第17話 敗者なりの戦い方
真っ先に視界に入ってきたのは見慣れた天井。或いは、俺にとっての辛酸の代名詞とでも言うべきだろうか。
目覚めた俺が居たのはトレーニングルームではなく、ベッドだけが置かれた手狭な空間だった。ここに送られていると言うことは、召喚術師との対戦は俺の負けで終わったのだろう。
(また、負けたのか。)
ターニングポイントと呼べるほど大きな転換点があった訳では無い。それは順当に対戦が進んだ結果であったが、敢えて勝敗が決した場面を挙げるのであれば『クラス2召喚獣の召喚』が最終的な決め手になったのは間違いない。
呼び出された召喚獣はスモールゴーレム。
スモールと言えども体長4mはあり、オークよりも小柄かつ鈍重ながらも頑丈さはオーク以上。
オークとスモールゴーレムが戦えば確実にオークが勝利するが、魔道具師が戦うのであれば変わらないぐらいに絶望的な相性である。これ程までに頑丈な召喚獣は人の腕力では倒しきれない。それがクラス2から召喚出来てしまえるのだから召喚術師と魔道具師の間には大きな隔たりがある。
(まだ、届かない。)
失う物は何も無いので負けても良いとは思っていた。思ってはいたが……それでも手を抜いていた訳では無い。慢心せず、真剣に挑み、そうしてあと一歩が及ばなかった。
優勢の天秤を覆すにはやはりあと一手、何かが必要だ。
◇◇◇
コンコンと軽やかに叩かれたノック音で俺の思考は現実へと引き戻された。ベッドから上体を起こしながら『どうぞ』と簡潔に答えると予想通りの顔が開かれた扉越しに覗かせる。
「志麻くん、お疲れ様。 幻痛は大丈夫?」
「弥生さん、ありがとうございます。 幻痛ももう慣れているので、これぐらい大した事ないですよ。」
俺の返事にホッと息をこぼす弥生さん。また心配を掛けてしまったようだ。
「勝ち目がないと思ったら降参するんじゃ無かったのかな~~?」
「そのつもりでしたけど、安全に格上との戦闘経験を積める機会なんて滅多に無いですから……多少は無茶もしちゃいますよ。」
「だからってセーフエリアの許容量いっぱいまで引かないのは感心しないよ。」
安心した途端にお説教タイムに突入してしまったが、こればかりは甘んじて受け止めるしかない。セーフエリアの許容量いっぱいと言うのは要するに瀕死状態を経験したようなものだ。心情的な理由だけでなく、経験的にも死に慣れて良いことは何も無い。
瀕死になるようなら大抵の場合では既に手遅れなのだから、そもそも瀕死にならないように立ち回るべきだろう。それに、死に慣れた冒険者はそのまま死に沈み易い。
ただ、それでも格上と死闘を繰り広げて無事で居られる機会は限られているので、召喚術師との対戦は無茶をしてでも得ておきたかった経験値ではある。弥生さんも俺の考えには一定の理解を示してくれているので、お説教もここで一区切りのようだ。
「それでも志麻くんならもうちょっと上手に出来ると思うんだけどな~~?」
「前から思ってましたけど、弥生さんは俺の事買い被りすぎですよ?」
「そうかな? 私は有望株を買っているつもりなんだけどね~。」
「どっちにしろ買いすぎです。」
弥生さんの期待は嬉しいが、有望と言えるほど俺自身に将来性があるとは思えない。いや、でもこれよりも下落することは無いと思えば、確かに『買い』ではあるのだろうか。せめて株主に損させないよう精進しよう。
「そういえば野下さん、呆然としていたよ。 試合には勝ったのに勝負に負けたんだから、無理もないけどね~。」
「あの石じゃ満足して貰えませんでしたか。」
「そりゃあ、ただの石でしょ、あれ。 志麻くんは用意周到だね。」
「予想外はありましたけど、予想通りではありましたからね。」
実の所を言うと、クラス2の召喚術師に絡まれたのは予想外だったが別の者には絡まれるんじゃないかと思っていた。
それが妖精姫の取り巻き。彼女たちは仲間内で網を張っているので、俺と言う美味しい獲物をおいそれと逃がすはずがないのだ。直接見た者でなければ俺の特定までは難しくとも、俺のボロボロな姿から階層渡りとの関係性を疑うのは十分に有り得る。
だからこそ、ダンジョンから1時間程度で帰れる距離を2時間も掛けて冒険者ギルドに帰ってきたのだ。安全の為に万難を排して、時には隠蔽の魔道具を使いながら。帰還時の敵はモンスターではなく人だ。
そうしてダンジョン内をやり過ごせたならば残る危険は冒険者ギルドに戻ってからである。
彼女たちだって襲撃するなら益があるのを確信してから襲撃したいはず。つまり、俺の換金を聞いてから仕掛けて来るだろう事は予想できていた。そこまで分かっていれば後は簡単だ。
事前に魔石袋の中身をダミーにすり替えつつも、弥生さんとの会話では敢えて魔石入手を仄めかす。そんな事をすれば当然高確率で絡まれる事になるけれど、その一時さえやり過ごせれば他の人には『魔石はもう奪われた』と言えるようになるって訳だ。これなら俺への妬みが長続きする事もないだろう。
問題は本物の魔石をどうするかであるが、当然だがダンジョン内に置いて行くのは論外だ。何処に人の眼があるか分かったもので無ければ、モンスターが食べてしまう事だってある。それならば、どうするか。
「ところで弥生さん、実は今日階層渡りとの戦闘中に落し物をしてしまいまして。 中に魔石と俺の名前が書かれた紙が入った巾着袋なんですけど、落し物として届いていませんかね?」
そう、一時的にでも自分の物でなくしてしまえばいいのだ。
冒険者ギルドは公式には荷物を預かるサービスなんてやっていない。やっていないが、落し物として届け出てしまえば本当に落し物なのか怪しかろうとも預かざるを得ない。しかも、遺品の可能性もある預かり物に対して冒険者ギルドは手間賃を掛けることも無い。
分かりきったことを聞く俺に弥生さんは苦笑いを浮かべていた。
「それなら、ついさっき届けてくれた人がいるよ。 運が良かったね~。」
「そうですか、それは良かった! その心優しい素敵な男性には俺の代わりに感謝の言葉を伝えて下さい。」
「おやおや、私は男性とは言っていないのだけどね~~?」
「なんと言うか、俺の直感が告げているんですよ。 その人は紳士だ、と。」
「あははは、この茶番何時まで続ければ良い~??」
荒んだ心が癒されていくので俺としては幾らでも続けていたかったが、多忙な弥生さんをこれ以上引き止めてしまうのは申し訳ない。
……あぁ、でも、そういえば報告し忘れていた事が一つあったんだった。
「そうそう、今日義務を放棄した冒険者を見ましたよ。」
「義務の放棄って……まさか、階層渡りの?」
俺がこくり、と頷くと大凡の状況を察したらしい弥生さんは厳しい視線を浮かべる。
「その冒険者の名前、分かる?」
「対戦相手の召喚術師……名前は野下さん、でしたっけ?」
「っ! そういうことね……なにか義務を放棄した証拠になりそうな物ってない?」
つまりはそういうことである。召喚術師が俺に絡んできたのはたまたまでは無い。恐らくは俺が階層渡りと戦っていたのを見ていて、もしかしたらドロップアイテムを手に入れたんじゃないかと狙っていたのだろう。
「物証はないですけど、ダンジョンの実地訓練中だったので一緒に居た先生が証言してくれるんじゃないですかね。」
「なるほど、それなら十分な証言が貰えそうね。」
ここまで情報が出揃えば弥生さんが取り逃す事はないだろう。彼らには然るべき措置が下される事が決定した。
「それはそうと、志麻くんってもしかして誰かを煽らないと生きていけない生き物なの?」
「おや、それは奇異なことを言いますね。 俺が弥生さんを煽ったことなんてありましたっけ?」
「私は煽られたことないけど、そのアオリを受けたことなら何度もあるな~?」
「弥生さんの生活に彩りを添えられたのなら嬉しいですね!」
「そうね、普通のカレー(甘口)を注文したのに極彩色のカレーを出された気分だわ。」
しかもこれ、辛口なのだけれど?と続けて語る弥生さんに注文外の笑顔を1つ。当店では辛さは選べないんですよ。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。これにて第1章終了です。
第1章は世界観説明がメインなので全体的にライトなストーリーになりましたが、第2章からは本当に書きたかったストーリーが始まるので自分でも楽しみながら書いていこうと思います。30話からの伏線回収お楽しみに。




