校ソフトテニス部一球入魂!!」

 

 詩音がその隣で穏やかに微笑む。

 「ベンチにいても、気持ちは同じだよ。最後まで、みんなで戦おう!」


 桐谷先生が腕を組み、口元を緩める。

 「よし、今日はここまでだ。早めに切り上げて、しっかり体を休めろ。明日から三日間の戦いになるぞ、全力を尽くそう!」


 「「はいっ!」」


 部員たちは声を弾ませながら荷物をまとめる。

 西日を浴びたコートに、青春の熱気が満ちていた。



 

 ***

 


 

 夜、澪の部屋にはいつものようにカイが訪れていた。


 「明日、二人の応援に行きたいところなんだけど――」

 窓辺から振り返ったカイの声は、いつになく惜しそうな響きを帯びていた。

 「僕、ちょっと用事があって行けないんだよね」


 澪は瞬きをしてから、小さくつぶやく。

 「……応援、来てくれるつもりだったんだ」


 「もちろん行くつもりだったよ。でも、どうしても外せない用事ができちゃって」

 カイは肩をすくめ、いつもの飄々とした笑みを浮かべる。

 「灯ちゃんと琴羽ちゃんに、“頑張って”って伝えておいて」


 澪は少し不思議に思った。カイが一緒に暮らすようになってから、別行動なんてめったにない。それでも、理由を問いただすことはしなかった。

 「……うん。ちゃんと伝えておくね」


 そう言ってラケットケースを横に置くと、澪は小さく笑った。

 「じゃあ今日も、ぐっすり眠れる魔法かけて!」


 「はいはい」

 カイの声は軽いのに、どこか温かく響いた。


 やがて澪の寝息が静かに部屋を満たす。

 その様子を見届け、カイは小さく息を吐いた。


 「……君の試合までには、帰ってこないとね」


 その言葉と同時に、青い光が彼の身体を包み込む。

 まばゆい光が瞬きをした次の瞬間、カイの姿は跡形もなく消え、澪の部屋には夜の静けさだけが残った。




 ***


 翌朝、澪が目を覚ましたときには、すでにカイの姿はなかった。出かけるなら声ぐらい掛けていけばいいのに――そう思って少しだけ胸がもやっとしたけれど、すぐに気持ちを切り替え、今日の応援に集中しようと身支度を整えた。


 県大会の会場となった総合運動公園のコートには、ユニフォーム姿の選手たちが整列し、熱気を帯びた空気が広がっていた。

 青空の下、澪たちは仲間の試合を見守る。


 琴羽は二回戦で敗退したものの、粘り強いラリーで相手を苦しめ、最後まで堂々としたプレーを見せた。

 続いてコートに立った灯は、序盤から力強いストロークで得点を重ね、勝ち進んでいった。


  ――そして迎えた、ベスト四をかけた準々決勝。

 スコアはファイナルゲーム、三―三。

 会場全体がじっと息をのむ。一本ごとに拍手と歓声が交錯し、張り詰めた空気がコートを覆っていた。


 「いけーっ、灯!」

 「ここで決めろ!」

 澪たちの声援がフェンス越しに響く。


 相手が放ったボールは、白線すれすれを狙った鋭いショット。

 灯は汗で滑るグリップを握り直し、最後の一歩を振り絞って走り込む。

 全身の力を込めて伸ばしたラケット――


 ――わずかに届かない。

 弾むボールが視界をかすめ、砂入り人工芝に乾いた音を立てた。


 「ゲームセット!」

 審判の声が、試合の終わりを告げる。


 「……っ!」

 肩を震わせ、灯は深く一礼した。

 結果はベスト八。あと一歩で準決勝には届かなかった。


 澪たちはコートサイドへ駆け寄る。

 「灯、すごかったよ!」

 「ほんと、最後まで諦めなかったね!」


 言葉をかけられた灯は、ラケットを胸に抱きしめ、こらえきれずに頬へ涙を零す。

 「……ありがとう。悔しいけど……でも、ここまで来られて……ほんとに、よかった」


 その声は震えていたが、確かに誇りがにじんでいた。

 西日に照らされる横顔は、涙と汗で濡れてもなお、強い光を宿していた。

 仲間たちの拍手と声援に包まれ、灯の夏は、敗れてなお眩しい輝きを放っていた。

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