わたくしから貴方への愛は冷めました。もう、二度と貴方の事を思い出すこともないでしょう。さようなら。バレスト様。わたくしの前に二度と現れないで下さいませ。
貴方の事を愛しているの。
ものすごく愛しているの。
だから貴方はわたくしの物。
決して誰にも渡さないわ。
アリーディア・コレントス公爵令嬢は、バレスト・クラディ公爵令息の婚約者に選ばれて凄く嬉しかった。
だって、幼い頃からふわふわの金髪で整った顔の美しいバレストは憧れの的で、母に連れられて行った子供同士の交流の茶会で、一目惚れして以来、両親に強請って来たのだ。
あの人と結婚したい。だからあの人を私の婚約者にして。
父は微笑みながら、
「貴族の娘は政略で結婚が決まるんだがな。まぁクラディ公爵家のバレストは次男。うちに婿入りするのに障害はないだろう。家柄も丁度良いしな」
母もアリーディアの髪を優しく撫でてくれて、
「そうね。政略結婚といいながらも、やはり愛する人と一緒になる事はとても幸せな事だから。ねぇ貴方。アリーディアの願いをかなえるためにも、クラディ公爵家に働きかけて下さらない?」
「ああ、アリーディアとの婚約の話を持っていってみるよ」
アリーディアは幸せだった。
あの美しいバレスト様と婚約出来る。いずれは結婚出来る。
幸せに胸を弾ませていたのに。
12歳の時に婚約が決まって、バレストとの交流が始まった。
彼は優しく、アリーディアに接してくれて。
贈り物も誕生日やクリスマスに欠かさず送ってくれ、離れているときは手紙もよくくれて本当にいい婚約者だった。
でも……15歳の時から彼は変わった。
手紙も贈り物もくれなくなったのだ。
自分の事を嫌いになった?
なんで?何故?わたくしが何をしたと言うの?
たまらなくなって領地から王都にいる彼に会いに行った。
王立学園に今年からバレストは通っており、アリーディアは同い年ながら学園には通っていなかった。
家庭教師で貴族として事足りるならば、この王国の貴族女子は通う必要がなかったからだ。
王都のクラディ公爵家を訪ねれば、客間に通されて、
しかし、客間に現れたバレストは冷たく一言。
「何しに来たのだ?」
アリーディアはバレストに向かって、
「最近の貴方様はわたくしにとても冷たくて。わたくしは貴方様の婚約者なのですわ。それなのに何故?」
「私は愛する女性が出来た。君は婚約者だが、私はその女性を将来、愛人に迎えたいと思っている」
「貴方様は我が公爵家に婿に来るのですわ。それなのに愛人を?」
愛しているのに。バレスト様を愛しているのに。愛人を?そんな酷い男だったの?
バレストは頷いて、
「君は私を愛しているのだから、私が愛人を持つことを広い心で許してくれるはずだ。君が望んで私と結婚したがったのだろう?私は君でなくてもいくらでも婚約相手はいたんだ。それなのに……君は私が愛人を持つのを許すべきだ。私はユリアの事を愛している」
「ユリア?ユリアって……」
「市井の女だ。君と違ってとても優しくてね」
「わ、わたくしだって、貴方様に贈り物をしたり、冷たい態度を取ったことなどありませんわ」
「手作りのお弁当とかを食べされてくれるんだ。君は料理人に作らせるだろう?心が籠っていない」
「当たり前ですわ。わたくしは公爵家の娘。貴族なのですから」
「そんなところが大嫌いだ。だが、我慢して結婚してやると言っている。感謝するんだな」
許せない。そう思った。
愛しているからこそ、許せない。
いえ、自分は彼のどこに惹かれていたのだろう?
顔?態度?
ユリアという女と付き合うまでの彼はとても紳士的で優しかった。
そもそも、貴族が行く王立学園に何故?市井の娘が?
優秀な女なのか?
会いに行くことにした。
王立学園の寮に住むと言う女に夕方面会を求めた。
寮の入り口横にある客間で、アリーディアはユリアに会った。
「これはアリーディア様。私、バレスト様と愛し合っているユリアと申しますっ」
「愛し合っているですって?わたくしが彼の婚約者なのに?」
「愛のない結婚って可哀そうだと思いません?」
いきなり挑発的な態度をとるユリアという女。
顔は美しく胸は大きく金髪でそれはもう目を引くような女だった。
その女に比べて栗色の髪の自分の容姿はあまりにも平凡で。
それでも自分は公爵家の娘。しっかりしなくては。
「バレスト様はわたくしの婚約者。そして我が公爵家に婿に来ることが決まっているのです。ですから、諦めて頂けません?」
「えええっ?おかしいじゃないですか。私が彼に愛されているのに。愛し愛されている二人が結婚するのが当然でしょう?」
「彼は貴方を愛人にすると言っております。彼は平民になるのが嫌みたいですのよ」
「私を愛人に???信じられない。身を引きなさいよ。いえ、私が公爵夫人になるの。貴方より私が公爵夫人に相応しいわ」
「貴方。何を聞いていたのかしら。婿に来ると言っているのです。わたくしの家にバレスト様が。バレスト様は次男ですから。ですから、公爵夫人に貴方がなるだなんて事ありません」
「だったら、出て行ってくれないかしら。バレスト様はとても優秀な方。貴方の家は私が公爵夫人になって盛り立てて行った方がよいと思います。私だってとても勉強が出来るのですもの」
「勉強が出来るだなんて、それならばこんな失礼な事、言うはずないですわね。なんて無礼な女」
こんな女がバレスト様が好きだなんて。
自分を追い出して我が家を乗っ取ろうとするこの女。
外は雨が降って来て。
無礼な女がいる寮を出て、馬車に乗り込んだ。
自分からバレストの事が好きで、両親に頼んで婚約を結んだ。
綺麗な薔薇の花や、素敵な指輪。いろんなものをバレストからもらった。
日々の出来事を綴った手紙のやりとりはとても楽しくて。
自分の何がいけなかったのだろう?
何があの女に劣っていたのだろう?
容姿?それとも……
涙がこぼれる。霞む王都の景色を見ながら、アリーディアは涙を流すのであった。
翌日、領地へ戻ったアリーディアは父に頼んで、バレストとの婚約破棄をしてもらうことにした。
バレストが愛人としてユリアを迎え入れる発言をしていたこと。
貴族の愛人が認められない訳ではない。
しかし、ユリアという女はアリーディアを追い出して、家を乗っ取る発言をしたのだ。
それはコレントス公爵家としても許せない発言だった。
クラディ公爵はその話を聞いて、婚約破棄を受け入れ、慰謝料をアリーディアに多めに払ってくれた。
そんなに愛し合っているならとバレストを王立学園から退学させ、同じく退学させたユリアと共に領地の僻地の方へ追いやる事したと、わざわざ手紙で報告があった。
あまりにも悲しかった出来事だったけれども、これで一段落がついたと安堵していたアリーディア。
領地の屋敷になんとバレストが尋ねてきたのだ。
「悪かった。許して欲しい。私の過ちだった」
バレストが会いに来たと言うので、アリーディアはバレストに客間で会った。
彼は必死の形相で。
「ユリアは一緒に僻地に行くは嫌だと、いなくなってしまった。私が愛しているのは君だけだ。アリーディア。共に手紙をやり取りしただろう?君にプレゼントしただろう?私達が共に過ごしてきた時間は愛溢れる時間だったはずだ」
「その愛溢れる時間を。信頼を裏切ったのはどこのどなた?バレスト様ですわね。わたくしは貴方と復縁するつもりはありませんわ」
「私を見捨てるつもりか?」
貴方の事を愛しているの。
ものすごく愛しているの。
だから貴方はわたくしの物。
決して誰にも渡さないわ。
そう熱い思いを持っていた。
裏切られるまでは……
でも、今、この場をもって言える事。
「わたくしから貴方への愛は冷めました。もう、二度と貴方の事を思い出すこともないでしょう。さようなら。バレスト様。わたくしの前に二度と現れないで下さいませ」
凍り付いた愛はもう、二度と元に戻らないのよ。
わたくしが持っていた熱い思いは、彼に裏切られた事によって、彼の言葉によって凍り付いてしまったんだわ。
バレストは肩を落として、客間を出て行った。
手を伸ばして引き留めようとした。
でも、もし許して結婚したとしても、同じような事をこの男はするだろう。
自分を裏切って……違う女に愛を囁いて。
この選択に後悔はしない。
バレストが去って行く姿を見て、そうアリーディアは思うのであった。
後にアリーディアはとある伯爵家から婿を迎えた。
彼はとても誠実な人で、アリーディアはそんな彼の事が好ましく思った。
沢山の子にも恵まれて幸せに暮らした。
バレストがどうなったのか、アリーディアは知らない。
クラディ領地の僻地で一生を終えたのか、噂すら上らなかったので、冴えない人生を送ったのであろう。
アリーディアは結婚して10年ぶりに出てきた思い出の品を見つめ、
「わたくしも馬鹿な恋をしていたものね」
と、その品を再びしまい込んで、いつの間にか忘れてしまい、可愛い子供達と愛する夫との生活を楽しんでいたと言う。