32.それぞれの絆
「ユーシアッッ!!」
ガクリとうずくまる私に旦那様が駆け寄り、ギュッと抱きしめられる。
「ユーシア、良かった……!! あの馬鹿親父があんなことを言うから、本当に肝を冷やしたぞ!? どこか辛いところはない――ユーシア!? どうしたっ!? どこか痛むのかっ!?」
顔をクシャクシャにして大粒の涙をボロボロと零す私を見て、旦那様は酷く慌てて私の身体を見回す。
「……ふ、フワが……っ」
「――え? フワ……?」
「フワ、私の中にずっといたんです。“魂の欠片”になって、私が産まれた時から……。ジークの幸せを見届けたいって……。私、足りない魔力の分、自分の命を使ってあの魔獣を倒そうとしたんです。そしたら、そしたらフワが、私の“魂の欠片”を使って、って……。フワが……フワがいなくなっちゃった……っ」
盛大に泣きじゃくって辿々しく言葉を出す私を、旦那様は唇を噛んで強く抱きしめてきた。
「……そうか……。フワは君の命を救ってくれたんだな……。俺の時と同じように……。フワは、俺達二人の命の恩人だな……。大切な、俺達二人の親友だ――」
旦那様のその言葉に、私は更に涙が溢れ出て止まらなかった。
「フワ、フワ……っ。まだまだ一緒にいたかったよ……っ。まだ沢山お喋りしたかったよ……っ。いなくなったなんて嘘だよね? お願いだよ、返事をしてよフワ……っ!!」
『はーい』
「っ!!??」
私は驚きの余り、涙も止まって息も一瞬止まってしまった。
「…………へっっ?」
『返事したよ、ユーシア』
「…………あ、はい、ありがとね――じゃなくてっ!!」
私はビシッと手を突き出しツッコむと、心の中に聞こえてくるフワの声に問い質す。
「フワ、さっき“魂の欠片”を使うって……! 使わなかったの!? でも魔獣は倒したよ!? 私も生きてるよ!? 一体どういうことっ!?」
『うん、私も覚悟してたんだけどね、“あの人”が魔力を沢山分けてくれたの』
「“あの人”……? それって、洞窟の時も言ってた人……?」
『うん。今ならあの魔獣の散らばった魔力が辺りに舞ってるから、姿が見られると思う。いつもジークやジークのお父さんの傍にいたんだよ』
「……っ! それってもしかして――」
『――あなた、ジーク。久しぶりね』
柔らかい女性の声が頭に響き、私はまだ乾かない涙に濡れた顔を上げた。
するとそこには、綺麗な金の長髪を靡かせ、ニコリと微笑む美しい女の人が宙にフワフワと浮かんでいた。
その姿は半透明だ。
「フィリナッ!?」
「母上っ!?」
旦那様とお義父様が、同時に驚きの声を発した。
やっぱりお義母様……!
『こうやってまたお話が出来て嬉しいわ。けれどあなた、わたしをずっと想ってくれるのは嬉しいけど、わたしは絶対に生き返らないから。あなたの突っ走りは皆に迷惑が掛かるって常日頃言ってたわよね? 今回もそうよ。しかも世界の壊滅に関わるとんでもないことをしちゃうなんて。きちんとしっかり反省しなさいね?』
「う……。ご、ごめんなさい……」
お義母様のお叱りに、お義父様はシュンと小さくなる。
『今はあの魔獣の魔力のお蔭でこうして姿を見せて話せているけれど、暫くしたらわたしは消えるわ。でも、今までもこれからだって、ずっとあなたの傍にいるわ。寂しくなったら声を掛けて。返事は出来ないけど、ちゃんと傍で聞いてるから。そして悔いの無いように生きて、天国でまた会いましょう? わたしとの約束よ?』
「……あぁ。あぁ……っ」
お義父様は、ボロボロと涙を零しながら何度も何度も頷いた。
『……ジーク、大きくなったわね。立派に成長して、家業もしっかりやって、お母さん、すごく嬉しいわ』
「……母上……」
旦那様の、お義母様を見つめる蒼い瞳が大きく揺れている。少しでも振動があれば、透明の雫が零れ落ちそうだ……。
『あなたはお父さんに似て一途だから問題ないと思うけど、お嫁さんを大切にね。こんな良い子、他になかなかいないわよ?』
「分かっています。俺の命に賭けて、生涯大事にします」
『あらあら。本当に頼もしくなって。突っ走ってしまうところもお父さんに似てしまったから、そこは心配だけれど……』
その言葉に、旦那様は解せない表情をし、セトラさんとレスカさんがうんうんと大きく頷いている。何か身に覚えがあるのかな……?
『ふふっ。でも周りに恵まれているから大丈夫ね。――ユーシアさん』
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、私は肩を揺らして返事をする。
『あなたを巻き込んじゃってごめんなさいね。“あの子”を通して、あなたにオリハルコンを壊すのをお願いしたのはわたしなの。あの人にはちゃんと現実を見て貰いたくて……。途中で止めたら、あの人はまたわたしを生き返らせる方法を探しに行ってしまうだろうから。その所為であなたを危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい』
深く頭を下げてくるお義母様に、私は慌てて頭と手をブンブンと左右に振った。
「そんな、全然大丈夫です! 私の方こそ、フワを助けてくれてありがとうございます!」
『いいのよ、これくらいしか出来なくてごめんなさいね。ジークといつまでも仲良くね?』
「はいっ!」
私が大きく返事をすると、お義母様はクスリと綺麗な顔に笑みを作った。
『――もう時間ね。あなた、ジーク。わたしはあなた達のことをいつでも見守っているから。いつまでも愛してるわ』
「フィリナッ!!」
「母上……っ」
そうして、美しい笑みを浮かべたまま、お義母様はゆっくりと溶けていくように消えていった――