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4.執務室にて――懐かしき思い出の味




 **********




「失礼いたします、御主人様。軽食をお持ちいたしました」



 執務机に向かい作業をしていたジークハルトは、ヴォルターの言葉に、手を止めず頭も上げずに返答した。



「軽食? 甘いものかサンドイッチか何かか? 悪いが俺は食べない。下げてくれないか」

「そう仰らず、一口でも召し上がってみては如何でしょうか。ユーシアお嬢様が厨房に入り、御自分で作られたものなんですよ。日中、元菓子職人の御婦人に習ったそうです。完璧な味にするのに一週間掛かったと仰っていました。わたくしどもも味見させて頂きましたが、とても美味しかったですよ。甘過ぎずサッパリとしていて、使用人達に大好評でした」

「ユーシア嬢が……?」



 ユーシアの名に、ジークハルトは弾かれたように視線を上げてしまった。



 ――互いに初対面なのに、自分を「心から愛する」発言をしたおかしな娘。

 嘘を見抜くのは得意な方だが、彼女は嘘を言っているとは思えなかった。表情は満面の笑顔だったが、瞳は“本気”を物語っていたのだ。


 だからと言って、自分から彼女に何をするわけでも無い。



(この一週間、昼間に姿を見掛けないとは思っていたが……町に出掛けていたのか。――まぁ俺には関係無いが)



 顔を上げ息をついたジークハルトの目線に飛び込んできたものは、ヴォルターが持つお盆の上に乗っている、薄黄色の丸い形のクッキーと紅茶のカップだった。



「――! それは……」



 ジークハルトの蒼い瞳が大きく見開く。


「御主人様? どうされたのですか?」

「……レモンクッキー……? それにこの紅茶の匂いは――」



 ジークハルトの呟きに、ヴォルターは軽く目を瞬かせる。



「おや? 召し上がっていないのに、クッキーのお味をよく御存知で? このダージリンティーは、ユーシアお嬢様の御希望で二番摘みを御用意しました。いつもお飲みになっているものとは味が異なるので御注意下さいませ」



 ヴォルターが説明しながら、クッキーが並べられている皿とカップを机の上に静かに置いた。


「…………」


 ジークハルトはそれらを暫く見つめると、徐ろに手を伸ばしてクッキーを取った。そして、一口噛じる。

 その瞬間目を瞠った彼は、続けて二口三口と噛じり、一枚を全部食べてしまった。

 ジークハルトの行動に、ヴォルターは驚いて口を開けてしまった。



(一口かじるだけで終わるかと思っていたのに、クッキーを一枚丸ごと召し上がった!?)



 更に、ジークハルトは二枚目のクッキーを指で掴むと、あっという間に平らげる。

 その後紅茶をゆっくりと飲むと、瞼を閉じて深く息を吐いた。



「……あぁ……。そうだ、この味だ……。この紅茶も……。そうか、あれは二番摘みというものだったのか……。――はは、無知とは良くないな……。淹れた者で味が変わるから、あの味はもう一生飲めないものだとずっと信じ込んでいた――」

「御主人様……?」

「ヴォルター。ユーシア嬢に、俺の母上のことを教えたか?」



 こちらを強く見据え、責めた口調の主の問いに、ヴォルターはしっかりと首を左右に振って答える。



「いいえ。御主人様の御両親に関しては一切教えておりません。それは御主人様自らが伝えるべきことですので」

「……そうか……。貴方は俺に対し、決して嘘は言わないからな……。――分かった。ユーシア嬢に、その……美味しかった、と伝えてくれ」

「……! はい、畏まりました」



 顔を伏せる主の頬は、きっと赤くなっていることだろう。

 ヴォルターはクスリと笑うと、しっかりと頷いた。

 


(……俺が子供の頃、母上の友人の店で買ってくれたクッキー……。そして、母上が俺にいつも淹れてくれた紅茶。まさしくこの味だった。何故ユーシア嬢がそれを知っている? このことを知っている者は、俺と母上しかいないのに――)




 **********





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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分と同じ様にこのイケメンがユーシアの魅力に気づいてしまうのか。。。イケメンがユーシアに振り回されイケメン台無しの間の抜けた顔をし続けてほしかったが、ユーシア可愛いもんね!仕方ない! [一…
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