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生命の宿るところ  作者: 山口テトラ
生命が宿るのは他殺か、自殺か。
2/3

死なない心中 第二話



 広く何もない屋上にポツンと立っているのは背の高く制服を着た男性でした。うちの生徒であるのは間違いなさそうですが、人の交流がない僕は存じませんでした。

 彼はすでに柵に手を置いて待っていました。

「どうしたんだ?俺の顔に何かついてるか?」

 あまりにもまじまじと見てしまったため彼は鼻で笑いながら冗談っぽくそう言ってきました。首を横に振ると彼は、そうか、を吐き捨てるように呟きます。

「あの、教えて欲しいことがあるんです」

 急に問いかけられた彼はキョトンとしていましたがすぐに、言うように促します。僕はそれに素直に従いました。

「あなたが、不死の人間ですか?」

 動きを止めました。どうやら図星みたいです。

「噂を聞いてここにきたんですけど、心中ってことはあなたも死なないと不平等じゃないですか?」

 ここまでいうと彼は手で僕を制しました。

 ポケットに手をいれ、空を鳴きながら飛んでいる鳥を見ながら彼は語りはじめました。

「心中ってのは死ぬのが怖いから一緒に死のうってやつだよな。ならお前が聞いてきたみたいに、片方だけが生き残ったらそいつはどうなる?答えは簡単だ。人殺しなんだ、そいつはよ……死ぬのを約束したのに片方が破って死ぬんなら裏切りだ。生きたほうは人殺し、それが俺だ。俺は澪に生きた罰を背負わされたと思ったよ。相手を殺した罰を一生背負えってな」

 彼は自分に言い聞かせているようでした。

「俺が初めて自分が普通じゃないと気づいたのは初めてできた彼女と心中した時だった。俺たちの出会いもお前と今日会ったみたいに死という言葉に誘われてしまったんだ。二人とも抵抗はなかったし後悔はない首を吊ったのさ……でもあろうことか俺は生きた。最初は緩みができて失敗したんだと思ったが、何回括っても俺は死ななかった。目の前には首が伸びて死んでる彼女の死体だけがあった。その時からだった。俺が人殺しになったのは……」

「それが罰ならば、なんで今にもなって心中を繰り返すんですか」

 一番疑問だったことを聞きました。死なないとわかっているのになんで繰り返すのか。

「仲間が欲しかったんだ。誰か俺と同じ不死の人間がいるんじゃないかと心中を繰り返していればいつか見つかるんじゃないかって。寂しいから仲間を探すのはダメなことなのか?」

 彼の顔はとてつもなく悲しい顔をしていました、でも僕の心は動きませんでした。彼の言い分はとても無謀で終わりがない話でした。誰も彼もが彼みたく特殊なわけがありません。現れたとして彼はどうしたいんでしょう。お互いの傷を舐め合いたいんでしょうか。それとも他にやりたいことがあるのか。どちらにせよ、僕がそれを知る必要はないでしょう。

「あなたの言いたいことはわかりました。でもここで一つだけ忠告しておきます。挑戦と無謀を履き違えないでくださいよ。少なからず僕は不死ではありませんよ」

 彼は鼻でふっと笑うとさっき僕が噂くんにしたように口を歪ませました。

「やってみなきゃわからないだろ。ほら、こっちこいよ」

 屋上の柵近くにいる彼の元へ僕の体は吸い込まれるように近づいていきました。まあ、試してもらはないとわからないですが、不死も不死で気になる気持ちもありました。

「最後に言い残したことはないか?」

 僕と彼は柵をこえて出っ張りの部分で踵だけが乗っている状態でした。下から見てもそうは思いませんが屋上から見る学校はやけに高く感じました。ここから落ちたらどうなってしまうのか、予想するのは簡単でした。即死、この二文字が頭を埋め尽くします。

「言い残したことですか……」

「ああ、俺は残念ながら死なないから遺言を届けてやるよ。誰に当てた遺言か言ってみろ」

 高さが怖かったわけではありません。ただこのことをずっと言いたくて仕方がなかったのです。だから声も上擦ってうまくいえませんでしたが、深呼吸を数回して言いました。

「遺言はあなたへですよ」

 は?と拍子抜けしたような顔をする。僕はすかさず続けました。

「僕も残念ながら死なないんですよ。だってこの世にまだやり残したことがたくさんありますからね。だからまだ“死なない“んですよ……」

「お前何言って……」

 明らかに彼の顔から笑みが消えました。吸収したかの如く僕はいつにもなく豪快に声をあげて笑いました。

「そのやり残したことにこんなことがあるんですけど、言ってもいいでしょうか?」

 もう彼は何も言いませんでした。言い返せない彼の顔を見て愉悦に浸っている僕はとても珍しかったと自分でも思いました。

「不死の人間が死ぬ瞬間を見たいと……ね。噂の時からずっと思っていましたがあなたは、死なないんじゃなくて、自殺できないの間違いではないでしょうか?……………生き残ったことが罰ならば僕があなたを殺してあげますよ」

「貴様あぁぁぁぁっ!!」

 その瞬間僕は彼に抱きつくようにして無理やり柵を掴む手を離させました。そのまま屋上から二人は落ちました。彼の体はみるみるうちに下へ落ちていきます。挙げ句の果てにペットボトルが破裂したような音が響きアスファルトにペンキを豪快にこぼしたみたく赤く水溜まりができていました。屋上から見ても名前すら知らない彼の四肢があらぬ方向へ曲がっているがよく見えました。一瞬彼が動いて見えましたがきっと気のせいでしょう。目を擦ってもう一度下を見返すとやはり彼は倒れて動きませでした。

「僕が殺したのか……はは……やったのか。人を殺したんだ」

 そんな僕はどうなったのかというと、落ちる少し前に昨日買ったスプリングフックをズボンに巻いたベルトと柵につけて落ちないように細工をしていました。死ぬ予定だったのですが昨日のうちにこういうことをしてみたいと不意に考えついたのです。

 このまま彼が死んでも自殺と見られて、不死が本当で生き返っても彼はその場から立ち去り事件はなかったことになるわけですし、僕はどちらに転ぼうとも影響はあまりありません。できれば後者なら綺麗に終わりますが、もう関係ない話です。

 僕はその場から逃げるように立ち去りました。心は冷静でも体は正直で手が震えていました。止めようとしても止まらないほどにひどく、人を殺めた感覚はとても怖く、僕にとっての恐怖だったみたいです。


 †


 次の日の朝、ホームルームが終わると例の噂くんが血相を変えて僕の前に来ました。デジャブを感じつつも彼の声に耳を傾けました。昨日の遺体は一人であったことを彼は話してくれました。それもそのはず昨日死んだのは不死……いや、自殺できない男の一人だけでしたから、これを知るのもあの場にいた僕だけですけど。

「君昨日あの場所にいったんでしょ?なのに生きて帰ってきて、しかも遺体は一つだけ……まさか、君が噂の不死の男かい!?」

 彼の考えは面白いと思いました。確かに今言った通りに今の状況を考えてみると今は僕が不死の人間なのかもしれません。

「違いますよ。昨日は用事ができて帰ったんです。だから噂の真実も諦めたんですよ」

 俺が噂の正体になっても良かったんですけど、話が広がりすぎるのも面倒ですし今はそういうことにしておきましょう。

「それとですね。一つわかったことがあるんです」

「な、なんだい?」

 彼は目をキラキラ輝かせながら耳を近づけました。

「あなたが思っているほど、彼は不死身ではなかったですよ」

 そう、彼は決して不死身という名前を付けるのも痴がましい。ただの自殺できない。殺されることでしか生涯に幕を閉じることを許されなかった罪人といったところでしょうか。

 伝えるだけ伝えるが彼はなんのことだかわからないといった顔をしていました。そんな彼は放っておいて僕は一時間目の授業の準備に取り掛かりました。



 死なない心中、終。

生命宿辞典 Part2


⑸心中の噂

・毎月13日の17時に屋上に集まる二人組が飛び降り自殺をするといった噂。

・予約制らしく、その人数は10人以上はいるとか。心中の日が決まった生徒は取り憑かれたようにそのことしか考えられなくなるらしい。

・あまりにも死傷者の多い噂であり、生徒の中では深刻な状態に思うものもいるが教師たちはろくに動こうとしない。そこも謎の多い噂でもある。

・心中で死んでしまった生徒の姿を見た人間もいるとされる。その場所が落下した地面と同じであるというのもまた噂。


⑹不死身の男 坂口守

・主人公が遭遇した男である。

・心中の噂の後付け設定とされていた不死の男であるが最近は実話として扱われることが多くなった。

・その理由は心中の現場を見たという生徒から始まっていて、その惨劇のあまりに目を背けた瞬間、二人組の片割れが走って逃げていったのを目撃したのが最初である。それ以降色々な設定が付け足された結果、この説が有力な噂とされた。

・能力は自殺できず他殺でしか死ぬことができない、ある意味では不死身の能力である。

・最終的には主人公が屋上から突き落としたという他殺で解決した。

・この男がどうしてこの能力に目覚めたのか、それはまた別のお話……。


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