第1話 神殺し
深い深い闇の中に溺れて嘆き苦しむ。
苦しい、つらい、いたい、たすけて
手を差し伸べるものなどいるはずもない。
俺は・・・孤独だ。
ああ、どうか神様お願いします。
他のことは何も望みません。
私に自由を、
自由をください。
***
ぼんやりと意識が覚醒していく。
今や意識ははっきりしているし、肉体の感覚もあるが、どうも視界が不明瞭で深い霧の中に囚われているかのような感覚に陥る。
「そうか、死んだのか。」
この直前のことを思い出そうとする。いや、思い出したくもない過去だ。
自殺。終わらない地獄に嫌気がさしてしまったのだ。
時系列的には直前であるはずのできごとも遥か昔のように感じられて、不思議な感覚だ。
「目を覚ましたかのぉ。」
声がした方向を向くと少しずつ白い霧が晴れて視界が明瞭になり、1人の老人が目の前にいた。
真っ白な髭で顔の下半分が眉毛で目元が隠されていて、体には簡素な白い服を纏った老人、いかにも神様と呼ぶにふさわしい風貌であった。
「今から、お主の生前の行いに基づいて地獄か天国か、どちらへ送るのが適当かを審判する。」
天国、地獄、審判・・・その言葉1つ1つが自分に強烈な何かを思い出させようとする感覚に囚われる。生前の記憶にも当然残る単語だが、生前に特別な意味を持つ言葉ではなかった。いや、文字通りの「生前」、生まれるよりも前の記憶が何かを主張してくる。
「ふむ。死因は自殺・・・か。いや、しかもこれはかなり特殊なパターンじゃのぉ。魂のあり方があまりに歪んでいるとしか言いようがない。」
ふと、自分の体が見慣れた体ではないことに気づく。記憶が残っているのに、体が異なるというのは奇妙な感覚だ。
『自由に生きたいんだろう?』
記憶の片隅に残る誰かの言葉が頭の中に浮かび上がってくる。
「天国か地獄がどちらに行くべきかは考えるまでもないようじゃのぉ。」
『殺せ。』
ああ、そうか。そうだな。全て思い出した。俺はひとまず賭けに勝った。
「お主の次なる行き先を宣告す・・・おや?どうかしたかのぉ?」
勝つべき賭けはもう1つ。俺は、一歩足を前に踏み出す。
「どうやら、自我が抑え込めていないようじゃ。器の作りが甘かったのかもしれないのぉ。」
「爺さん、いや審判部長官『ジュピター』!」
目の前の老人——ジュピターが初めて警戒の色を浮かべる。
「俺は、天国になんか行かないさ。俺は自由だ。」
そういうと、左手で右の小指を掴んで精一杯の力を加える。
「やめなさい!」
ジュピターがこれまでの会話からは考えられないほどに強く張った声を出す。
ポキッ。
小指が折れてだらんとぶら下がる。俺は狂気的な笑みを浮かべて右手を掲げジュピターに見せつける。
同時に体全体をこれまでに感じたことのないエネルギーが駆け巡るのを感じた。何をすべきはすぐに理解できた。
左手だ。
左手に力を込める。想像通りに、想像通りに、のびて、のびて、のびて、尖って。
鋭利な左手は唖然とした表情を浮かべた老人の左胸を貫いた。
老人が前のめりになって倒れる。
「今日から、俺が神様だ。」
老人がぴくりとも動かないのを確認してからそう呟いた。
***
ああ、神様申し訳ありません。
他のことは何も望みません。
私に自由を、
自由をください。