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進み行く未来、現在に繋がり


 番外編、最終回です。






 流星は今しがた門を飛び越えた男を凝視した。

 全く見覚えがない。初めて見る顔だ。

 流星の戸惑いを知るよしも無く、悠はその男に微笑を向けた。

 しかしその笑みは優しさにはほど遠く、後ずさりしたくなるような凄みを含んでいた。実際、男は顔を歪めて歯ぎしりをしている。

「さて……まず、貴方の名前を訊こうか」

「……小娘が。貴様に名乗る気はない」

 男はきしむような声を上げた。

「貴様……退魔師だな」

 男の声が、呻き声に変わった。

「解る……臭いで解るぞ……血の、妖魔の血の臭いだ」

「よっぽど鼻が効くんだね」

 悠はふっと笑った。

「でも、臭うなんて言われたくないんだけど」

「おまえも喰えば、俺は更に強くなれる!」

「……話聞いてないでしょ」

 悠はあきれのため息をついた。

「まぁいいや。君がどれだけ強くても、私は殺せないから」

 悠の言いように、男は憮然としたようだった。しかしすぐ表情を戻し、流星を見る。

「貴様を喰おうと思ったら、とんだおまけも付いた。貴様も運が悪いな……」

「っ。どういうことだ! 俺を喰おうとしてただって?」

「そうだ。初めから俺の狙いは、おまえだった」

 男の唇がめくれ上がった。

 流星は、男を見つめることしかできない。

「……俺を狙ってたって、どういうことだよ?」

 流星が尋ねると、悠が瞳に危惧の色を浮かべた。それを無視し、流星は言葉を重ねる。

「教えてくれ。何で俺を狙った!」

「ふん……貴様は自分の体質に気付いてないのか」

 男は鼻を鳴らした。

「貴様は霊を惹き付けやすい……それに気付いてないのか」

「霊を……?」

 流星は眉をひそめた。

 自分は霊を見る力があるのは確かだが、霊を惹き付けやすいととはどういうことだろう。

「俺もこんな身近におまえのような獲物が居るとは知らんかった。どうやら呪をかけられていたようだな」

「……?」

「いいか。これだけは教えてやる」

 男はニヤニヤ笑いながら言った。

「俺は、おまえが狙いだった。だがおまえはいなかった」


 だからおまえの家族を喰ったんだよ。前菜代わりにな。


 一瞬何を言われたか解らなかった。

 奴の狙いは俺だった。それは解る。だが、俺はいなかった。

 それで、家族を代わりに……喰って……


「――!!」


 流星は頭が真っ白になった。

 つまり、奴の目的は最初から自分だった。

 だが自分はおらず、身代わりのように家族は喰い殺された。

(つまり、俺のせい……?)

 自分がいたから、家族は死んだのか?

 自分がいたから、この男は現れたのか?

 息苦しさに倒れ込みそうになった流星の腕に、誰かが触れた。

「貴方の非ではありません」

 朱崋だった。いつの間にいたのか、流星を支えるかのように寄り添っている。

「非があるのはあの男。人の身でありながら、妖魔の力を得た愚か者」

「救いようのない馬鹿な人間だね」

 朱崋の言葉に続くように、悠は嘲りの言葉を言い放った。

「いい加減正体を現したらどう? 今更隠しだてする必要も無いでしょ」

「言われんでもな」

 そう言った男の姿が、変化し始めた。

 露出した肌に黒い剛毛が生え、顔が獣じみてくる。筋肉は膨れ上がり、今にも服が破けそうにまでなった。

 カハアァ、と吐き出された息から獣臭が漂う。

 二メートルはありそうな巨躯を手に入れた男――否、化物は、喉をのけ反らせて咆哮を上げた。


 グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!


 ビリビリと空気が揺れた。その声ももはや人ではなく、狼のそれに近かった。

「ば、化物めっ」

 状況を黙って見ていた佐々木は、慌てたように銃を取り出した。

「待て、佐々木! あれには銃なんて効かん」

「ですが高野警部……」

「高野刑事の言う通りだよ」

 悠は佐々木の方を見て、微笑した。佐々木はそれを呆けたように見つめた後、顔を赤らめてうつむく。

 悠は笑みを深くして、朱崋を見た。

「朱崋、あれを」

「はい」

 朱崋は流星から離れて、どこから取り出したのか紫色の布にくるまれた棒のようなものを悠に渡した。

「それが、貴様の退魔武器か」

「そ。銘は」

 きしむような声を発した化物に、悠は不敵に笑いかけながら紫の布を取り払った。

「『剣姫』だよ」


 ズパアァァァァァァァァァァァァァン!!


 化物の腕が吹き飛んだ。

 右の二の腕が半ばから斬り落とされたのだ。

「な、何だと!?」

「……この程度のスピードにもついてこれないの?」

 悠の手には、一振りの刀が握られていた。

 紅の柄、白銀の刀身、流麗なその姿は見るものの瞳に怪しいほど美しく映った。

 悠は刀を持ち上げて笑みを消した。

「見た目だけか。暇潰しにもならない」

「っ、黙れ小娘がぁ!」

 化物は隻腕を振り上げ悠に襲いかかった。

 悠はそれに恐れることなく、刀を縦に構える。

 刃と拳がぶつかり合い、鈍い音を響かせた。

「ぬ!? お、折れんだとっ」

「当然だよ。これは千年以上妖魔の血を吸ってきた妖刀だ。おまえごときに折られるものか」

 悠はぐぐっと化物の拳を押し返した。

 あの細腕のどこからそんな力があるというのだろう。明らかに悠が押している。

 悠はダンッ、と地面を踏みしめた。

 化物の巨体がいとも簡単に空に投げ出される。

 が、化物は空中で身をひねって意外にも軽々と着地した。

「なめるのも……たいがいにしろっ」

 化物は地面を蹴った。

 再びぶっとい腕が悠に迫る。

 悠は高々と飛び上がった。おそらく二メートルはいったろう。

 化物はそれを見て、ニヤッと笑った。

「甘いな! 俺の狙いは元よりあの小僧っ」

 化物は真っ直ぐ流星に向かって走りだした。

 迫りくる化け物の恐ろしさに、流星は思わずぎゅっと目を閉じる。


「あ、がっ……」


 化物の呻き声が聞こえた。

 流星は固く閉じていた目をそろっと開けた。

「甘いのはどっち? 頭上ががら空きだったよ」

 上の方から悠の声が聞こえてきた。目線を上げた流星は、驚愕のあまり言葉を失う。


 化物の頭に、刀が突き刺さっていた。


 頭の頂点から顎を貫く刀は悠の刀で、悠自身は化物のうなじに足をかけていた。

 刀の柄を握り、くすりと笑う。

「滅しなよ」

 刀の刃が動いた。

 悠が柄を持ったまま飛び降りると、それにそって化物の身体が縦割りにされていく。

 悠が地に足を着けた時には、化物は完全に真っ二つにされていた。

 グラッ、と二つになった化物の身体が地面に倒れ込む。黒い血が、土に染み込んだ。

「……朱崋、後処理頼む」

「はい」

 悠と入れ替わりになるように、朱崋は化物の死体に近付いた。

 一方悠は、流星に近付き、肩を叩く。

「大丈夫、流星?」

「……んで」

「え?」

 流星はその場にしゃがみこんだ。

「どうして俺は狙われた? どうして俺だった? なぁ、おまえは知ってるのか?」

 流星が頭を抱えたまま訊くと、悠は数秒の間を置いて口を開いた。

「妖魔が力を強める方法は二つ。相対する人間の心の闇が強くなるか、人間の肉を喰らうか」

 流星は顔を上げた。悠は、平静な顔で続ける。

「特に、君みたいな強い霊力を持つ人間は狙われやすい。もっとも、それだけの理由ではなさそうだけど……」

 悠は言葉をにごした。

 流星は再びうつむき、乾いた笑い声を上げた。

「……何だよ。結局、俺のせい、かよ」

 ぐしゃっと前髪を掴む。

「……何でだよ」

 笑い声は、いつしか涙声に代わっていた。

「どうして……どうして俺が……俺が狙われたんだよ!」

 視界が歪む。頬に涙が伝うのを感じた。

 昨日まで確かにあった日常は壊れてしまった。

 それも全て、自分のせいだというのか。

 自分のせいで、家族は死んだというのか!

 流星が嗚咽を抑えていると、誰かが近付いてくる気配を感じた。

「……叔父さん」

「聞いたぞ、流星」

 いつからいたのだろうか。こちらを見下ろす叔父は、いつも以上に嫌な顔をしていた。

 その顔に笑顔を貼り付け、吐き捨てるように言う。

「兄夫婦が死んだのは、おまえのせいらしいなぁ」

「――! 違っ」

「違わないだろう。おまえ自身が認めたんだから」

 叔父は勝ち誇った笑みで言い放った。

「これでおまえを追い出す口実ができた。おまえは疫病神だ、いなくなるがいい!」

「っ……!」

 流星は唇を噛んだ。

 確かに自分は、周りを不幸にするかもしれない。

 一人でいた方がいいのだろうか。

 言い返せない流星の横から、悠が前に進み出た。

「おや、君か。君のことは色々調べさせてもらったよ」

 叔父はニヤニヤ笑いながら悠の肩に手を置いた。

「すばらしい力の持ち主らしいじゃないか。ぜひ君とはお近づきになりたいな」

 言いながら、叔父の目は悠の顔や腰ばかり見ている。狙いは何か明らかだった。

「どうだい? 私と――ふごぉっ」

 叔父が突然飛び上がった。

 何事か、と思いよく見ると、悠が叔父の股間を蹴り上げていたのだ。

 唖然とする一同を背後に、悠は悶絶する叔父に言い放った。

「クズが私に触れるな。カスはカスらしく底辺でくすぶってなよ」

 自尊心が高い叔父には、かなりショックな一言だったろう。

 事実、うずくまったまま固まっている。

 流星は同情すると同時に、ざまぁみろと思った。

「さて、流星」

 悠はくるりと振り返った。

「君の家族を殺した妖魔は狩った。代金を払ってもらおう。……と、言いたいとこなんだけど」

 悠は言葉を切り、いたずらっぽい笑みを流星に向けた。

 流星は見とれながら、頬に熱が集まるのを感じる。

「お金はいいや。その代わり、私は君のことが気に入っちゃった」

「は?」

「君、うちでバイトしなよ」

 沈黙が、辺りを支配する。


「……ハアァァァァァァァァァァァァ!?」


 流星の絶叫が、夜空にこだました。


   ―――


 この家ともお別れか……


 流星は荷物をダンボールに入れた後、部屋を見渡した。

 家族の思い出が詰まったこの家。流星は今日、この家を出る。

 別に叔父に言われたからではない。これは流星の意志だ。

 家族は好きだった。でもこの家には未練は無い。

 財産は一応家族としてある程度受け継いだし、生活には困らないだろう。

 マンションも借りたし、あとは自分と荷物が家を出るだけだ。

「……バイト、ねぇ」

 一週間前の悠との会話を思い出し、頬をかく。

 仕事の手伝いをしろとかそういうことでなく、ただ傍にいるだけ。

 バイトと呼べるのかは疑問だが、悠はバイトだと言い張っていた。

 流星は別にバイトなどしばらくしなくてもいいのだが、なぜだか受ける気になったのである。

 自分でも気付いている。

 おそらく、あの悠という少女に惹かれているのだ。

 見た目とは違う、別の何か。その何かを、流星は知りたかった。

「……さて」

 流星は部屋を出た。ゆっくりと、名残惜しげに。


 光か闇か解らない、未来に想いを馳せて。





終わり


 番外編、完結いたしました。

 疲れた……いざ書こうとすると、進まない進まない。

 プロット、書くべきでした。頭の中ではできてたんで、なめてかかってた……

 とりあえず悠と流星の出会いはこんな感じです。グダグダ感が否めないのでちょこちょこ直そうかと思ってます。

 感想、評価などがあったら嬉しいです。でわ!



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