12.ひとりだけ違う色
放課後のテニスコート。
澪はラケットを振り抜き、ボールの弾む音と自分の呼吸のリズムを確かめていた。大会まで、もう時間は残されていない。そう思うと、胸の奥が少しきゅっとなる。
灯は、今日は学校に来ていないと聞いていた。
(カイ……灯の足、本当に治してくれたのかな)
そのとき――。
「みんなーっ!!」
澪は顔を上げた。駆けてくる影。次の瞬間、思い切り抱きつかれ、ラケットを落としそうになる。
「ちょ、ちょっと……えっ、灯!?」
見上げれば、涙を浮かべて笑っている灯。
「足! 治ってたの! 今日、病院行ったら先生が“奇跡だ”って……骨、もうくっついてるんだって! 私……県大会、出られる!」
その一言で、コートにいた部員たちが一斉に振り返った。
「ほんとに!? 灯! 大会には間に合わないって言ってたのに……!」と琴羽が駆け寄り、目を潤ませる。
詩音はタオルで目を拭いながら「また灯と同じコートに立てるんだね! もう……涙腺崩壊するってば」と笑った。
二年生の杏と優理も泣きながら笑顔になっていた。
気づけばみんなで灯を囲んで、抱き合いながら泣いていた。
「ひなた、ごめん。こんなギリギリになって戻ってきて……でも私、どうしても皆と一緒に団体戦に立ちたいんだ。いいかな?」
灯が嗚咽混じりに言うと、一年生のひなたが力強く首を横に振った。
「そんなの当たり前じゃないですか! 私にはまだこれからいくらでもチャンスがあります。でも先輩は――最後の夏なんですよ! 後がないんです!」」
「ちょ、ちょっとひなた! なんて言い方するの!」杏が慌てて突っ込む。
「後がないって……」琴羽が笑いながら涙を拭き、
「もう、ひなたぁ……」と詩音も吹き出した。
次の瞬間、みんなが涙と一緒に笑い声を上げた。
澪はその輪の中で、灯の肩をしっかりと抱きしめた。
(……本当に……一緒に出られるんだね、灯。最後の夏を――一緒に戦えるんだ)
胸の奥から熱いものがこみ上げる。
(ありがとう……カイ)
――少し離れたフェンスの影で、その光景を見ている人物がいた。
白銀の髪を夕陽に染め、口元に小さな笑みを浮かべるカイ。
(……これで、あの子も少しは僕を信用してくれたかな?)
背後から軽い足音。
「カイ君、帰ろー」
甘えた声で呼びかけてきたのは、佐木留美華。肩にかけたカーディガンを揺らしながら、にこにことカイに近づいてくる。
カイは片手をひらひらと振り、留美華の隣に歩み出す。
夕暮れの風に吹かれながら、コートに響く仲間たちの笑い声を背にして――。
留美華の話に相槌を打ちながら、カイはふと視線を落とした。
コートから響く笑い声が、遠い世界のもののように耳に届く。
(……本当のことを言えば、あの子はきっと僕を信じなくなる。
“魔法使い”なんて軽い言葉でごまかしているけど――僕の背負っているものは、そんな綺麗なものじゃない)
夕陽の光に白銀の髪が揺れる。
(……まあ、まだ始まったばかりだ。僕は見極めなきゃならない。――澪、君は……どうなんだろうね)
口元には軽い笑み。
けれど、その瞳の奥に浮かんだのは、夕暮れの色とは違う、ひどく静かな影だった。




