第36話 クラス3ハイ・サモナー:妖精姫《リリィ》個人戦8
ついにクラス3召喚獣最強の矛を乗り越えたわけだが、しかしそれだけですんなり勝利とはいかない。フェアリーへと向けた短剣の先はキィィンと不可視の障壁によって阻まれた。
「間に合っ……た!」
「ちぃぃ……ッ!」
魔法の複数起動は非常に難しい。だから、矛さえ乗り越えれば障害はもう無いのではないかと淡い期待を寄せていたのだが……どうやらそこまで甘くはなかったらしい。フェアリー最強の盾、防御魔法が最後の防壁となって俺の行く手を阻んでいた。
「まさか、光属性魔法すらも防ぐ魔道具師が存在するなんて、思ってもいなかったわ! クラス3さえも一撃で屠れる威力なのだけどっ?」
「そんな物騒な魔法を人様に向けちゃいかんだろ!?」
「誘導した本人が良く言うわね!」
短剣をフェアリーではなく妖精姫目掛けて振るってみたり、上下左右縦横無尽に振るってみるが、その全てが防御魔法に弾かれる。攻撃を弾いた際の反射光からこれまでとは異なる正面に限定された防御壁であるようだが……回り込むように動こうとも防御壁の内側には入れない。相変わらずの鉄壁さだ。
「そうそう、今のうちに言っておきたいことがあるんだが。」
「っ! この状況で話を続けるなんて、随分な余裕じゃない!?」
「防御魔法を維持しながらの攻撃魔法詠唱は流石のフェアリーでも大変だろっ? それならまだ時間的余裕はあるだろうさ。 ……それに、俺の火力じゃこの防御は貫けないからな。」
アイギスによって防御面が大幅強化されたとしても攻撃面での貧弱さに変わりは無い。大イノシシにすら手古摺る俺では防御魔法の攻略は荷が重かったのだ。
「卑怯と罵られようとも、この防御は解かないわよっ?」
「そんなことが言いたいわけじゃないさ。」
なにせ、これで勝利を諦めた訳ではないのだ。手が届きそうな距離と言う事はあと少し近づけばアイギスの射程圏内なのだから、可能性はまだ残っている。
問題があるとするならばそれは極小サイズのフェアリーに召喚境界を重ねる難易度と、例えそれができたとしても空中浮遊しているフェアリーへの吹き飛ばしは数十cm移動させる程度の効果しか発揮されない事。その程度の吹き飛ばしでは多少の不意は衝けども、クラス3ともなると後出しで対応してくるだろう。そう、普通であれば。
「フェアリーと言えば自由奔放の代名詞な訳だが……随分と大人しいな? まるで、籠の中に閉じ込められてでもいるようじゃないか。」
「っ!?」
ずっと疑問に思っていたのだ。フェアリーは言うに及ばず、妖精姫だって投げナイフを回避できる実力は持ち合わせていた。それなのになぜ2人は徹頭徹尾回避ではなく防御魔法を選択していたのか。
遠距離攻撃に優れたフェアリーの持ち味を活かすのであれば、俺とはずっと距離を置いて戦う方が良いに決まっている。これじゃあまるでフェアリーリングから離れたくないみたいじゃないか。
妖精姫による異様なまでの守備的姿勢、そしてフェアリー召喚のカラクリを暴いた事で思い至った可能性。もしかして、フェアリーはリング内から出られないのではないか?
妖精姫はフェアリーリング内を妖精の世界と定義することでフェアリー召喚のコストを大幅カットしている。言わば、フェアリーの召喚はその場所と紐づけられているようなものだ。俺からすればリング内も外も違いはないように見えるが、フェアリーにとっては正に異次元レベルの違いがあるのだろう。
妖精姫がフェアリーリングでのフェアリー召喚に消極的だったのも、もしかしたらこのデメリットがあるからなのかもしれない。
伸ばした右手に持っていた短剣を捨て、少しでもフェアリーとの距離を縮めながら3度目のストックウォッチを起動。フェアリー目掛けて召喚境界重ねを試みる。フェアリーのサイズ的にもそう易々と成功する訳はなかったが、アイギスの召喚と召喚解除に掛かる時間は0秒だ。それなら、思考加速状態であれば幾らでも試行回数を稼げる。
「アイギィィィィスッ!!」
(届け、届け届け……ッ!)
沸騰する頭に鞭打ち、只管にアイギスの召喚と解除を繰り返す。縮めた距離の隙間に境界面を取りこぼしてしまえばもう打つ手は無い。なればこそ、少しの緩みさえも許されない。そうして、俺にとっては長い数秒が経過した。
「ミリー……!?」
事前に何らかの合図があったわけではない。フェアリーがアイギスと重なった瞬間、フェアリーは強制的に数十cmを移動させられ……フェアリーリングの外で幻となって消えたのだった。
「俺の、勝ちだ……ッ!」
頭痛で歪む足取りと思考。それでもついにフェアリーリング内へと足を踏み入れた俺と、驚きの後に満足気に目を瞑った妖精姫。その姿を前に俺の剣先はピタリと止まった。
と言っても、今度ばかりは妖精姫によって止められた訳では無い。俺の意思だ。クラス3と言えども年若い少女を切り捨てるぐらいなら降参を宣言して貰えばいい、そう思ったからである。
そう思って、剣先を止めてしまった。それがいけなかった。
(あ……れ? 身体が、動かな……思考が……途切れ……)
降参を宣言させるよりも先に遠のく意識。それは意志の力でどうにか出来るものではなく、アイギスの過剰発動による弊害にしては酷すぎた。よもやこれも妖精姫の仕業かと様子を伺ってみるが、妖精姫も来るべき痛みが来ない事に不思議そうな表情を浮かべるばかりで、どうも彼女が原因ではなさそうである。それならば、なぜ……途切れ途切れになる思考はそこで1つ試し忘れていた事を思い出した。
ストックウォッチは込められた魔力量に応じて思考能力を向上させるが、思考能力が幾ら良くなろうとも身体能力に変化は無い。
それは全ての思考能力向上魔道具に共通する欠点とも呼ばれているが、しかし、ストックウォッチがハズレアと呼ばれる所以はそれが理由ではない。
ストックウォッチ。そう、ストックするのだ。なにを?決まっている。前借り分の思考能力を、だ。
ストックした負債はストックウォッチに込められた魔力を使い果たしたタイミングで強制的に徴収される。つまり、それまでに使用した時間が長ければ長いほど急激に思考能力を低下させるのだ。
(使用し過ぎると……こうなるの、か……。)
俺がストックウォッチを使用したのは3回。ホーンラビットの攻撃回避と光属性魔法の防御、そしてつい先程。たったそれだけの使用で再起不能になるほど思考能力が低下するのなら……そりゃあハズレアと呼ばれる訳である。そこまで考えが及んだあたりでタイムアップだったのだろう、俺の意識は闇へと飲み込まれるのだった……。




