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7.突然の別離宣言




 毎日が幸せ生活が三ヶ月目に入った頃。

 廊下を歩いていると、前からウルグレイン伯爵が歩いて来たので、いつもの通り笑顔を向け擦れ違ったところ、何と彼が私に話し掛けてきた。

 顔合わせの日以降、初めてのことだった。



「君は……本当にそれでいいのか?」



 久し振りに聞いたウルグレイン伯爵の第一声がそれだった。


「え?」


 けれど何を言っているのか分からず、私は思わず足を止め、首を傾げて問い返してしまった。

 ウルグレイン伯爵は見上げる私と目が合うと何故か顔を赤くし、怯んだかのように少し後退る。しかし小さく首を振ると、思い切ったように口を開いた。



「……っ。君は、今までずっと俺の為に尽くして……。俺は君を愛さないと言ったのに、それでいいのか!? 今までの御令嬢達のように君は見返りを求めないのか!?」



 ウルグレイン伯爵は、どうしてか泣きそうな表情で私を問い詰めている。

 私は首を傾げたまま、またもや問い返してしまっていた。



「人を愛するのに見返りは必要なのですか? 私はそんなもの求めません。愛する人が、健やかに幸せに暮らせているのなら、傍にいられなくともそれで十分です」

「…………っ!!」



 ウルグレイン伯爵は、大きく衝撃を受けたように綺麗な蒼色の瞳を見開き、私を見つめた。



「それに……伯爵様は私を助け出してくれました。その御恩に報いりたいのです」

「あれは……ヴォルターが縁談相手を決めたのであって、俺は何も――」

「いいえ。伯爵様は確かに私を助けてくれました。一生を賭けても足りないくらいの恩なのです」



 私の表情はきっと、自然に笑顔になっていたと思う。 

 ウルグレイン伯爵の瞳が大きく揺らぎ、やがて顔に掌を置くと下を向き、震える唇を開いた。



「……出て行ってくれないか……」

「え?」

「この家から出て行ってくれ。そうしないと、俺は君を――」

「…………」



『どうして?』

『私、悪いことしましたか?』

『何か余計なことを言ってしまいましたか?』



 様々な疑問が頭の中を駆け巡って口から飛び出ようとしたけれど、私はそれを慌てて喉の奥に押し込んだ。

 訊いたところで結末は変わらないからだ。冗談ではないことは、ウルグレイン伯爵の深刻な様子で分かる。



「……分かりました……。今まで本当にありがとうございました。どうかお元気で――」



 私は何とかその言葉を口から捻り出すと、ウルグレイン伯爵にクルリと背を向けて、振り返らずに自分の部屋に走った。

 そして、少ない自分の荷物だけを持って伯爵家から飛び出す。ヴォルターさんや使用人さん達にお別れの挨拶は言えなかった。



 ――会ってしまったら、その場で泣き崩れてしまいそうだったから。




 ##########




 賑わう町の通りを一人、トボトボと歩く。



 ……あぁ、これからどうしよう……。

 ランブノー家には絶対に帰りたくないし、ここで安い家を借りて仕事を探そうかな?

 お金を稼いでお店で物を沢山買って税金をしっかり納めれば、伯爵領も潤って、ひいてはウルグレイン伯爵の為にもなるよね?



 ……うん、大丈夫だよ。だって独りじゃないもの。

 だから大丈夫――



 ぼんやりとした脳で今後のことをあれこれ考えていると、一際大きい声で話す町の人達の話が耳に入ってきた。



「おい、聞いたか? また近くの山で暴れたらしいぞ、あの例の超巨大な魔物」

「あぁ、聞いた聞いた。暴れる度にウルグレイン伯爵が出向いて抑えてくれてはいるけど、倒すまではいけないらしいな。あの伯爵が倒せないなんて、それだけ凶悪で強力な魔物ってことだ……。この町に下りて来たらと思うとゾッとするぜ」

「だよな……。アイツさえいなくなってくれれば、このウルグレイン領は安泰なのに」

「あの、すみません。その魔物が住んでいるって山はどこですか?」



 突然会話に入ってきた私に、町人さん達は心底驚いたといった感じでこちらを勢い良く見た。



「おぉ……ビックリさせんなよ、嬢ちゃん。魔物が住む山を知りてぇのか? ほら、あそこに見える山だよ。絶対に近付くんじゃねぇ――」

「あそこですね? 教えて下さってありがとうございました!」



 私は町人さん達にペコリと深く頭を下げると、山に向かって走り出した。



「おい嬢ちゃん、山に行くのか!? 野次馬なら止めときな!! 危ねぇぞ!!」

「――あぁ、行っちまった……。猫のように足速ぇなぁ。しかし無謀過ぎるぜあの嬢ちゃん……。なぁ、ウルグレイン伯爵に伝えに行った方が良くねぇ?」

「あぁ、そうだな。急ごう!」



 町人さん達の会話が風に乗って耳に流れてきたけれど、私はその時既に魔物のことで頭が一杯で、彼らの会話はすぐに脳内から忘却された。





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