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喪失感と出会い


連載している「HUNTER」の番外編です。

できれば本編を読んでからこちらを読んでほしいです。





 春。四月十日の空は晴れていた。

 星が綺麗に見えるぐらいに、晴れていた。


 本当に、不気味なぐらいに。


   ―――


 華凰院 流星は脱力感に襲われていた。

 短い時間に、色んなことが起こりすぎている。

 昨日はいつものように終わって、またいつものように今日が来るはずだった。


「流星」


 流星は顔を上げた。

 広い、屋敷の応接間。そこに置かれた白い皮張りのソファーに座った流星は、次郎に声をかけられた。

「おじ、さん……」

「流星、このたびは……」

 次郎は口ごもった。どう声をかけていいか、解らないんだろう。


 昨日、家族を失った。


 父も母も祖父も、昨夜殺されたのだ。

 身体を引き裂かれ、原型をとどめないほどに。

 家族だけじゃない。この家の使用人も、同じように殺されていた。

 生き残ったのは、空手部の部活で遅くに帰ってきた、流星のみ。

「おじさん、一体誰なんだよ。一体誰が、俺の家族を殺したんだ?」

 流星は、力無く尋ねた。

 次郎は、申しわけなさそうに顔を流星からそむける。

「悪いが……これは、警察の手に負えない」

「……え?」

「明らかに、人間の手によるものじゃないんだ。まるで獣のような……」

「そんな馬鹿なことがあるもんか!」

 流星は勢いよく立ち上がった。

「動物に喰い殺されたって言うのかよ! ありえない。そんな危険な生き物がいるわけない! この、東京のど真ん中に!!」

 いきなり叫んだものだから、流星は咳き込んでしまった。

 断続的にゴホゴホさせつつ、次郎を睨む。

 次郎は父の高校時代の親友で、流星と同じぐらい、下手すると流星以上に辛いはずだ。

 頭の端ではそう解っていても、憤りをぶつけずにはいられなかった。

 たった一夜で家族を失ったのだ。気持ちの整理がまだつかなかった。

 流星のきつい目線を甘んじて受けていた次郎は、やがて口を開いた。

「流星。今回のことは、警察の手には負えない。だが、一人だけ、この事件を解決できる人間がいる」

 流星は目を見開いた。

「ほ、本当か!? そいつ、そいつが、本当に?」

「あぁ。ただちょっと、偏屈な奴なんだが……」

 偏屈、という言葉に、流星の脳裏になぜか老人が浮かんだ。

 あくまでイメージである。単にその言葉の印象だ。

「この街にいる。場所を教えるから、一人で行くといい」

「おじさんは、行かないのか?」

 流星は尋ねた。一人では心細い。

「仕事があるからな。向こうには、俺が連絡しておくから」

 次郎は流星に笑いかけた。しかし、瞳に哀しみがよぎったのを流星は見逃さなかった。

「おじ」

「さて。俺は現場に戻る。第一発見者の事情聴取も終わったからな」

 次郎は、すたすたと応接間から出て行ってしまった。

「……って、結局場所教えてもらってねーし」

 流星は肩を落とした。

「ハァ……」

 再びソファーに座り、今度はごろんと寝転がる。

 哀しみより先に、喪失感が先立った。

 一度に、多くのことが起こりすぎてる。自分の頭では処理不可能なほどに。

「……父さん、母さん、じいちゃん……」

 視界が歪んだ。無駄に高い天井がぼやけて見える。

「何で、置いてっちゃうんだよっ……」

 なぜか哀しみは来なかった。

 心を占めるのは、喪失感と、寂しさだった。


   ―――


「華凰院 流星」

 誰かが、眠っている自分を呼んでいた。

 女の声だ。いや、まだ少女と言っていい感じの声質だった。

「ねぇ、ちょっと」

 綺麗な声だ。鼓膜をちょうどいい具合に揺さぶる声。

「聞こえてるんでしょ。起きなよ」

 でも今は放っておいて欲しかった。身体は元気でも、精神的に疲れていた。

 流星は寝返りを打って、声の主に背を向けた。


「起きろ! 華凰院 流星!!」


 腕を掴まれたかと思うと、思いっきり床に叩き付けられた。

 とっさに受け身を取ったものの、背骨が折れるかと思うほどの衝撃を受ける。あまりの痛みに、流星は一瞬息ができなくなった。

「私を無視するなんて、いい度胸だね」

 上から先程の声が降ってきた。どうも、見下ろされてるらしい。

 流星は仰向けになって、声の主を怒鳴ってやろうとした。

 しかし、言葉は喉まで上がり、一気に急降下する。

 最初に思ったのは、綺麗、だった。

 目の前にいる少女は、想像を絶する美少女だったのだ。

 絹糸のような光沢を放つ黒く豊かな長い髪、艶やかでくすみの無い白磁の頬、顔立ちは彫刻のように完璧に整い、背筋をぞくりとさせるような美貌を誇っている。

 何より目を惹くのは、その切れ長の目だ。そこに収まる瞳は黒水晶のように澄みきっていて、目をそらすことのできないような魔力を宿していた。

 人として存在してること自体驚きの少女は、鮮血で染めたかのような赤い唇からため息をもらした。

「まったく。いくら家族を失ったからって人の話を聞かないのはどうかと思うよ」

 超絶美少女にいきなり駄目だしされた。

「暗いのは嫌いじゃないけど、うじうじする男はウザいな」

「なっ……」

 流星は絶句し、次いで思いっきり叫んだ。

「だ、誰だ、おまえはっ。人ん家に上がり込んで、いきなりけなすな!」

 相手の反応は薄かった。

 少女はきょとんと見返してくる。

 最初の印象から一変した愛らしい表情に、流星の心臓は跳び跳ねた。

「あ、えっと……あっと……」

「君って、変わってるね」

「は……?」


 むしろ変わってんのはおまえだろ。


 そう言い返したかったが、言葉が出てこなかった。

 少女はふっと笑って、胸の前で腕を組む。そして自然な口調で現実離れしたセリフを言い放った。

「私は椿 悠。君の家族を殺した奴を狩りにきた」

「……は?」

 流星の口から間抜けな声が出た。


   ―――


 次郎は煙草をふかした。

 現場では吸うなだのなんだの言われるが、こうするのが一番落ち着くのでしょうがない。

「椿はもう来たかな」

 連絡してもう一時間が経過している。

 自分より先に流星に会うよう言ったから、こちらが気付かないのは当然として。

「流星は、どう反応するかな」

 何せ、彼女の容姿が容姿だ。次郎も初めて会った時は、年がいも無く見とれてしまった。

 おまけに流星は今年でようやく高校二年生。あの少女に手玉に取られるのは目に見えている。

 娘の幼馴染みが赤くなって慌てる姿が、考えずとも浮かんだ。

「警部」

 ぼけっとしていたら、部下の佐々木が近付いてきた。

 去年巡査部長になった若い刑事で、なかなかどうして使える美形だった。

「あー! また現場で煙草吸って。灰が落ちたらどうするんですか!」

「そう騒ぐな。どうせ現場検証は終わったろ」

「そうですが……」

 佐々木はため息をついた。

 こちらのヘビースモーカーぶりは知ってるので、諦めたのだろう。早々に切り替えた。

「それより、先程警部の知り合いと名乗る少女を華凰院君と会わせたのですが……」

「あぁ。あいつもう来たのか」

「は、はい。指示通り通して……。あの、警部?」

「ん?」

「あの少女は、一体何者なんですか?」

 やはり訊かれた。だいたい予想はついていた。

「佐々木、おまえ退魔師ってのは知ってるか?」

「は? 退魔師?」

 佐々木は首を傾げた。

「じゃあ妖魔はどうだ? 妖怪とも言い換えていいが」


 何言ってんだ、この人。


 佐々木の顔には、まさにそんな表情が浮かんでいた。

 まぁ無理もないか、と次郎は苦笑する。

「佐々木、俺はおまえより長く生きてる。だがこの年になって、自分の無知を痛感した」

「はぁ……」

「おまえは、幽霊や妖怪、魔物なんかを信じるか?」

「信じるわけないでしょう。そんな非科学的なもの」

「そうか。一年前までの俺もそうだったよ」

 この若い刑事の肩を叩き、次郎は言う。

「だがな、世界は不思議なことなど無いようで、めくってみればおびただしい闇が潜んでいるんだ」

「それと先程の少女が、どう繋がるのですか?」

「まぁ聞け。不思議に思わないか? 科学では解決できない事件が、多数あることに。たいがいが事件として扱わんが。今回だってそうだろう?」

「……確かに。現実ではありえないことですよね」

 佐々木は床に目を向けた。

 部屋の中心、さっきまでグロテスクな死体が横たわっていた場所には、赤黒い染みが三つできていた。

 その大きさで、出血量は容易に想像できる。

「死体は皆、バラバラに引き裂かれてました。刃物を使った形跡は無く、獣に噛み付かれたような跡があった」

「そうだ。だが、獣のいた形跡は無く、鍵が壊れてる以外に破壊された場所は無い。ましてやここは東京のど真ん中だ。危ない獣がいるはず無い」

 次郎が引き継いで現状説明すると、佐々木は顔を歪めた。

「ありえないことだらけだろ?」

「はい……」

 人でも、獣でもありえない所業。ならば一体、何者によるものか。

「さっき言ったな。妖魔を知ってるかって」

「はい」

「妖魔とは」


「闇より生まれし異形の存在、でしょ?」


 軽やかな声に、次郎は振り返った。

 流星を従えた絶世の美少女が、にっこり微笑んでいた。

「よう、椿」

「久しぶりだね。高野刑事」

 次郎が手を上げると、悠は笑みを深くした。

「妖魔の説明は私に任せてもらうよ。本業だしね」

 悠はドアの入口に立ったまま腕を組んだ。

「人は誰しも心に闇を持っている。それは今も昔も変わらない。妖魔とは、その心の闇から生まれる存在なんだよ」

「心の、闇……」

 流星がぼそっと呟いた。

「そう。人の心がそれぞれ違うように、妖魔の力もそれぞれ。普通の人間に、妖魔に対抗する力は無い」

 悠は長い髪を後ろに払った。

「そこで私達退魔師の出番ってわけ。私達だけが、妖魔に対抗する力を持ってるの」



 嘘臭い、と流星は思った。

 言われるままに家族が殺されていた祖父の書斎に来て、そんな話を聞かされるとは。

「お、おいおまえ……誰がそんな話信じると思ってんだよ」

 流星が言うと、悠は視線だけこちらに向けた。

 いわゆる流し目である。またまたどきりとしたが、続ける。

「子供のくせして偉そうだし、一体何様のつもりだよっ」

「悠様?」

「そういう意味で言ってんじゃねーよ!」

 流星が叫ぶと、悠はくすりと笑った。

「まあいいや。いずれ解るよ。華凰院 流星」

 悠は人差し指を流星に突き付けた。

「私の力と、真実をね。その足りない脳みそで、せいぜい考えるといいよ」

 そう言って、少女は不敵に笑った。

 こちらを見下すように、傲慢に。







 前に活動報告で書いた「HUNTER」の番外編です。ようやく書くことができました……疲れた……

 連載にしたのは、一話では書ききれないと思ったからです。多分、三話か四話完結になるかと。

 それまで応援よろしくお願いします!


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