第0話 化学の敗北
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それはまるで『写真』のような『カード』であった。
カードと言っても、社会人にとって馴染み深いだろうキャッシュカードやクレジットカードの類ではない。
また、当然のようにポイントカードとも違う。そのカードを使ったとしても何らかのポイントが貯まるようなことはない……が、ヘイトなら一山いくらレベルで溜まるので、あながち間違ってはいないのかもしれない。交換先が『嫉妬』しかないポイントカードってどうかと思うけども。
それでもあえて分類分けするならば、それはトレーディングカードが最も近いだろう。手のひらサイズの長方形、表面には多種多様なモノが現実と区別出来ないほどのリアルさで描かれている。
『現実と区別出来ないなら、それは写真なのではないか』と思うかもしれないが……それは違うと断言しよう。
なぜなら、そこに描かれている大半がこの世に存在しないモノだからだ。
表面が『写真のよう』なら裏面はと言うと、デザインの欠片も無い白一色。シンプルを通り越して開発段階のカードなのではないかと思える程の味気無さである。
それをなぜトレーディングカード……トレカに分類したのかと言うと、このカードには常識では考えられない特殊な機能が2つばかり付いているからだ。
その内の1つが『カード内の世界に入り込める』ことである。
どのような原理でそのような非現実的な事象が引き起こされているのかは、未だに解明されていない。そして、それはこれからも解明されることは無いのかもしれない。化学はカードの前に敗北している。
それでも、『仕組み』が分からなくとも『使い方』さえ分かるなら使う側にとってはさしたる問題ではないだろう。
事実、カードの所持者が『カード内に入りたい』と願うだけでカードの世界に入り込めてしまえるのだ。
カード内の世界はそれこそカードによって大きく異なるが、今のところ人に直接的な害のある世界は見つかっていない。『直接的な』と前置きしたのは勿論、間接的になら害が出ているからだ。
例えばカードの表面に『酒池肉林』が描かれていたなら、カード内の世界では何時でも何度でも『酒池肉林』を堪能できる。その上、カードの世界でしか味わえないモノも多く存在するのだから、精神的な方面にまでまるっきり害が出ないなんてことはあり得ない。
世の金持ちが挙ってカードを欲しがるのもそれが理由なのだろう。
だが、それでも俺にとって重要なのはもう1つの機能にある。それこそが、『カードのデザインを実体化』できることだ。
『召喚』と呼ばれているその現象により、今ではエルフやドワーフ、果てにはドラゴンやゴブリンと言った空想上の生き物は実在しない生物ではなくなった。
夢は現実となったのだ。
ただし、夢を実現出来るようになったとしても、それを使いこなす土台が無ければ意味は無い。要するに召喚獣を使役できても使役して行うべき事がなければ宝の持ち腐れ、と言うことである。
或いは、戦争の道具である。
そうはならなかったことを幸運と呼んで良いのかは俺には判断出来ない。なぜなら、そこも戦争に負けずとも劣らない犠牲者を出しているからだ。
カードを十全に扱える異界。畏怖と畏敬を込めて『ダンジョン』と呼ばれるその場所こそ、世界の法則から外れた命懸けの試練場にして憧れの集う地。
カードを筆頭に数多の財宝が眠るダンジョンは人々の夢と希望で満ち溢れていた。
常識で考えれば人の手では届き得なかった奇跡にさえ手が届くかもしれない。その可能性を感じられるだけでも、ダンジョンに人が集まるには十分だったのだろう。
それが、夥しい犠牲者の上に成り立っていたとしても。