君を愛することはない? そういう事はもっと早く言えこのバカ!
まず最初に言いたいのは、そもそもあなたに愛されたくなかったってことです。
え。どうしてかって?
それを聞いてくる神経が分かりませんね。そういうとこですってお返ししますよ普通に。本当に嫌……いやそんな腹立つ顔をされても困りますよ困ってんのはこっちなんですよマジで。マジで!
……本当に分からないんですか?
はーホーへえ。ゾクゾクするくらいの無神経さですね。
ほら見てくださいこの鳥肌。手の震え。
あまりのキツさに意識が吹っ飛びそうです。わかりますか?いや分からないから言ってるのか~勘弁してくださいよ本当に。何食べたらそんなふうに育つんでしょうかね。食生活を真似しないよう子々孫々に語り継ぐので教えてくださいよ。
え?その前にどこが嫌いなのか教えて欲しい?ええいいですけど全部です。事細かに知りたい?
まず。
──あなたの姿が、嫌いです。
その平和ボケした感じの目。
そのゆるゆる笑う口元。
その不器用そうな指。
そののんびりした立ち姿。
なにもかも目に入れたくない。吐きそう。最悪です。すべてが害です。
──あなたの声も、嫌いです。
耳に入ってくるとゾワゾワする。呪いでもかけられてるのかなって気になってくる。威厳の欠けらも無いその喋り方変えられないんですかって100万回はご忠告申し上げた。変わらなかった。クソが。
──あと。
あなたの、その、眼差し。
いつもこっち見んなって思っていました。
最近は特に。これ以上最悪なのはないっていつも思っていました。
魔眼の持ち主と言われたら納得できるくらい。だれだって困りますよそんなの。
……ええ、困るんですよ。
そんなあなただから、愛されたくなかった。愛したくなかった。
最悪な結末に至るのは分かりきっていた。困るんですよ。てか今まさに困ったことになってますが。
どうしてか分かりますか?あーいいです答えなくて。状況は変わりません。ああ最悪。
──煌々と燃える城。
その、玉座の間にて。
夫たる皇帝の腕の中で、私は、ずっとそうやって毒づいていた。
これ以上ないくらい泣きながら、毒づいていた。
泣いてむせて聞き苦しいだろう私の声にじっと耳を傾けるあなたに毒づいていた。
煙に巻かれて見えなくなりそうになっても、はぐれないように。強く強くあなたの服を握りしめて。
ただひたすらに頭を優しく撫でてくれるあなたの腕の中で。
血とともに失われていくあなたの体温に包まれながら。
煙を吸って咳をして、それでも僅かに空気のあるバルコニーに向かって逃げることもせず、誰に命乞いをすることもせず、男の胸にしなだれかかり、座って、口を開いていた。
「ぜんぶあなたのせいです」
「ごめんね」
「謝罪すら陳腐ですね」
「うん。ごめん」
「最悪です」
「そうだね」
「自覚があるなら矯正なさいませ」
「うん」
「馬鹿の一つ覚えみたいな返答はやめてください」
「うん」
「それ以外お返事できないんですか」
「うん」
この期に及んでこんなことしか言えない自分に嫌気がさして涙がこぼれる。
わたしは……この穏やかで底抜けに優しい男を、愛していた。
愛していたから、城が焼かれても、彼の肩に矢が突き立っていても、逃げようとは思わなかった。
破滅に向かう帝国の、最後の皇帝の座。
そこにはかつて愚かな前皇帝が座っていたが、そいつは何度か暗殺されそうになったせいか、命惜しさに逃げ出した。
その代わりに席に着くことになったのが、この男だった。
男は優しすぎた。
民のことを思いやるあまり、この国の「帝政」を終わらせることをどうやら望んでいた。
血筋でのみ選ばれる皇帝しだいで幸も不幸も決まる帝国民が不憫だとして、迫る死に大して抗いもしなかった。
歴代皇帝が贅を尽くした城ごとこんがり焼かれることで、完全な「封建制度の終わり」を演出するのが最後の仕事だと腹を決めていたのだ。
そして私は、革命軍に与する貴族により非合法の魔法で呪縛され、皇帝の妻の座に座らされた「駒」だった。
税金を湯水のように使い、使用人を大した理由もなく鞭打ち、国民を見下し罵るような悪事を、魔法により「強制的に」やらされた。
魔法の縛りで、それは誰にも言えなかった。
皇帝を弑逆して封建制を終わらせる理由の一つとするためだけに、悪女の象徴として私は存在していた。
男は優しいが、愚かではなかった。
私の役割を分かっていた。
だからなのか……鞭を取り落とし、罪に震えて俯く私を抱きしめて愛した。
「泣かないで。その罪はすぐに精算される。……その時は一緒だ。二人なら大丈夫だよ」
そう言って、私の背中を優しく撫でた。
大きな大きな、歴史のうねり。
人々の欲望や信念で構成された、巨大な流れ。
二人ともそれに抗うことなどできはしなかった。
皇城の中で、誰もが私たちに「象徴としての死」を願って冷たい目を向けていた。
でも。
男が愛してくれたから、私はずっと寂しくなかった。
男も、「君の目はいつも僕の心配をしている。口は悪いけど、優しい、いい子なんだね」と言って、私を愛してくれた。
「手放せなくてごめんね」と、「助けてあげられないのに愛していてごめんね」と、しょげたように言うあなたを愛していた。
「死なないで」
震える声で、小さく、絞り出すように告げる。
でも、答えは「ごめんね」だ。
謝るしかできないんですかって毒づいても、また頭を撫でられるだけ。
「来世では、きっと大丈夫だよ」
「……なにが、ですか」
炎の中で、優しい腕が、私をぎゅっと抱きしめる。
「君を愛することは無い。来世では決して。……だからきっと今度こそ。……かならず、幸せに、なるんだよ」
そう言って。
──アルカディア帝国の最後の皇帝、ルイ・ラ・アルカディアは、私を抱きしめたまま、穏やかに微笑みながら死んでいった。
◇
「そこは来世でも一緒だよって言うところだろうがボケェェエーーッッッ!?!?!?!?」
ガバッと起き上がりながら叫んだ。
いや絶対違うでしょ。そこは来世でこそ一緒に幸せになろうでしょ。なにを「自分と一緒じゃ不幸になる」と決めつけてるんですか?そんなところで謎の優しさを発揮されては困るんですが?
ほぼ絶叫と言っていいような叫びを上げて起きたせいで窓の外の小鳥が大慌てで飛んで行った。
それをゼエハァして見送りながら、私は目元に残っていた涙をぐいと拭った。
「大体、魔法で縛られて逃げられなかったし……それも分かってただろうに、愛してるから逃がせないとかなんとか。私を惨めにさせないため? ああもう本当に……」
本当に、お人好しで、罪な人だった。
そう思いつつ。
あれ?と思った。
「……え? ここどこ?」
ごく自然に受け入れそうになっていたが、火に焼かれた城でもないし、元奴隷の時にいたような牢屋でもないし、駒にすべく貴族令嬢にさせられた時のような豪奢な部屋でもない。
なんというか……カントリーな感じの上品な部屋だ。
クリーム色の上品な布をたっぷり使った内装に、飴色に輝く重厚な家具が置かれている。
二階か三階らしく、窓の外では美しい新緑が風に揺れていて、遠くに見える景色は山が見える典型的な田園風景という感じだった。
どう見ても帝都では無い。
「……???」
自分の頬をつねってみたら、それもおかしかった。
もっちもちだ。
「毒蛇の皇妃」として祭り上げられたのは二十歳の時だから、もうちょっとシュッとしていた。
慌ててベッドから駆け下りて鏡を覗き込んだら、どう見ても若返っている。
ゆるいウェーブを描くピンクブロンドの髪に、スカイブルーの瞳。
顔の造形もほぼ変わらない……が、推定十歳くらいだろうか。
そう思った瞬間に「今世」の情報がなだれ込んできた。
私は、メディナ。
メディナ・クルーゼ。
この国に「革命」が起きた記念に創立された、「自由市民学園アルカディア」にこれから入学する新一年生だ。
封建制度が解体されたから、身分は無し……と言いたいところだが、結局「華族」という形で残ったやんごとなき身分の娘だ。
今は、革命が起こってから五十年が経過している。
国は混乱期を経て随分と平和になり、民主制と呼ばれる統治方法をとっている。
しかし各領地を治めていた領主たちの全てがそれにすんなり従った訳ではなく、だからこそ「華族」制度が誕生した。
今は平民出身でも腕とコネさえあれば帝都でトップに立つことが出来る時代らしいが、それでも華族が圧倒的に有利なのは変わらない。
つまるところ、私は御伽噺で見るような「転生」をしたらしい。
見た目とメディナという名前だけ同じだが、それ以外の全てが変わっていた。
……なんてことをツラツラと思い返しながら、私は窓の外をぼうっと眺めた。
「そっか……。……五十年……、か」
それだけの時間を経て、この国はあのひとの願った姿に近づいた。
近づけたけれど。
──もうあのひとは居ないのだ。
それを、急に実感した。
窓の外で、風に乗ってふわりふわりと白い花が飛んでいく。
あれはなんの花だったかしらと思いながらその落ちていく先を眺めやる。
もう、ごめんね、と言いながら私を抱きしめるあのひとは居ない。
悪意渦巻く宮廷の中でも、せめて寂しくないようにと、沢山の言葉と口づけをくれたあのひとは。
僕の、僕らの戦争に巻き込んでしまってすまないと、それでも君を手放したくないと言ったあのひとは──。
────窓の外で、カポーンと薪割りをしていた。
「…………………………、は?」
目をぱちくりした。
どう見てもあのひとだ。
最後の皇帝、ルイ。
プラチナの髪に深い緑の瞳。特徴的な色彩はさることながら、なによりも。
その平和ボケしたような目。
そのゆるゆる笑う口元。
その不器用そうな指。
そののんびりした立ち姿……。
呆然としながら見下ろす私の視線に気づいたのか、男がふとこちらを見あげて斧を置いた。
麦わら帽子を押さえて、デニムのオーバーオールの作業服で、やんごとない身分の娘と目が合ったことに驚いたように、いかにも使用人らしくぺこりと頭を下げて。
それでも目を離さない私を数秒見て。
──あ、思い出しちゃったかぁ。
なんて言いそうな顔ではにかんで、苦笑したから。
私は、弾かれたように部屋を飛び出したのだった。
「なんで薪割り!?」
ダダダと走りながらも私は分かっていた。
彼は確実に前世の記憶を持っている。
そして、私を探し当てた。
探し当てたけど記憶もなさそうだし、ない方がいいと思ったのだろう。だから話しかけなかった。
でもお人好しだから私が幸せになれるか心配で。
で……多分、使用人として屋敷に潜り込んできた。
そうして、見守っていたのだ。私のことを。カポーンと薪割りなんかをしながら。
涙が溢れて止まらなかったのに、ドカンと扉を開けて庭に出た時にはルイは姿を消していた。
──君を愛することは無い。
その言葉が脳裏で再生されて、私は絶叫した。
「逃げるなバカーーッ!!! そういうのは前世の初日に言えバカーーーーーッ!!!!!!!」
来世では愛さない。それを実行する気なのだあのひとは。
だったらなぜ。
あんな、愛おしいと言うような声音で囁いたの。
あんな、愛おしいと言うような目線で見てくれたの。
そんなものを一身に受けてしまったら、来世でだって来来世でだって好きになってしまうに決まっているのに。
私はヘタリと座り込んだ。
──そしてゴウッと燃える炎を背負った。
ゆらりと立ち上がる。
「絶対、逃がさない」
言うのが遅いのだ。
愛さないと言うなら最初からにしろ。
嫌いにさせるなら、最初からそうしろ。
憎ませるなら、あんな優しい手で抱きしめないで。
あまつさえ、転生してからも様子を見に来ていたのだからどうしようもない。
大好き。
今すぐ一発殴らせて欲しい。嘘やっぱりそんなことできない。
今すぐ抱きしめて、それでやっぱり一発殴りたい。
──その後、探しても探しても見つからなかった元皇帝の使用人はすっとぼけた顔で学園にいて、ドタバタな学園生活が始まったりするのだが……。
それはまた、別の話である。
のほほん男×ツンデレ娘は書くのが難しいですが、好きなので挑戦してみました。
他に、「断罪された俺の最愛のお嬢様へ。マントの中に勝手に入るのは可愛すぎるからダメっス。」という溺愛系の短編もアップしました。お試しいただけたら嬉しいです。
従者×お嬢様な読み切りです。
よろしければ、ポチッと評価やブクマにて応援くださると励みになります。
それでは、ここまでお読み下さりありがとうございました!